第7話 家を出た伯爵令嬢
街ってこんなに賑やかだなんて知らなかった!色々な人がいて、色々な衣服を身に纏っていて、忙しそうに、楽しそうにしながら歩いているのね!
両親が私を連れて馬車で出かけるなんてほとんど無かったというのに、アティカス様との婚約が決まって離れ家に移ってからは、お出かけがゼロになってしまったもの。
アティカス様とお出かけをした事もあるので、街並みがどういったものなのかという事は覚えているのだけれど、実際に馬車から降りて歩いてみると、周りをぐるぐる見回しながらめまいを起こしそうになってしまう。
「お嬢様!田舎から出てきたおのぼりさんじゃ無いんですから!キョロキョロしないで、さっさと行きますよ!」
商会の裏手にある馬車どまりに馬車を停めていたのだけれど、外に出て来た若い男の人に何事かコリンナが言うと、心得た様子で、馬車の中の荷物を運び出してくれたのだった。
「お嬢様、まずは会頭に挨拶をしなくちゃなりませんね」
「会頭さん?」
セグロ商会とはコリンナが間に入って取引をしてくれていたので、私自身は会頭さんに会うのは初めてという事になります。
最上階の3階までコリンナが階段を上がっていくと、奥の部屋から飛び出してきた深紅のドレスの女性?が、パタパタと足音を立てながらこちらの方へと駆け寄ってくると、
「まあ!私の女神!私の幸運!私の運命がついにやって来たのね!」
と言って、私をぎゅっと抱きしめて来たのでした。
薔薇の香りにふわっと包まれましたが、私を抱きしめる体はゴツゴツとしているように感じます。
「アラベラ様!私がセグロ商会の会頭コーバ・セグーロと申します!」
自己紹介は有難いんですが、強い力で締め付けられて、目が回りそうです。
「コーバ、あなた、お嬢様を潰すのをやめてくれる?」
「ええ?あら!私ったらごめんなさ〜い!」
どう見ても男性にしか見えないけれど、その美しいお顔には、女性ものの深紅のドレスがとても良く似合っているように思えます。
金色の巻き髪を肩に垂らしたコーバは、ヘーゼルの瞳を輝かせながら私の両肩に手を置いて、あたりをキョロキョロと見回します。
「あなたがうちの商会に来たって事は、結婚したの?あいつは何処?伯爵家を出たからここに来たってことよね?」
あいつって誰の事を言っているのでしょうか?
私が困り果てていると、コリンナが咳払いをしながら言いました。
「お嬢様は、アビントン侯爵家の令息であるアティカス様との婚約を破棄される事となり、アティカス様はオリビア様と結婚する事となりました。そのため、アラベラ様は伯爵家を放逐される事となったのです」
「はい?なに?え?どういうこと?」
付けまつげでバッサバッサになった瞳を見上げながら、私はコーバさんに説明しました。
「アビントン侯爵家の嫡男であるサイラス様が、ダニング伯爵家の令嬢との結婚をお決めになられたので、婚約者候補だったオリビアが宙に浮く形となってしまったのです。ですから、私を伯爵家から弾き出して、妹のオリビアがアティカス様と結婚して伯爵家を継ぐ事となったのです」
「え?えええええ!」
コーバさん、めちゃくちゃ驚くわね。
「嘘でしょう!嘘でしょう!アイツがオリビア嬢と結婚?」
アイツってアティカス様のことなのでしょうか?
「貴族女性は見た目が100%なのです、アティカス様は確かに地味だと貶されていた時期もございましたが、今では英雄と持て囃されるほどの錬金術師なのです。ですから、私などを選ぶわけがありません。見た目が天使のオリビアを選択するのは当たり前の事なのです」
私は思わず安堵のため息を吐き出しました。
「私はオルコット家から追い出されたので、貴族籍から抜ける事になりました。これからは平民・・ああ・・良かった・・平民は見た目が100%じゃないと聞いていますし!私だってそれなりに出会いが今後はあると思っているのです!」
見目麗しいコーバさんの両腕を掴みながら私は懇願するように言いました。
「私はもう!オルコット伯爵家を出た身!つまりは平民!今後も加護付きの商品をこちらの商会に買い取って貰いたいと思っているのですが!私、結婚を諦めた訳では全然無いんです!」
「はい?」
「私みたいな髪色でも平民だったら目立たないって言われていますし!加護の刺繍でお金だって稼げますし!見た目はイマイチですけど、こんなのでも貰ってくれる人が平民だったらいると思うんです!」
「えええええ?」
「コーバさん、なんでそんなに嫌そうな顔をするんですか?私の顔って平民でも駄目ですか?もう結婚は諦めろ的なアレですか?」
「違う!違う!違う!そんな事を言いたい訳じゃなくて!」
「私!家を追い出されて住むところがないんです!だから、しばらくの間は刺繍で儲けてコリンナを養っていくつもりではあるんですけど、出来たら家持ちの人と結婚するって案は駄目ですか?誰か良い人は居ないですか?」
「いない!いない!いない!良い人なんていないわよ!」
「やっぱり私程度の顔じゃ!平民になったとしても駄目なんだー〜―!」
うわー〜―!と泣き出した私の前で慌てふためくコーバさんを見上げたコリンナは、
「とにかく、困った事になっているんですよ」
大きなため息を吐き出したのだった。
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