第12話  私のお姉さま

私、オリビア・オルコットには姉がいる。


 本当に邪魔で仕方がない姉なのだけれど、最近になってようやっと伯爵家から追い出す事が出来たのよ。


 お母様としては、病気に見せかけて毒殺をしたかったらしいのだけれど、うまくいかなかったみたいなのよね。だから仕方ないので、お父様は家からお姉様を追い出して、外に出たところでごろつきにでも襲わせて殺してしまおうと考えたのよ。


 そうしたら、あの姉は馬車で移動した上に、最近では王都でも話題の、破竹の勢いで急成長したというセグロ商会に匿われてしまったの。

 お父様が雇ったごろつきは商会までお姉様を追いかけて行ったのだけど、誰も生きては戻って来なかったって言うんだから、恐ろしい商会よね!


 流石に命の危機を感じたのか、お姉様は商会に引きこもったまま出て来なくなってしまったらしいのだけれど、出てこないのなら表まで引っ張り出せば良いのだもの。何を悩む必要があるのかしら?


 伯爵家に勤める下級メイドの中でも一番下っ端に属する子でナビエラという一番醜い子がいるのよ。


 年齢もまだ十二歳、雑用でこき使われているような子で、失踪した父に代わって働いて稼ぎの全てを家に入れているような子。貧相な体、陰気な表情、コマネズミのように働くしか脳がないという事で、我が家の中でも最下層にいるような子。


 使用人仲間からも虐められているような子だったので、ごみ屑のようなお姉様は同病憐れむようなところがあったのでしょうね。夜になって部屋を追い出されたナビエラを、離れ家で保護するような事もやっているのは知っていたのよ。


 痩せて、顔色は青白くて貧相で、全く美しくないから、オルコット家には全くそぐわない。そんな下級メイドのナビエラを馬車に乗せると、ナビエラは目に見えるほど大きく震えだした。


「さっきも説明したけど、あんたはセグロ商会っていうところに行って、そこに居るアラベラを呼び出すだけで良いのよ」


 こんな醜い子が私と同じ空間に居るだなんて耐えられないんだけど、バルトルト様のためにも我慢しなくちゃならないわね。  


「そうしたら、あんたが他所の家で働けるように紹介状を書いてあげるから」

「本当に、本当に紹介状を書いていただけるのですか?」

「ええ、あんたのような醜い子でも下働きとして雇い入れてくれるような家を用意してあげるから安心なさい?」


いくら最下層の下働きだったとしても、この子はオルコット家で働くには醜すぎるのよね。私が許容できるレベルを遥かに超えているのよ。


「アラベラを私が指示した場所まで呼び出すの、やることはそれだけ、理解できた?」

「り・・り・・理解できましたが・・どうして、オルコット家を出たアラベラ様を呼び出す必要があるのでしょうか?」

「相続の書類にサインが必要だからよ」

 私は馬車の窓から外を眺めながら言った。


「元々はオルコット家の人間なのだから、無一文はやっぱり可哀想だって話になって、伯爵家の財産の一部を引き継がせる事になったのよ」

 根も葉もない話だけど、アラべラの利益になる話だと考えれば、ナビエラも必死に誘い出そうとするでしょう。


「私たちはアラベラに信用されていないから、サインひとつでも難航している状態なのよね」

「それで私ですか?」

「そうよ、あんたはうちの家の中で唯一、アラベラと交流があったって聞いているからね」

「そ・・そうなんですか・・・」


 体の震えがようやっとおさまった様子の汚い子は、この後、自分も殺される事になるとは知らずに、明るい笑みを浮かべている。


 普段は陰気な下働きが、姉の前だとこの笑みを浮かべるのを知っている。

 私の姉であるアラベラは、ごみ屑みたいで本当に邪魔な女だった。


 オルコット伯爵家の継承権を持っているという理由で、金持ちの老人の所へ嫁に出すことは出来ないし、愛妾として売り払ってお金にする事も出来ない。

 本当なら、若いだけで需要がある娼館にでも売り渡したいと思っていたのだけれど、貴族の客がついて、オルコット家の継承に口出しされるような事があれば困るという理由でそれも却下。


 姉の婚約者となったアティカスが全く見向きもしない様子が面白かったけど、アティカスってこの美しい私が婚約者になったとしても見向きもしないのよ。

 本当だったら見目麗しい私は、もっと極上の男と婚約を結ぶべきだというのに、顔がイマイチでも錬金術で儲けられるからって言うから妥協してやっているよ?私の元まで挨拶にも来ないってどういう事かしら?


 女神ティオーネはきっと、醜いアティカスなんかと結婚しないで、美しい私はもっと美しい男と結婚しなさいって言っているのよね。


 ブルクハウセン公爵家の嫡男であるバルトルト様あたりなんかが、女神様おすすめの男って事なのかしら。だけど、バルトルト様はサイラス様と比べると見劣りするから、もっと上のランクを目指しても良いのかも。


 お姉様を無事に誘い出したら国外に連れて行くって言うし、そうしたら私は伯爵家を無事に継げるって事になるから、婚約を申し込む釣書も山のように持ち込まれることでしょう。そこからサイラス様以上のイケメンを探してみるのも楽しいかもしれないわね。


「まあ、サイラス様以上のイケメンは、この世に存在しないかもしれないけれどね」


 私の独り言にナビエラが小首を傾げると、馬車はゆっくりと道の端に寄るようにして停車した。

 どうやら商会の近くまで到着したようだ。


「さあナビエラ、頑張って、アラベラを連れ出してきてね」

「はい!アラベラ様にきちんとお話しして絶対に連れ出してきます!」


 声も醜いし、顔も醜い、痩せ細っていて、全てが本当に醜い子だけど、ここで一つ役に立ててから、死んで楽にさせてあげようだなんて、私って本当に親切な女よね。


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