03*フラグは気づかないうちに


現在、国境門を超えてから約1時間ほどがたち、首都まではあと半分くらいの距離を走っていた。そう、過去形である。



「困ったわ」


「困りましたねぇ」


「申し訳ありません…」



公爵家の馬車であるはずなのに、あろうことか車輪が外れてしまったのだ。

整備されていなかったのか、それとも、だれかの悪意ある意図によるものなのか。


いや、さすがにそれは考えすぎだろうか。


幸い、二人に怪我はなかったものの、近くに町はなく、もちろん人通りもあるわけがない。


御者は少し困った様子をしながら、手持ちの荷物を探っている。



「外れただけですので、直せるとは思うんですが…。お嬢様、ユーリさん、少しお待ちいただいてもよろしいですか?」


「お嬢様!でしたらこの辺りは自然が豊かで近くに綺麗な湖もありますし、休憩しませんか?」


「そうね。今のところ魔物は遭遇していないし、護衛の騎士もいるから大丈夫じゃないかしら?」



ユーリは先に馬車を折り、リベルタスの手を引いた。

降りた先を見ると、空気はきれいだし、少し先に湖があるのか水の音も聞こえた。

森の中だがそんな鬱蒼とした感じではなく、どこか神聖な気配がして居心地が良く感じた。




「そういえば、ユーリは湖があるのよく知っていたわね?」


「えぇ、まぁ!そう言えば、軽食にサンドイッチを貰ってきてるんです!お嬢様、いかがですか?」



ユーリは可愛らしくドヤ顔をし、持ってきたバスケットを胸元まで上げている。


タイムリープ前のフォーリ殿下の成人祝いのパーティーの時は確か20代前半で、かなり大人びたイメージだった。


5年も戻れば、やはりあどけなさを感じる。


記憶を持って戻ってしまったリベルタスは年齢自体は幼いものの、中身は16才のため精神的な意味合いでは同年代になるのだろう。


まぁ勉強漬けの毎日で、元々の精神年齢も同年代よりかは高めではあったから、周りには何も可笑しく思われていないのだろうが。


少し歩くと馬から降りた護衛が慌ててリベルタスの前に出てきた。

そして、そのまま胸に手を当て軽く頭を下げた。



「お嬢様、自分が先を行きます」


「頼むわ、バルト」



護衛は馬車の方に2人、こちらに3人連れてきている。そして、バルトは一応、リベルタス専属の護衛隊長だ。公爵家の騎士の中でもまぁまぁ腕は立つ方だ。しかも、5年後には公爵家でも一、二を争うレベルにまで成長する。


有り難いことに、王妃候補として育てられていたから護衛に関しては人材はきちんと選んでくれていた。


ただ、タイムリープ前ではティナの聖女の力が発覚した際に護衛が替わり、バルトはティナの護衛についていたはずなのだが…。

今回は帝国へ向かうということで変わらなかったのだろうか。


少し歩くと、湖に到着した。


ユーリは少し辺りを見まわし、景観が少しでも良さそうなところを探すと、座るためのシートを敷く。



「お嬢様、こちらです!おかけください!」


「ありがとう」



そうして座ろうとした時だった。



「グォォォォォォォ!!!」



少し離れた場所から魔物の声がする。

リベルタスはすぐに立ち上がり、聞こえた方を見る。

幸いにも声が聞こえたのは馬車とは反対方向のようだ。



「俺はお嬢様の警護をする、二人は10時と2時に別れて現地点から12時の方向を確認してくれ。数が多い場合は戦うなよ」


「「はい!!」」



バルトがそう指示すると残りの騎士2人は森の奥に進んでゆく。



「お嬢様、ユーリさん、ここは自分が守りますので安心してください。不安にさせてしまって申し訳ありません」


「大丈夫よ。魔物が出ていなかったからと油断していた私も悪かったわ」



バルトは剣を抜き、護衛が分かれて向かった方向の真ん中あたりを見ている。

ちょうど声が聞こえた方向だ。


何か獲物がいたのだろうか?

私たちを狙っていたのなら、姿を見せて声を出していただろうに。


(ユーリは大丈夫かしら)


そう思ってリベルタスがユーリの方を見ると、慌てているのか怯えているのか、少し震えていた。

あ、これはまずい…とリベルタスは顔を真っ青にした。


彼女は普段は大人しく知的で優しい母のような姉のような存在なのだが、気持ちが昂ったり不意の出来事があると、悪い癖が出るのだ。



「私が今日はあまり魔物が現れないとかフラグを立てたからだ!!!」



ユーリは泣きながら急に叫びだした。

いや、魔物が現れないとはリベルタスも言っていたから決してユーリだけのせいではないのだが…。


それと、一度聞き流してはいたものの、そのとやらはなんなのか。

故郷の言葉なのか、たまに彼女はよくわからない言葉を使う。



「ユーリ!あまり大声を出さないで」


「お祖母ちゃんがフラグを立てた人は大体みんな死ぬって言ってたんです~!」


「いやだから静かに…」


「お嬢様!来ます!」



ユーリの悪い癖、それは慌てて落ち着きを失うとよくわからない発言が増えるのだ。

そして周りが見えなくなってしまう。


バルトはユーリの悪い癖を分かっていたのか、それともリベルタスに任せているのか、前方にのみ意識を向け動く茂みの方を注視している。


すると、そこから何かが飛び出してきた。



「猫…?」



現れたのは、息も絶え絶えで必死に何かから逃げているような白い猫だ。

魔物に襲われたのだろう。

胴体には爪で引っかかれたような傷のおかげで、からだは泥と血で辛うじて白い猫だとわかるくらいだ。



「バルト隊長!奥から来ます!1体です!」


「よしお前ら!俺を囮に裏から挟み込め!」


「はい!」



指示の後、バルトは猫の方に雄叫びを上げながら走っていく。

狂暴化した狼のような、禍々しく黒いオーラを放つそれは、バルトの雄叫びに気づき、猫からターゲットを変えてバルトの方に飛び掛かっていく。



「今だ!」



バルトの声とともに、両脇で待機していた護衛二人が魔物に斬りかかった。

だが、倒し切れていない。

それを直ぐ判断したバルトは動きを止めず、そのまま勢いを剣に乗せるようにのど元に突き刺した。


ドサッ


その魔物は横に倒れ、息絶えたようだ。

バルトはそのまま剣を抜くと付いた血を飛ばすように剣を払い鞘に戻した。



「ユーリさん、ほんともういい加減直してください」


「うう、本当にすみません…。怪我がなくてよかったです…」


「バルトも二人も、ご苦労様。ありがとう」


「いえ、まだ弱い部類のようでよかったです」



リベルタスは安心しほっと胸を降ろすと、傷だらけの猫の方へ進む。

あの魔物の声は、猫を襲っているときに発した声なのであろう。


傷はおそらく致命傷で、息も弱く目は開くことができないようだ。

もう少し魔物に早く気付いていれば、傷を負う前に、いやもう少し傷が少ないうちに助けられたかもしれない。

いや、何も考えずに進めば誰かが怪我をしていたかもしれない。

彼らは護衛であって、リベルタスを守ることが一番の仕事なのだから。



「ごめんね」



せめて、一人で死んでいかないよう腕の中で、と抱きかかえた瞬間だった。


リベルタスとその猫を包み込むように、いや、二人から目も開くことができないほどの真っ白な光があふれだした。


それは、まるであの時と同じ光景だった。



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