乳白色の夢をかぞえて

押田桧凪

第1話

 ──ラジオネーム『甲兀丙丁こうぱいへいてい』さんからの質問です。「天の川」のことを英語でミルキーウェイと呼ぶらしいのですが、その由来はなんですか?


 うーんとね、はい。まず夜空を思い浮かべて見てください。たくさん星がありますよね? で、天の川の近くに一際輝く五つの星があるの見えますかね? あっそれはオリオン座です。そっちじゃなくて。それらを繋いでみると鍋の蓋みたいな突起が現れるんですが、それを「ちち座」と言うんですね。


 ここから話は少し長くなるのですが。ちち座のモチーフとなるギリシャ神話の英雄──ニュウケイオスの息子ムニロスは、触れる物を軟弱かつ肥大化させてしまう力を持っていたんです。ええ。ここまでは皆さんご存知ですね? あっ違いますよ。触れる物全てを黄金に変えたのはミダス王です。そっちじゃなくて。


 もともとムニロスは牛飼いをしていて、ある日牧場で出会った生娘のシャブと恋に落ちます。まさに霹が落ちたような衝撃でした。しかし、そこで雷の如く怒り二人の恋路を邪魔したのがシャブの父親ヨシノヤヌスです。


「お前のような奴と結婚したら、うちのシャブが腐るわ」


 ヨシノヤヌスは完全にキマッたような顔をして、婚約の申し出をはねのけました。


「あぁそうかい。うちの牛はこれでも十二分に手をかけて育ててるんだがな。昨日取ったのを飲んでみるか?」


 物々交換によって価値が見定められるこの時代では、手塩にかけた農作物の出来で様々な取り決めが行われていました。


「こっ、これは……」


 一口飲んで、ヨシノヤヌスは母なる大地からの贈り物だと思いました。それは白湯パイタンのような温さと懐かしさの感じられる味でした。まるで胎内にいた時の原初の記憶を呼び起こすような、優しい香りがするのです。


 ヨシノヤヌスははっとした声を上げて、おののきました。それから突然、「まっま」と甘い声を出します。そうです。ムニロスの牛乳には幼児退行性の成分が含まれているのです。


「まっま。だっこぉ!」


「これで嫌でも認めてもらおうか?」


 ムニロスは両手を大きく叩きながらニヤついた顔をしています。ムニロスが触れた牛の乳は地球上に存在しない柔らかさと、とてつもないデカさをもっており、その濃縮された旨味と甘さは進化していました。そして、そこから絞り出される蕩けるような恍惚とした味は、人間の脳を溶かしてしまうのです。ムニロスはそれを愛する妻の名をとって「シャブ」と名づけ、販売することにしました。


「シャブ漬けだぁぁぁ!!」


 ダクダクと流れる乳濁液は桶に入れて、老舗の継ぎ足しのタレのような扱いで、民の手を渡っていきましたが、その後、井戸を掘って流通させ、終いにはシャブを薄めた水で灌漑農業を行うようになりました。それから、ムニロスはシャブ漬け戦略と称して牛乳を広めることに尽力しました。ムニロスは売り上手で、交渉が得意でした。シャブを求めて、ムニロスの元に遠方から人が集まり、必ず決まって人々はこう言うのでした。「シャブだくでお願いします」。


 こうして、あっという間にシャブは大陸各地、海を越えて世界中に広まりました。シャブの生産方法はカンタンです。シャブを搾り取った牛にシャブを飲ませ、ムニムニと柔らかく肥えた牛からまた搾り取り、また飲ませ……。それを繰り返すと、純度の高いシャブが得られるようになりました。これで永久機関の完成です☆ ちなみに、シャブの生産地域として有名なところはパンシャブ地方と呼ばれるようになりました。


 ただ、シャブの摂取における禁断症状として人々は手足の痙攣──何か柔らかいものを、できれば人肌のぬくもりを感じ、そして適度な大きさのあるものを求め始め、「揉む」という欲求に駆られる人々が現れました。この現象を後に「ムニ」と呼びます。


 何かムニムニするものを……。ムニムニ、ムニムニ。血眼になって大地を這いずり回った先に、ようやく人類はそれにたどり着きました。


「ムニロス様、どうか私に大きく大きく揉むことのできる感触をお与えください」


 そうです。ムニロスの力と我々はこの時のために存在したのです。その頃にはムニロスは辺境の一人の牛飼いから、シャブの大農場の経営者に成り上がっていました。


 そして、人類はもう一つの真実にたどり着きました。牛を経由してシャブを作るよりも、人の体内で直接生み出した方が美味いということに。このことに気づいた時にはもう皆、訳が分からなくなっていました。


 あぁ。そうか、だから神は私たちにそれを授けて下さったのか。絞るために。民は感動しました。ムニロスによって与えられたその大きさはW杯ワールドカップの公式ボールくらいでしょうか。いえ、とてもW ダブリューカップとは思えません。


 そして、その乳はママの味がしました。そうです。「ミルキーはママの味」なのです。大陸を越えて流通したシャブの原型は、ミルクでした。シャブの交易路として使われた道はシルクロードになぞらえ、ミルキーウェイと名づけられました。それがお馴染みの天の川なのです!



 ──えーでは、次の質問に移ります。ラジオネーム『母音ぼいん』さんからの質問です。僕は今まで「以下同文」と省略されるだけの人生でした。なぜなら、この世の中には「あいうえお順」という残酷な制度があるからです。なので、卒業証書を受け取るときに、「あ」からはじまるクラスで一番最初の人を除いて、全文読まれることがないまま終わる一日が嫌いでした。そこで、僕からの提案なのですが、あいうえお順を廃止するのはどうでしょうか? そうすればこの世界はもっとより良くなって、名前の並び替えが行われる、もしくは新しい序列を作ることができるからです。僕は革命を望んでいます。


 はい若干、中二を感じさせるお便りありがとうございます。じゃあここで問題です。あいうえお順という規則があるからこそ成立する問題というものが世の中にはあるのですが、もしそれを廃止すると大変なことにはなりませんかね? はい。えーとヒントはですね、きみの名前! そう、母音だよ母音。


 じゃあ、問題いくよ。次の規則から浮かび上がる言葉を答えなさい。


 あっぱい

 いっぱい

 うっぱい

 えっぱい


 この次に当てはまる言葉は何かな?

 もう……、分かるよね?

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