第11話 顔が良くなければ価値がない
ティターン神話の中で、まずはじめに語られるのが、天母神レオーネと地父神オケアノスの愛の物語。星々をまとめる女神レオーネが箒星に乗って地上に降り立ち、大地の神オケアノスと恋に落ちるわけだ。
夫婦となった天と地の神は、アぺトス、モシュネー、ティオーネという三神を生み出した。アぺトスは武力を、モシュネーは知識を、ティオーネは美しさを司る神となり、アルンヘム王国は女神ティオーネによって作られた王国と言われている。
アルンヘムの王族や貴族は類稀なる美貌を持つ事でも有名であり、美しさこそ全てとされている。ティオーネから授かった美があるからこそ、アルンヘム王国は周辺諸国からも一目置かれる存在となっているのだ。
現在のアルンヘムの国王であるコルネリウス3世は、歴代の王と比べると異端と言っても差し支えないだろう。アルンヘムはその美しさを保つために、同族間での婚姻を繰り返していたというのに、コルネリウスはその戒めを破り、大陸の中央で多くの国々を支配下に置いたボジュフ帝国の姫を輿入れさせたからだ。
ボジュフの姫は肌が浅黒く、糸のように目が細い。とてもではないが美しいとは言えない容姿をしている。
帝国との融和の道を進むために輿入れされただけだと皆が思ったものだが、コルネリウスは姫との間に次々と子供を作り、側妃の輿入れなどの一切を拒否した。
ボジュフの姫との間に出来た王子たちは、流石にアルンヘムの血を引くだけに美丈夫だったが、王子たちが選ぶ妃は皆、醜い者ばかり。
容姿は酷いが、頭だけは良いというような女たちを選ぶ王子たちの姿を見て、古き血を大事に守り続けた貴族たちは戦々恐々としたのは間違いようのない事実だ。
醜い容姿という事は、それだけ女神ティオーネの加護から遠いことを意味するのだから、王家自身がアルンヘム王国を創り上げた女神ティオーネに叛いたという事になってしまう。
女神に作られた美しい国は、退廃的な思想によって破壊されていくのは間違いない。美しいアルンヘムを取り戻すためには、今こそ立ち上がらなければならないのだ。
私はバルトルト・ブルクハウセン、国王コルネルウス3世の甥であり、王弟を父に持つ。
今現在、加護の力を使って権勢を誇っていたというオルコット伯爵家を訪れており、公爵家としての意向を当主に伝えているところだった。
「我が公爵家としては、美しいオリビア嬢がオルコット伯爵家を継ぐというのなら、それで良いと考える。アルンヘム王国の貴族はすべからく美しくなくてはならないと考えているので、醜いアラベラ嬢が継承する事を良しとしない」
「我が王国は美しい者こそ頂点に君臨しなければならないと思っております。そもそも、美しさで言えば、コルネリウス国王よりも、ブロウス王弟殿下の方が遥かに美しいのは間違いのない事実にございます」
「そうだ、だからこそアラベラ嬢を廃し、美しい令嬢が継ぐのはあるべき姿に他ならない。お前は美しい娘を継がせるために、あらゆる人間に賄賂を配って歩いていたようだが、そのやり方自体が間違っている。金などかけなくても、美しいものが上に立つのは女神ティオーネが定めた摂理に他ならない」
「さようでございますね」
「だが、オルコット伯爵家を継がせない為に、アラベラ嬢を外に出したのは問題だった。放逐した上で、事故に見せかけて暗殺すれば良いなどと考えが甘すぎるのではないのか?」
「ま・・誠に申し訳なく」
「すでに手配した人間も失敗しているというではないか、お前は一体何をやっているんだ?」
「申し訳ございません」
椅子から床に滑り降りて額を床に押し付けながら頭を下げる男の背中を、ぐりぐりといくら踏みつけにしても気分は晴れない。
加護の力を理由に、父がオルコット伯爵家に目をつけた。
オルコットの加護の力は消失したと王家にも報告がされている事案ではあるが、加護の力さえあれば王位の簒奪も夢ではないと考えている。そのため、父は長年に渡り、加護に対する執着を見せていた。現在、オルコット伯爵家には二人の娘が居るが、加護の力があるかもしれないのはアラベラ嬢だという。
最近、この令嬢が婚約を破棄したという理由から、私自身が結婚をして、ごみ屑と言われる令嬢を公爵家に引き入れなければならないのだと父は言う。
アルンヘム王国にとって美しさが全て、醜い者は生きている価値すらないもの。自分が妻として迎えるわけではないからなんていう理由で、平気で私にごみ屑と結婚しろと言い出す父は不快でしかない。
加護の力を使って王位を簒奪するのは良いが、私は自分が犠牲になるつもりはさらさらない。相手はごみ屑令嬢だというのなら、使うだけ使って、捨てれば良いだけの話なのだ。
「アラベラ嬢については父から全権を委任された。オルコット家は刺客を戻し、静観して結果を待て」
「わ・・わ・・わかりました」
踏みつけられながらも、男の声に喜びの色が混じる事に気が付いていた。
この男はどうしてもオルコット伯爵家をオリビアに継がせたいと考えている為、アビントン侯爵家を後ろ盾とするために多額の金を積んでいたようだった。そこに我が公爵家まで付くとなれば、問題は解消したも同じ事。
アビントンとブルクハウセンが支持するのであれば何も怖いことはない。アラベラに関しては公爵家任せとなるわけだから、願ったり叶ったりといったところだろう。
這いつくばったままの男を置いたまま応接室の外へと出ると、待ち構えていた様子のオリビア嬢が近づいてきた。
オリビアは太陽を溶かしたような黄金の神に青灰色の瞳をした美しい女で、自分の魅力を最大限発揮するように微笑を浮かべ、カーテシーをすると、
「バルトルト様、お父様と違って私なら、すぐさまお姉様をバルトルト様に献上する事が出来ますわ!」
と、弾けるような声で言い出した。
「最初から私を使えば事は簡単に済んだというのに、過保護のお父様が私を蚊帳の外に追い出した為に、事態は遅々として進まない状況に陥ってしまったのです」
「お前なら、アラベラ嬢を誘い出す事が出来ると言うのか?」
「もちろんですわ!」
オリビアは輝くような笑みを浮かべながら、
「だって私のお姉様ですもの!あの人を思うように動かすなんて簡単な事ですわ!」
自信たっぷりの様子で言い出したのだった。
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