第9話  俺の婚約者

 澄み切った青灰色の瞳を俺に向けるアラベラは、清楚で可憐な顔立ちをしているのだが、最近流行の派手で迫力のある美人顔と比べると、印象が薄くてぼやける=醜いと判断されたようで社交界になど顔を出してもいない。


 オルコット伯爵家と言えば、天使のようだと言われる妹のオリビアの方が有名で、その妹と比べればいかにも冴えない、ごみ屑のような令嬢だとアラベラは言われるようになっていた。


 伯爵家をオリビアに継がせたいと考える両親は、長女のアラベラをごみ屑のように役立たずだと世間に印象付け、アラベラが成長した後には、ふしだらでどうしようもない悪女だと喧伝して、次期当主としてはそぐわないと印象付ける事にしたわけだ。


 オルコット伯爵家の行いに王家が無言を貫いたのには理由がある。

 アラベラが表に出ない方が、王家としても都合が良い部分があったからだ。


「アティカスよ、アラベラ嬢は市井へとくだったと報告を受けた。アラベラとの婚約は破棄し、お前とオリビア嬢との婚約を求める書簡が王家まで届けられる事となったが、如何するつもりだ?」


 アルンヘム王国の国王陛下であるコルネリウス3世の執務室へと呼び出された俺は、アビントン侯爵家とオルコット伯爵家当主のサインが入れられた婚約の許可を求める書簡を手に取ると、その場でビリビリに破いて捨てた。


「お前がオリビア嬢と結婚してオルコット伯爵家を継ぐというのなら、アラベラ嬢は当初の予定通りバルトルトと結婚させる事になるかもしれんのだがな」


 王弟ブロウスは臣籍降下をしてブルクハウセン公爵家の当主となったのだが、加護の力を持つかもしれないアラベラと、自分の息子の結婚を諦めていない。


オルコット伯爵家は加護の力を持つ特殊な血筋の家であり、その力を使って王家を守って来たという歴史がある。


 時を経るうちに力は弱まり、先々代の時点で加護の力の消失を王家に申し出ているのだが、加護の力は王家にとっては無くてはならないもの。力がなくなったと言われたその後も、王家はオルコット家を監視下に置いていたのだった。


 メイドとして働き、どんなにアラベラが伯爵家から疎まれたとしても側に仕え続ける事を選んだコリンナは、王家から送り込まれた監視の犬だ。


 離れ家の書庫の施錠を外したのもコリンナであるし、先祖代々記している加護についての手記をアラベラに意図して読ませたのもコリンナという事になる。


 アラベラが加護の力を発現したと報告された際に、俺は王に呼び出される事になったわけだが、

「加護の力を発現する事となったアラベラ嬢は王家の保護下に入る事になる。お前は契約上、アラベラ嬢の婚約者という事になるが、この婚約をお前はどうしたい?」

と、問いかけてきたわけだ。


 俺がアラベラ嬢との婚約を破棄するのなら、父と母と兄を排除して侯爵家の次男である俺を当主にすると王は言う。


「もしもお前が婚約を続ける事を望むのであれば、アラベラが持つ加護の力以上の何かを王家に対して提示しなければならない」


 失われたと思われていたオルコットの加護の力は、それがあるだけで、近隣諸国にとっては脅威の存在となる。物理的攻撃が無効、毒殺が無効となった兵士の派兵が実現すれば、近隣諸国の属国化は決して夢物語では無くなるわけだ。


「ブロウスは加護の力を諦めていないし、アラベラ嬢にもしも加護の力があれば、息子バルトルトの妻としたいと今でも名言をしているような状態なのでな。もしも婚約を求めるのならば、公爵家以上の力をお前自身が持つ必要が出てくる事になるわけだ」


 侯爵家次男である俺が臣籍降下した王弟以上の力を持つなど、ほぼ不可能なのは当たり前の話で、醜い事を理由に虐げられている俺としては、父と母、兄を放逐して侯爵家を継ぐなどというのは、魅力的にしか思えない話になるだろう。


「陛下は私に対して、選択する権利を与えてくれたというわけですよね?」

「その通り、寛大な私はお前に選択する権利を与えている訳だ。アラベラの婚約者となり続けるか、その地位を明け渡すか、お前はどうする?」

「そんなの決まっています、アラベラの婚約者はこの世に俺以外、存在しないんですから」


 あの時、宝石が輝くような笑顔を見た時に、俺の全ては決定したと言っても過言ではない。

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