02*ちょっとそれは予想外なのですが?

ガラガラ、ガタ、ガタン。


あれから数日。

リベルタスとユウリは身の回りの物をすべて積んで、馬車に揺られていた。



―――未来を知っているのだから、これからティナに嫌われず、フォーリ殿下と婚約解消し、断罪されない未来にすればいい。



ええ。そう思っていました。



「リベルタス様、ベルヴァルデ帝国も素敵なところと聞くので、元気を出してください…」


「ええ、わかってるわ。そうじゃないのよ」



今、生まれ育ったマレーベン聖王国からベルヴァルデ帝国へ向かっている。

過去の未来ではこんなことはなかったのに。

あの日にあんなことが起きるはずではなかったのに。




******




時は戻り、4月1日、マレーベン聖王国、フォーリ皇太子の生誕祭。

場所はあの時のダンスホールだ。

そして、なぜかあの時と全く同じ光景。


広いダンスホールにぽつんと立たされたリベルタスに、檀上のフォーリ殿下と、その後ろで微笑むティナ。


違うのは、声を上げた主だ。

立ち上がり、声を上げたのはマレーベン国王陛下だった。



「昨日、ファウスティナ・フィン・ベルフートに聖女の力が目覚めた!これにより、王太子であるフォーリ・マグタ・マレーベンとリベルタス・フィン・ベルフートとの婚約を取り下げ、聖女ファウスティナとの婚約を正式に発表する!!!」






…………は?





ダンスホールには貴族たちのわぁー!と大きな歓声が響き渡る。



(いやいやいやいやいや???聞いてませんけど???え?死ぬ前の過去にこんなことなかったじゃない???え?いや婚約破棄してティナの邪魔をしないと決めてたからありがたいけれど、まだ何も動いてないわよ?どういうこと???)



突然の出来事に、リベルタスは目を丸くして立ち呆ける。


そして、陛下はそのまま言葉を紡ぐ。



「本来ならば、ここで聖女の力のお披露目をしたいのだが、昨日目覚めたばかりで、まだ能力の扱いも難しいだろうと判断し、この場ではご容赦いただきたい!」



(え、いや、過去でのお披露目では普通にティナは片腕のなくなった騎士の片腕を生やしてましたけど…?)



500年前には魔王が存在し、聖女と勇者の力によって封印された。

そのときの聖女と勇者が結婚し建国されたのがこのマレーベン聖王国だった。

魔王が封印されたものの魔物は今もまだ各地には存在し、その討伐の際に片腕をなくした騎士の片腕を見事に復活させたのがタイムリープ前の生誕祭だったはずだ。



「そして!聖女と王太子の婚約のために取り下げとなったリベルタス公女に非はなく、そのため、代わりに隣国のベルヴァルデ帝国皇太子と婚約することをここに発表する!」


「え、ちょっと、どういうことでしょうか!?…あ、いえ、取り乱し勝手に発言をしてしまって申し訳ございません」


「すまないな。ベルフート家と話し合った結果、王妃教育を受けたそなたなら、隣国の皇太子に嫁いでもらうのが一番良いのではないかと話になってな」



さすがにこれには驚きを隠すことができず、つい声を上げてしまった。

タイムリープ前にはないことばかりだ。

確かに、今度は死なないようにと考えていたが、過去に戻った直後、決意しただけでこんなにも未来が変わるものなのか?

それとも、あの生々しい痛みや現実と思われた未来は、本当にただの夢だったのか?

…いや、さすがにそれはないだろう。確実に現実だった。はずだ。



「リビィ姉さま、婚約者を盗るようなことになってしまい、申し訳ありません…」



ティナがリベルタスに駆け寄って、手を取り謝りに来た。

泣きそうな顔をしている妹にどういう反応をすればいいか分からず困っていた姉に、ティナはそっと耳打ちをした。



「ティナお姉さまにはフォーリ殿下は相応しくありませんの。ですから私がもらいますわね」



にっこりと微笑みながら囁いたティナを見て、やっとわかってしまった。


彼女は、初めから私が嫌いだったんだ。

憎んでいたんだと。



「やっぱり、貴女は私を嫌っていたのね…」



だから、未来を変えようと決意したことで、少し早く、死ぬこともなく、この二人の目の前から消えることになったのだ。



タイムリープ前のことを忘れて、ティナと仲良くできたら…と考えていたのは無理な願いだったんだと絶望し、その後のことはよく覚えていないまま生誕祭が終わったのである。




******



時は戻り、ベルヴァルデ帝国へ向かう道中。



「ベルヴァルデ帝国には妖精がいるって聞いたことがあります!あ、そういえばあまり今日は魔物が現れませんね?安心しました!あっ、これを言ったらが立っちゃいますね!申し訳ありません」



婚約破棄され追い出されるように他国へ婚約させられたリベルタスを元気づけようと、ユーリは明るく振舞った。


ベルヴァルデ帝国はユーリの言った通り妖精が住むとされている。

火、水、土、風、そして光と闇。

これらの妖精王をそれぞれの領土で祀っていて、領土だけで言うとマレーベン聖王国よりも大きな国である。



「それにしても、まだ11歳のお嬢様を他国へ放り出すなんて信じられません!」


「でも、それだけ私を信用してもらえてるってことじゃないかしら?」


「ですがぁ~」


「それに、ユーリもいるのよ」


幼くして嫁ぐことは歴史上幾度かあったことだし、何より他国に嫁ぐには他国を知っておかねばならない。なら、婚約が決まった時点で帝国で妃教育を受けておくべき、というのが建前だ。


あの翌朝、父と母に呼び出され、改めて婚約の話を聞かされた。



『この国の聖女であるファウスティナと王太子が結婚するほうが、この国は強固なものとなる。賢いお前ならばわかるだろう。だが、帝国に嫁げばお前は皇后になり、帝国には聖女の血縁を嫁がせ恩を売ることができるからな。王妃になりたかったお前には悪くないだろう?』


『ティナから聞いたわよ。リベルタスはフォーリ殿下のことを別に好いていた訳ではないのでしょう?だったら、帝国でも別に構わないじゃない?』



(ええ、好きではなかったし、王妃を目指していただけ…)



でも、それはあなた達に認められたかったから。

王妃を目指すように言われ、それに応えることができれば、愛してもらえるに違いないと信じてがむしゃらに頑張っていただけ。


別に、王妃にも皇后にもなれなくてよかった。


あの時の会話で分かったのは、両親は私を愛してはおらず、ティナは嫌いなリベルタスを追い出したかったということ。



(わかっていたけれど、少し寂しいわね。でも、これであのように死ぬ未来はなくなったはずよ)


気を取り直して、と新たな旅路に自らを鼓舞するため、両手で軽く叩いた。



「お嬢様!見えてきました!あの国境門を越えればベルヴァルデ帝国ですよ!」


「そうね。ユーリ、ついてきてくれてありがとう」


「何を仰いますか!お嬢様のためでしたら、このユーリ、どこまでもご一緒します!」



明るく元気なユーリを見てリベルタスは少し励まされたのか、釣られて笑顔になった。愛していた家族に愛されていなかったけれど、ユーリは少なからず自分を慕ってくれているのだから、それだけで強い気持ちになれた。


そうして、国境門を超え、そのままベルヴァルデ帝国へ向かうのだった。

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