第5話 家を出よう

 人嫌いの曽祖母が暮らしていたという離れ家で暮らしていた私は、外に出る事を認められていなかったという事もあって、ベッドしか置かれていない寝室と、古びたソファとテーブルしか置かれていない居間、半地下にある書庫と、数枚の服しかかけられていないクローゼットが私の全てでした。


使っていない部屋には全て鍵がかけられていたので、古びたキッチン、トイレ、浴場などを使ってはいましたが、生活スペースはごく僅かな空間だった訳です。


 昼間は庭にすら出る事が出来なかったので、太陽の光を浴びると全身が生き返るような気がしてきます。

 家から出ていけという事は私は自由になったという訳で、公園にも散歩に行けるでしょうし、市場で買い物をしたって良い訳です。


 あまり外に出る機会がない私は、母屋から離れ家まで恐る恐る歩いていたのですが、今日に限ってはスキップをしてしまいそうな気分です。


 私は早速、離れ家に飛び込んで、

「コリンナ!コリンナ!お父様とお母様が、男を惑わして歩いている不埒な私は伯爵家にとって恥だから、私を放逐する!今からすぐにここから出て行けと言われたのよ!」

と、淑女らしくもなく大声をあげると、キッチンから飛び出してきたコリンナが顔を真っ赤にして、


「お嬢様をこんな離れ家に軟禁しておきながら、なにが男を惑わして歩いている、不埒な行動をする恥知らずですか!最初から伯爵家を乗っ取る気満々だったって事には気が付いていましたけど今すぐお嬢様に出て行けだなんて!あまりにも酷い!」

怒りの声をあげている。


「コリンナ!落ち着いて!これはチャンスなのよ!」

 私の事を唯一、大事にしてくれるコリンナの両腕を掴みながら、私は必死の声をあげました。


「私みたいな醜いごみ屑令嬢が行き着く先なんて、むちゃくちゃ年寄りの後妻とか、金持ちの平民の愛人とか、はたまた死んだって事にされて届出をだされた後に、娼館に売り飛ばされるとか、そんな感じの、顔の美醜はあんまり関係ないけど若さだけは求められるような所へ送り出されるしかないかと思っていたのよ!それが!それが!今すぐに出て行けという放逐処分だなんて!」


 ああ、やっぱり世の中には神様がいたのですね!


「気が変わらないうちにさっさと伯爵家から出て行こうと思うの!だから、コリンナには今すぐに!セグロ商会の住所を教えてもらいたいの!」


 外界との一切の交流を断たれた私ですが、唯一、繋がりがあるのがセグロ商会なのです。


「あそこは私が作る作品を喜んで仕入れてくれるでしょう?大きな商会だという話も聞いているし、お針子の仕事とか、住み込みの仕事とか、紹介してくれないかしらと思って」


「お嬢様!私をここに置いていくなんて言わないですよね?」

「はい?」

「コリンナはお嬢様の召使いなのですよ?お嬢様がこの伯爵家を出て行くというのなら、私もついていくに決まっているじゃないですか!」


 コリンナの実家は豪農なのだそうで、伯爵家には行儀見習いも兼ねて働きに来ていたそうです。私が小さい時から面倒を見てくれている関係で、行儀については全然教えてもらえずに、下働きとなって働いているようなところがあるのですが。


「コリンナ、私がいなくなれば伯爵家での待遇も良くなると思うのだけど?」

「お嬢様、私が今、何歳だと思いますか?」

「えーーーっと」


 私が四歳の時に伯爵家へとやってきたコリンナは十二歳で、今、私は十八歳なので、コリンナは二十六歳のはずです。

「完全な嫁き遅れの私が、今更、行儀見習いをしたところで何の得があるっていうんですか?」

「うーーん」

「それに、最低限のマナーはお嬢様が教えてくださったじゃないですか?」

「でも、私と一緒にいると平民の暮らしをする事になるのよ?」

「そもそも私は平民です」


 コリンナは私をマジマジと見つめると言いました。

「そもそも、お嬢様の今の生活は、平民の中の平民、ド平民の生活と同じと言えますよ」

「まあ!そうなのかしら!」


 使用する部屋も限られた、最低限の居住スペースしかない離れ家での生活は、母家と比較して考えてみても貴族のそれとは違うのは確かですね。


「それじゃあ、私、外に行ってもカルチャーショックは起こしそうにないわよね?」

「甘やかされた伯爵令嬢が外に追い出されるのと同じでは決してないとは思いますけどね」

「私についてきても苦労をかけるだけだと思うのだけど」

「お嬢様について行った方が絶対にお金になるのは分かっているんです」

「そう?」


 私は伯爵家独自の特殊な技術をこっそり継承しているので、それなりにお金は稼げるのです。そう考えると、伯爵家で薄給をもらい続けるよりも、私について来た方がお金にはなるかもしれないですね。


「それじゃあコリンナ、今すぐ荷物をまとめられる?」

「もちろんですよ!お嬢様!」


 眉毛が太い、ちょっとぽっちゃり体型のコリンナは、慌てて部屋から飛び出して行きました。その後ろ姿を見つめていると、思わず、ため息がこぼれ出てしまいます。


 本当なら、十四年間も私に付き合ってくれたコリンナはここで解放すべきだとは思うのです。


 私が物凄く美人で、高位の貴族や金持ちたちを虜にしたうえで、

「コリンナ、私についていらっしゃい!」

と、孔雀の扇をパタパタさせて、指に宝石の指輪をジャラジャラつけながら豪語出来たら良かったんですけど、見かけがこれなので無理なんです。


 私には地道にお金を稼ぐことしか出来ないですけど、コリンナには人並みの生活は保障しようと心の中で誓いました。そうして、少ない荷物を曽祖母が使っていたと思われる黒革の旅行鞄に詰め込んでいく事にしたのでした。

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