第228話 王女、覚悟を決める

 ユーレシア王国に、憤怒竜イーラを倒したセレティア・ロンドブロあり、と記憶を操作された近隣国の間で、急速にもう一人の名が広まっていた。

 教会が起こした聖戦を一人で鎮め、エルフをも味方にした男がいると。

 セレティア・ロンドブロに匹敵か、それ以上の魔法師であり、剣の腕は王国戦士長であるネイヤ・フロマージュをも超えるバケモノだと。

 今までその名を全く耳にすることがなかった各国は、ユーレシア王国を警戒、懐柔するために動き出していた。


「ベネトナシュ、報告ごくろうさま。もう下がっていいわよ」とセレティアが言うと、ベネトナシュは一礼してから部屋を出てゆく。


 各国の動きは、ベネトナシュたちの報告でセレティアの耳に逐一届いていた。

 対抗するために同盟を組む国、逆にこちらに同盟を求めてくる国、距離を取って様子を窺う国、違いはあれど明らかな敵対行為をしてくる国がなかったことだけが唯一共通していた。


「ウォルスにも手伝わせればいいじゃない。アイツはこういうの慣れてるわよ?」


 椅子にもたれかかり、険しい表情を作るセレティアとは対称的に、テーブルに腰掛けるアイネスは大きな欠伸をしてみせる。


「ねえアイネス、わたしはあとどれくらい生きられるの?」


「急にどうしたのよ、アンタらしくないわね」


「ここへ戻ってきたときに倒れたでしょ。アイネスは大丈夫だって言ったけど、あれから何度か喀血かっけつしてるのよ」


 アイネスはさっきまで欠伸をしていたとは思えない、真面目な顔つきになる。

 それは今から言うことは冗談ではない、と物語っていた。


「ウォルスの死者蘇生がどれくらい影響してるのか、今のアタシにはわからないけど、それでも十年程度なら大丈夫、アタシが保証してあげるわよ。それくらいなら何がなんでもアタシが生きながらえさせるから。でも、それ以上は正直未知数よ。確実なのは、二十年は無理ってことくらいかしら」


「十年なんてあっという間でしょうね」


「アタシにとっては一瞬だけど、アンタたち人間にとってはそうじゃないでしょ」


「そうね、ゆっくりしてる時間はないけど、を成し遂げるには十分な時間かしら」


 セレティアは瞼を閉じ、眠るように考え事を始める。


「そう言えば、あれから結構経ったけどフィーエルの様子はどうなの?」


「薬は捨ててないようだけど、全く飲む様子はないわね」


「……こればかりはどうしようもないわね」


 重そうに腰を上げたセレティアは、侍女を呼ぶためにテーブルに置かれている鐘を鳴らした。


「どこかに行くの? アタシも行くわよ」


「お父さまに呼ばれてるのよ。一人で来るように言われてるから、アイネスはフィーエルのところに行ってあげて」


「あの子あれ以来、アタシともちょっと距離を取るのよね――――まあわからなくもないんだけど」


 アイネスの表情が、ごく僅か、一瞬だけだが変化した。

 普段は見せない悲しみを堪えたような表情。

 しかし、セレティアはそれを見逃さなかった。


「じゃあ尚更側にいてあげないといけないわよ。アイネスから距離を取るのはよくないわ」


「そうよね、アタシらしくないわね」


 手を振り、窓の隙間から液体状になって姿を消すアイネスを、セレティアは笑顔で送りだした。




       ◆  ◇  ◆




「おお、待っておったぞ。今日は一段と美しいではないか。ますます母に似てきたか」


 玉座の間に呼び出され、普段よりも着飾ったセレティアに冒険者だった頃の面影は見られない。

 最近は公務を積極的にこなし、周りからは魔法師としてではなく、一国の王女として高く評価されだしていた。


「今日はどういった御用でしょうか」


「そのことなのだがな、偉業を成したことや、錬金人形とやらを受け入れたことで国力が増し、近隣国から我が国もかつてないほどに警戒されておる」


「クラウン制度に挑んだ結果ですから、当然のことだと承知しております。現在の我が国の兵力は以前と違い、他国に引けを取りません。もったいぶらず、はっきり仰っていただけると助かるのですが」


 王は言いにくそうにモゴモゴするだけで、それ以上話を進められない。


「お父さま?」


「そ、それなのだがな、お前に王位を譲ろうかと思っておる。お前なら立派に国を統治できるであろう。父も歳で体が言うことを利かぬようになってきてな……」


「……そんな歳でもないでしょう。何を隠しておいでなのです?」


 目を泳がせる王は観念したように目を伏せる。

 唐突に譲位の話をしても、セレティアに通じないのはわかっていた。

 それでもせずにはいられなかった。


「十を超える国から、お前を王室に迎え入れたいとの申し出がきておってな……その中にはあちらがこちらに婿入りするのも構わんと言っている国もある。どちらにしても、我がユーレシア王国を呑み込もうとしているのは明白。無下に扱うには数が多すぎる。この窮状を脱するには、一刻も早くお前が玉座に着く必要があるのだ」


「そういうことですか……ならば、喜んで引き受けます」


 王は暫くぽかんと口を開け、呆気にとられていたが、すぐさま顔を引き締めた。


「引き受けるというのは、女王になるということでいいのだな?」


「そうですね。必要とあらば、結婚も考えます」


 冗談ではない、痛いほど真剣な表情。

 自分には時間がないことを承知の上で、一気に賭けへと出た。


「なんと! だがそこまでしなくてもいいのだぞ? 女王になれば、今すぐ相手を探す必要はなくなるのだ」


「いえ、問題はそこではありません。ただし譲位を受け入れるために、こちらの条件を呑んでいただきます。まず、相手を選ぶ権利を私に一任していただくこと、そしてもう一つ、ロンドブロ家がサイ一族を縛り付けている血契呪、それを解呪する方法について教えていただくことです」


 王の表情が一瞬にして固まる。


「フレアから何か言われたか?」


「そういうわけではありません。ですが、私が引き継ぐのなら必要になるかと思っただけです。フレアがサイ一族の護衛奴隷を付けている以上、本人に伝える気はないのでしょう?」


 しばし続いた沈黙のあと、王の唸る声が玉座の間に広がる。


「……お前は既に偉業を成した身、今後も護衛奴隷を必要とする日が訪れることはないか……それなら今教えても問題はあるまい」


 記憶が改竄されているが故の誤認であり、それを逆手に取ったセレティアの戦略。

 上手くいったセレティア自身も安堵の表情を一瞬だけ見せ、すぐに顔を引き締めた。


「これはほぼ解呪不可能なことでな、これを知った護衛奴隷がやる気をなくさないためにも、護衛奴隷本人の耳には決して入れてはならんのだ」


「護衛奴隷本人のやる気、ですか?」


「契約主が奴隷を意識するのも困るのでな」


 セレティアは父が伝えようとしている真意がわからず、自然と首をかしげていた。


「まあよい、誰にも聞かれるわけにもいかぬ。もう少し近くに参れ」


 セレティアが玉座の横までやってくると、王はセレティアの耳元まで顔を近づける。

 第三者には決して聞こえない、セレティアがやっと聞こえる程度の声で語られた真実に、セレティアの目が大きく開かれた。

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