第226話 奴隷、仲間で割れる

 微かに舞い始めた雪が窓に触れ、またたく間に解けてゆく。

 東の空から冥色へと変わっていく姿は、俺の不安な心を表しているようにも思える。

 そんな俺を気にしてくれたのか、椅子に座るセレティアが「コホンッ」とわざとらしく咳をした。


「落ち着きがないウォルスなんて滅多に見られないわね」


 セレティアはふかふかの椅子にもたれかかりながら、いたずらっぽく言う。

 まだ誰も訪れていないセレティアの部屋で二人、もしこの場を第三者に見られでもしたら、俺の立場が危うくなりそうだ。


「でもまさか、その怠惰竜イグナーウスが王都にやってきて誰も気づかないなんて、本当に人の姿をしてるのね」


「アイネスですら気づかなかったレベルだからな。魔力以外は人そのものだろう。その魔力すら完璧に抑え込むんだから大したものだ」


「だぁーれが気づかなかったって? 二回目だもの、アタシは気づいてたわよ」


 足下から立ち昇った水柱から現れるアイネス。

 その顔は言葉とは裏腹に余裕がないように見える。


「――――そうだったか、それはすまないな。ここへ来たということは、準備が整ったということか」


|ヤもそこにいたから、全員集まったんじゃないかしら」


 ほどなくして部屋に扉をノックする乾いた音が響く。

 セレティアの返事で入ってきたのはネイヤとベネトナシュたち、それに少し間を置いてからフィーエルが入ってきた。

 ネイヤにベネトナシュたちのことを一任したが、どうやらベネトナシュたちも同席させるべきと考えたようだ。

 ベネトナシュたちは、なぜ自分たちが呼ばれたのか理解できないといった表情をしている。


「セレティアさま、どうして私たちが呼ばれたのですか? アイネスは何も教えてくれなかったのですが。それに……この場にその人がいるのが理解できません」


 この状況に一番納得いっていない顔、さっきから険しい表情のフィーエルが、口火を切るように捲し立てる。

 呼ばれた理由よりも、俺がこの場にいることが許せないと怒っているようにも見える。


「そんなに機嫌を悪くしないでちょうだい。ウォルスも関係してることなんだから。ここに集まってもらったのは他でもない、あなたたちだけに関係ある話があるからよ」


 セレティアの改まった物言いに、ベネトナシュたちの背筋が伸びる。


「我々も関係しているとは、一体何事なのでしょうか。我々はそのウォルスという男とは接点がありません」


「それがこちらにはあるのよ。何から説明したらいいかしら」とセレティアは俺に目で問いかけてくる。


 俺から説明して、フィーエルが素直に聞くとは思えない。

 だからといって、セレティアから全てを話させるのは不自然になるか。


「記憶に関することだけでいいだろう」


 この一言で察したらしく、セレティアは「わかったわ」とだけ答える。


「それなら結論から言ったほうがいいわね――――皆にここに集まってもらったのは、あなたたちやそれ以外の者、この世界の人やエルフ、精霊に至るまで、全ての者の記憶が改竄されていることについて伝えておく必要があるからよ」


 ネイヤを除く全員が理解できていない、明らかに戸惑った表情になった。

 突拍子もない言葉は、人の思考を一瞬停止させることがよくわかる。


「あなたたちはわたしと共に旅をしたことは、覚えてるわよね?」


「――――はい。セレティア様とこのユーレシア王国の名を広めるため、クラウン制度に則り、冒険者であった我々を率いて偉業を成し遂げました。それが一体……」


「ベネトナシュの言う通りだけど、本当はそこにこのウォルスもいたのよ。ううん、このウォルスがいなければ、偉業なんて何も成し遂げることはできなかったわ」


 セレティアが話し終わる前に、ベネトナシュが俺を睨みつけてきた。

 言いたいことはわかる。

 セレティアが俺に脅されている、もしくは魔法に疎いベネトナシュなら魔法で操っているとでも思っているのかもしれない。

 それほどセレティアが言っていることは荒唐無稽で、意味がわからないのだろう。


「セレティア様、何があったのですか! その男に――!」


 ベネトナシュがこちらに近づこうと一歩踏み出した瞬間、ネイヤの腕がその行く手を遮った。


「落ち着きなさい。セレティア様が仰っていることは本当です」


「そうよ、このアタシの前で取り乱すのはやめてほしいわね。次、話を遮ったらここから叩き出すわよ」


 ベネトナシュの目の前まで飛んでゆくアイネスは、ベネトナシュの額に強めのデコピンをした。

 うずくまったベネトナシュを気にすることなく、今度はフィーエルの肩へと座る。


「フィーエル、アンタもよ。不満があるのはわかるけど、とにかく今は聞きなさい。一番深く関わっているのはアンタなんだから」


「……意味がわかりません」


「今はわからなくていいの」


 諭すように語りかけるアイネスは少し困っているのか、表情は憂いを帯びている。

 フィーエルが記憶を戻す選択を取らなければ、真実を教えるしかないのか。

 今のアルスの思い出が全て偽物で、アルスが自分を殺そうとしたことが真実と言ったところで、フィーエルが受け入れられるかどうか……。


「もういいかしら? 話を戻すけど、このウォルスとわたしが旅をしていたのは、わたしを除く全ての者から消えた記憶を取り戻すためだったの――――まあ残念なことに、それは叶わなかったわけだけど」


「そんなことが本当だとは思えませんが、仮にそれが本当だとして、どうしてセレティア様は記憶が改竄されていることを知っておられるのですか。まさか、そのウォルスという人の言葉を信じたということですか? アイネスもです」


 フィーエルは怪訝な表情で、セレティアとアイネスを疑いの目で見つめる。


「いいえ、わたしの記憶はそのままだからよ」


「アタシは改竄されたままだけどね。真実たる証拠を突きつけられたから、記憶の改竄について理解できたわけだけど」


 アイネスはセレティアの肩へと移動し、フィーエルと距離を置いた。


「……だったら、早くその証拠を見せてください」


 フィーエルがアイネスを睨みつけるが、それと同時に予想外の動きを見せた人物へと向けられた。


「申し訳ありませんが、私も記憶の改竄について、アイネス様同様全て承知しています。立場的にはこちら側のほうが相応しいかと」


 ネイヤがセレティアの横に立ち、完全にフィーエルやベネトナシュと対峙する形となると、ベネトナシュたちの顔から一切の余裕が消え去った。

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