第6話 加護の刺繍

 自分の醜さが原因で両親から引きこもりを強制されていた私は、ハンカチに刺繍を施す事で日々を過ごしているようなところがあります。


 伯爵家として慈善事業に参加するのは絶対で、教会や孤児院で開催されるバザーに出品する品物を用意するのが私の仕事でした。刺繍をしたハンカチが出品される訳ですが、私の作品はすぐに無くなってしまうほど人気であり、私が作ったものは妹のオリビアが作成したものとして持って行かれていた訳ですね。


 最初は母屋で暮らしていた私ですが、アティカス様との婚約が決まった数ヶ月後には曽祖母が暮らしていたという離れ家へ移動する事になり、そこで私の人生をガラリと変えるような発見をする事になるのです。


 曽祖母が使っていた離れ家は、ほとんどの部屋が施錠されていたのですが、半地下にある書庫だけは自由に出入りが出来たのです。その書庫で発見した手記には、オルコット伯爵家についての説明書きが記されていたのです。


 曰く、オルコット伯爵家は女系の一族であり、一族特有の固有魔法は、代々直系の女性にのみ受け継がれる事になるということ。


 神の加護とも呼ばれるものであり、錬金術師のように魔法陣を使用するようなものではなく、刺繍を施す事によって加護を与える事になるということ。


 王宮の謁見の間に飾られるタペストリーはオルコット家の最高傑作とも言われていて、毒殺防止、物理攻撃による暗殺防止、悪意の察知など、保護対象(玉座に座る人物、つまりは王様)に対して防御の加護を与えているのだそうです。


 オルコット家が加護の力を与えられてから、曽祖母で十八代目になるという事もあって、手記には子孫の力の発現の弱体化を懸念するような内容が記されており、曽祖母の代で加護の力は消失した事を王家には報告をしている旨が記されていた。


 実際に、曽祖母も、祖母も、加護を付与する技術はほとんどないような状態だったそうです。母も妹も刺繍をしているようには見えないので、オルコット家の力は消失したものと考えられているのでしょうね。


 曽祖母の手記を発見した私は、早速、加護の刺繍の中から害虫から身を守る刺繍を見つけ出して、ハンカチに刺繍をしてメイドのコリンナに渡してみました。


母屋に居る時には、私の衣服も他の家族と同様に洗濯してもらう事が出来たのですが、離れ家に移動してからというもの、私の醜さがうつってしまったら困るという意味不明な理由から拒絶される事になってしまった為、自分たちで洗濯をしなければならないわけです。


 洗濯するのは良いんですけど、私たちが洗濯を干すべき場所には、近くに蜂の巣があるせいで蜂が多くて困っているような状況だったのです。


「ねえ、コリンナ、今日はこのハンカチを持って外で洗濯を干してみてくれないかな?」


 離れ家に移動してからというもの、私は建物から出てはいけないと命令されているので、洗濯を外に干す作業はコリンナ任せとなっています。


「これが加護の刺繍ですか?」

「一応、害虫から身を守る加護なんだけど」


 ローズゼラニウムとシトロネラグラスを絡み合わせた刺繍を施したハンカチをエプロンに突っ込んだコリンナは、意気揚々と洗濯籠を抱えて外へ出て行きました。


 いつも通り洗濯物を外に干したコリンナは、最後には、空ビンに蜂蜜をいっぱい注いで持って帰ると、

「この加護はすごいですよ!蜂が全く近付いて来ないんです!養蜂場なんかに持って行ったら高値で売れると思いますよ!」

と、興奮の声を上げたのだった。


 幼少の時からバザー用のハンカチを山のように作成し続けた私にはそれなりに加護の力が使えるという事がわかった為、

「お嬢様!これはお金になりますよ!」

と、コリンナが興奮したのも良くわかる。


 何せ、最高傑作と言われるタペストリーは、物理的暗殺防止、毒殺防止、悪意の察知まで出来る訳ですから、刺繍の組み合わせは無限大ですよ。


 やり方次第では、巨万の富を築く事も出来ると思うのですが(何せ、ご先祖さまはこの力で爵位まで授かっている訳ですからね)私を離れ家に押し込んでからというもの、食事すら満足に運んで来ない両親や妹の利益に繋がるような事は絶対にしたくありません。


