第3話 俺の愛する宝石令嬢
「アティカス、貴方の顔はなんて地味なのかしら!見るに耐えない!本当に見るに耐えない顔!なんでこんな子が私から生まれるの?信じられないわ!」
人はその美しさで全てが決まる。
表面だけでなく、中身の美しさも必要なんじゃないの?
そんな風に俺なんかは思うんだが、母としては、とにかく見てくれだけが100%重要で、その他については完全にどうでも良いと考えているんだな。
美しいものが大好きな母は完璧すぎる容姿の子供を産んだ。
一人目がこの美しさなら、二人目はもっと凄いだろうという期待の元、俺が生まれでた訳だが、残念ながら俺は父親の血が濃すぎたんだな。
「猫背も酷いし、顔が陰気を通り越してジメジメしすぎよ!苔とかかびみたいなのよね!本当に最悪よ!ねえアティカス、部屋にばっかり閉じこもっていないで、たまにはお兄様を見習ったら?太陽にあたったらそのジメジメもどうにかなるんじゃないの?」
そう言って、炎天下の中、脱水症で倒れるまで放置されたこともあったなぁ。
「サイラスの爪の垢でも飲んだら少しはマシになるんじゃないかしら?ねえ、サイラスが切った爪をメイドにここまで持って来させましょうか?」
そう言って、兄の切った爪をすり鉢と一緒に持ってきた事もあったなぁ。
あまりに酷い扱いのため、心配した父方の祖父母が俺を引き取ると言い出した事もあるんだけど、
「醜い息子を美しく導くのは母の務めですので!」
と、断言して断ったらしい。
美へと導く母の勤めはあっけなく終了して、罵詈雑言ばかりを吐き出すだけとなる。そんな母を父が諫めるでもなく放置し続けるのだから始末が悪い。
そんなに兄が素晴らしいなら、俺など視界に入れなければいいのにと思うんだけど、嫌いなものほど目に良く付くらしい。
「うちのアラベラは本当に根暗でしょうがないのです。まず部屋から出てこないですし、自分の部屋に引き篭もったままですの。それで部屋の中の何処に居るのかと探してみると、ベッドの下だったり、クローゼットの中だったり、まるで溜まった埃を寄せ集めて作ったゴミ屑ような娘なのですもの、本当に困ったものだわ」
それは十二歳の時の事だった。
子供たちの親睦を理由に集まった母親たちのお茶会で、そんな風に堂々と自分の娘の悪口を言うオルコット伯爵夫人は、隅の方に置かれた椅子に座って一人で本を読む令嬢をため息まじりに見つめている。
同類がいる、同類だ。
母と同類である伯爵夫人は、母ほど美しい女ではないのだが、娘のうちの一人はオルコットの天使と言われるほど可愛らしい容姿をしているという。
妹が天使で、姉の方がごみ屑なのか。
ごみ屑と言われた令嬢は俺の一つ年下の女の子で、チャスナットブラウンの髪の毛を無造作に一つに結い上げており、着ている物も一人で着られるような白銅色のワンピースだった。
妹のオリビアはレースをふんだんに使ったベビーピンクのデイドレスに身を包んではしゃいで遊んでいるのに対して、姉のアラベラは本を読んでいて、部屋の隅に積もったゴミのようにじっとして動かない。
俺もかび令息とか言われるんだけど、この世の中にごみ屑と呼ばれる令嬢が居るとは知らなかった。
子供たち同士の親睦を図るという名目でありながら、実際は子供の婚約者探しの場でもあり、女の子は特にめかしこんでやって来ているというのに、この子の格好は最低限のマナーだけは守りましたという程度の物でしかない。
俺ですら侯爵家の威厳を保つためという理由で、それなりの値段がかかった服が用意されているというのに、目の前のごみ屑と言われた令嬢は、全く金をかけているようには見えない姿だった。
ごみ屑だからいいのか?
「なあ」
俺が頭の上から声をかけると、驚いたような顔でアラベラは俺を見上げてきた。
「お前さ、母親にあんな風に言われて頭にきたりしないわけ?」
ごみ屑と言われているが、アラベラはそれなりに可愛らしい顔をしていると思う。青灰色の澄んだ瞳を俺に向けて、彼女は笑顔を浮かべた。
「流石にベッドの下やクローゼットの中に隠れていた覚えはないけれど、こういう機会でもない限り部屋の外に出ることがないから、何と言われてもどうでもいいのよ」
「部屋の外に出られないの?」
「ええ」
少しの間、下を俯いたアラベラは、悲しみに曇った瞳を俺に向けると、
「私の見た目が駄目だから仕方がないのよ」
肩を小さくすくめながら、気丈にも俺に笑顔を向けたのだった。
俺も物心ついた時から言われ続けているから良くわかるよ。
見た目なんて自分にはどうにも出来ないことで、蔑まれ、馬鹿にされ、文句を言われたって、どうする事も出来ないんだよ。
反論するってったって、どうやって反論する?
比較対象がそんじょそこらの人間とは違うんだから、こっちは黙り込むしか方法なんてない。
黙り込んで飲み込んで、体中に目に見えない深い傷ばっかり増えていく。
嘲笑、蔑みの眼差し、呆れた声、上から目線で侮蔑する言葉。
貴婦人たちの戯言を背にして、その場からアラベラを連れ出すと、彼女がほっと安堵のため息を吐き出した事に俺は気がついた。
「お前は他人の言葉に折れずに、真っ直ぐ立っていて偉いって俺は思う」
庭の奥へと連れ出しながら、そんな言葉が言えたら良かったんだけど、口下手すぎてまともに話そうと思っても、言葉が喉から出てこない。
無言でアラべラの手を握って歩いている間、何度かアラベラの方を盗み見たんだけど、彼女は無言の俺に怒るでもなく、瞳を輝かせながら美しい花々を眺めて、時には花に触れて、その匂いを嗅いだりして楽しんでいる。
「外っていいね」
俺の手を繋ぎながら太陽の光を眩しそうに見上げるアラベラは確かに輝いて見えて、
「俺もカビみたいだって良く言われるんだけど、外は好きだな」
ようやっと口から飛び出してきた言葉は馬鹿みたいな言葉で、
「なんでカビみたいって言われるの?」
アラベラの質問に、黒に近い焦茶色の自分の髪の毛を引っ張り上げながら俺は答えた。
「他の家族と比べて髪の色も暗いし、陰気くさいからカビみたいだって言われるんだと思う」
「外が好きなの?」
「まあまあ好きかな」
「それじゃあカビじゃないよね?」
その時のアラベラの笑顔は宝石みたいに輝いていた。
「家の中にじめじめってしている所にいたらカビみたいだっていう言葉もわかるんだけど、外に出ているし、カビとは無縁じゃない?」
「昔は家の中のジメジメしている所にいたんだけど」
「いつから外が好きになったの?」
「好きっていうか、外に出てないと、脱水症状起こすまで外に放置される事になるから、適度に出るようになったっていうか」
「脱水症状?それ大変だったよね?でもいいなあ、外にいつでも出られるのは羨ましいよ」
ああ、この子はごみ屑なんかじゃない。
俺にとっては宝石のような令嬢、宝石令嬢だ。
だけど、口下手の俺にはそんな気が利いたことなんて言えるわけでもなく、
「俺、お前んちに遊びに行ってやるよ、そしたら外とかこうやって出られるんじゃない?一緒に日焼けとかしたら良くない?」
と、意味不明な事を言い出したのだった。
淑女に日焼けは大敵だろうに、その時は思いつきもしなかったんだよな。
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