第8話  噂の伯爵令嬢

 うちの商会は外国からの商人を迎えたりもするから、お客様が宿泊出来るように客間を用意しているんだけど、私の運命の女神であるアラベラ嬢が、泣いて泣いて仕方なかった為、客間へと移動するようにお願いしたのよね!


 私はコーバ・セグーロ、子爵家の三男だったんだけど、体は男なのにハートは女の子だったから貴族社会に全然馴染めなくって、勘当されて、市井に降りちゃったのよ。


 女の子が好きな小物とか、アクセサリーとか、お化粧品とか、本当に大好きで、海外からの輸入に力を入れて、お店が繁盛してきた所で声をかけてきたのがコリンナだったの。女の子の恋を後押しする効果があるっていうハンカチを山のように売りつけて来たわけよ。


 このハンカチが本当にバカ売れする事になって、大量生産出来ないかしらってコリンナに相談した所、出て来たのが今ではうちのスポンサーになっている男なわけ。


 この男、ものすごい執着と重たい愛情を抱えた恐ろしい男で、私を商売の相手として選んだのも、体は男でもハートは女、つまりは女に性的欲求を抱かないからだって言い出すのよ。自分の女に絶対に興味を抱かないから、ちょうど良い存在だとか宣っちゃうの。


 愛が重たすぎるスポンサーのお陰で、女の子向けの商品一辺倒だった我が商会が王家の御用達しとなり、王都でも一目置かれる大商会へと急成長を遂げる事になったのだから、私を奇跡に導いたアラベラ嬢は、私にとっては運命の女神様なのよ!


 その運命の女神様が、婚約者から婚約を破棄されて、伯爵家を追い出されて、今では平民身分となってしまったから、自分の加護持ちの力を使って、家と金を持つ自分もコリンナも養える懐の深い男を伴侶としてゲットするだなんて!


 なんって!おっそろしいことを考えるのかしら!

 尚且つ、私に、自分の夫探しを協力してくれないかだなんて!なんっておっそろしい事を言い出すのかしら!


「嫌よ!嫌!私はまだ死にたくないもの!ここまで可愛らしいコスメを広めて来たのに!道半ばで諦めたくない!」


 恐怖で身震いしていると、コリンナが私の仕事部屋へとやって来た。

「アラベラ嬢は落ち着いたのかしら?」

 コリンナをソファに座らせて、私自ら紅茶を淹れてあげると、コリンナはごくごくと喉を鳴らしながら飲み干した。


「お嬢様はお疲れの様子で寝てしまったのですけど、外が騒がしくなっているみたいなので出て行ったら、どうやら刺客が送られてきたみたいで」

あらやだ、コリンナのスカート、所々、血痕がついているじゃない!


「うちの者じゃ対処できなかった感じ?」

「手間取っていたみたいなので、加勢したんですよ」


 血で濡れた拳をハンカチで拭うと、コリンナは太めの眉をハの字に開いてため息を吐き出した。


「アティカス様は現在、王宮にこもりっきりで連絡が取れないので、お嬢様はこちらでお守りするしかない状況なんですけど、どうやら伯爵家としては、放逐したお嬢様を殺したいみたいですね」

「伯爵家を継ぐのに、アラベラ様が邪魔だっていうんでしょう?」


 オルコット伯爵は、娘のオリビアに伯爵家を継がせたい。

 オリビアに伯爵家を継がせるために相当な額の賄賂をばら撒いているようだけれど、アラベラさえ死亡すれば、オリビアしか継ぐ人間がいなくなる。


「あれだけの長期間、軟禁していたのだし、もっと地道に、毒で弱らせてから殺すくらいのことをするかと思ったのだけど?」

「実際、運ばれてくる食料には毒が含まれていることが多かったですね」


 コリンナは母屋から運ばれて来る物には手を付けないようにしていたので、アラベラ嬢が毒の被害を受けたことはないものの、常に命を狙われているような状態だったみたい。


「どうやら、アビントン侯爵家のサイラス様が、ダニング伯爵家の令嬢を妊娠させちゃったみたいなんですよね」


 2杯目の紅茶はゆっくりと飲みながら、コリンナは眉間にシワを寄せる。


「そのため、早急にサイラス様はダニング伯爵家の娘と結婚をしなければならない訳です。その為、アティカス様はオリビア様と結婚して、オルコット伯爵家を継ぐ方向で話が進んでいるみたいです」


「あぶれたアラベラ様は、市井で結婚相手を見つけたいと?」

「お嬢様も十八歳ですからね」

「婚約破棄を告げられたのって今日なんでしょ?あんまりにもあっさりし過ぎじゃ無い?」

「まあ、そうですね」

「もしもよ?もしも、本当に、アラベラ様が平民の夫を見つけることになったら、私たちは一体どうなっちゃうわけ?」


 コリンナは一瞬遠い目をすると、

「殺されると思いますね」

と、断言した。


「でしょう!絶対殺されるわよね!ねえ!」

 アラベラ嬢に何かがあれば、絶対に殺される。

 男ができたとしても、絶対に殺される。


「まさかと思うんだけど、アラベラ様はあの重たい愛について、一切、気が付いていないのかしら?」

「一切、気が付いてないですね」


 嘘でしょう!マジで信じられないんだけど!


「そもそも、離れ家に移動してから直接対面した事がないんですよ」

「はい?」

「お手紙で文通をしているようなのですが、返事は簡素な一文だけですし」

「はあ?」

「はたから見ていると、興味が無いようにしか見えない状態です」

「あんなに愛が重たいのに?」


 ぞーーーーーっとしてきたぞ。

 心の奥底からぞーーーーーっとしてきた。


 目の前に座るコリンナは、小さく肩をすくめると言い出した。


「とにかく、命を狙われているのは間違い無いので、うちの生家の方で一旦は匿うつもりだったんです。その間に、今後どうするかを考えて頂ければ有難いですね」


「ねえ、もしも伯爵家を出たという事が外に流れたら、ユトレヒト公国が狙ってくるんじゃないかしら?」

「そうですね」


「ブルクハウセン公爵家も動く事になるんじゃない?」

「そうですね」


 嘘でしょう!荷が重すぎるのにも程があるでしょうに!


「とりあえず、あちらに報告はしておきますけど」

「是非ともそうして頂戴!」

 一つ頷くと、無表情のコリンナは、颯爽と立ち上がったのだった。

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