 私の両親は、美しい妹を溺愛し、美しい妹を更に磨き上げる事で金持ちの夫を釣り上げ伯爵家の利益に繋げようと考えている訳ですから、醜い私が、両親の利益となるために動く必要なんてカケラもないですよねぇ。


 親にバレないように、加護付きの作品を高値で取引してくれる商会がないものかとコリンナに相談したわけですが、そこで教えてもらったのがセグロ商会で、

「あそこなら絶対に大丈夫ですよ!」

と、コリンナが断言するので、取引することになった訳です。


 加護付きの作品を売る事でそれなりに懐は潤っているので、コリンナと一緒に住むための家を借りてもいいかもしれないし、右も左もわからない最初だけは、商会が所有する従業員用の寮に住まわせてもらうのも良いかもしれない。


 セグロ商会との付き合いは六年近くになるため、ある程度の融通はきかせてもらえると思っているのだけれど。


 裏口に貸し馬車を用意してくれたのはオルコット家の執事さんで、寂しそうに見送る執事さんに手を振りながら私は屋敷を離れました。


「ああ、本当に家を出る事が出来たのね・・・」


 滅多に足を踏み入れる事もなかった、伯爵家の母屋がどんどんと遠くなっていく姿を窓から眺めながら、私はため息を吐き出しました。

 そんな私の姿を心配そうに眺めながら、コリンナが太い眉をハの字に下げて言いました。

「アティカス様にご報告をしないとですね」


 なぜ?ここで元婚約者の名前が出て来るのだろうか?


「アティカス様はお手紙で私との婚約破棄を希望して、妹のオリビアと結婚すると申されたの。その彼に対して、私が何かを報告する必要があるのかしら?」

「あるんじゃないですか?だってアティカス様はお嬢様の婚約者なのですから」

「元ね!元婚約者よ!」


 婚約してから顔を合わせたのは数ヶ月程度のことで、後は、文通をする仲なのですが、

『錬金術を学んでいる』

だの、

『国家指定の錬金術師に選定されることになった』

だの、

『新しい錬金術を開発した』

なんて風に、一文しか書かれていないものが送られて来るわけですよ。


 婚約者なのだからとコリンナに言われて、私自身は、近況(と言っても、商品を商会に卸したとか、教会のバザー用のハンカチに刺繍したとか、そんな内容のことしか書いていない)と、コリンナが買って来てくれたお菓子が美味しかったとか、そんな内容の物を書いて送っていただけ。私の送った手紙の内容について言及するような事って今まで一度もないですし、返事は、先程のような一文のみですからね。


ごみ屑みたいな令嬢に対して、一文でも返事を書いただけ有り難いと思え的な?そんな思いがあったのかもしれないですよ。


「あのね、コリンナ、もし私がアティカス様に対して、婚約破棄の旨、了解いたしました。私は両親にも命じられたのでオルコット伯爵家を出る事となりましたので、妹オリビアとの結婚を祝し、ますますの御多幸をお祈り申し上げます。なんて内容のものを書いたとしても、あちら様としては、要らない手紙だと思われるだろうし、返事が来たとしても『承知した』の一文のみだと思うのよ」


「お手紙にハンカチとかお付けになられたら如何ですか?」


 私は何も貰っていないっていうのに、コリンナはそれが婚約者の役目だとか何とか言って、お手紙と一緒にハンカチも付けたらどうかとか言い出すのよね〜。


「なんで家も追い出された私が、私を捨てた婚約者にハンカチを送らなくちゃいけないわけ?」

「喜ぶと思うからですが」

「喜ぶと思うー〜―?」


 理解できないあまり、顔をくちゃくちゃに顰めた後、

「ああ、加護付きハンカチだったら、売ればお金になるかもしれないしね!」

と、声をあげると、コリンナはあからさまなため息を吐き出したのだった。何故?

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