第224話 奴隷、今後を考える

 しばらく待ってみたが、ガスターが元に戻ることはない。

 液状化した中に転がる骨は踵骨だろうか。

 そこにはあったはずの魔法式はなく、完全に消失しているのがわかる。


「これで確認はできました。あとは時間をかけ、本当に成長をするのか、自然死を迎えるのかを見届けるだけですね」


 さっきまでガスターを処刑していた者とは思えない、随分穏やかな表情を見せる。

 この切り替えの早さなら、錬金人形を人と同列と認めれば、きっと反故にするようなことはないだろう。

 教皇の後ろに控える護衛も不満な様子は見せず、納得しているように見える。


「それにしても、本当にこのような魔法を完成させているとは……まるでかの天才魔法師、アルス・ディットランドを彷彿とさせますね」


 教皇がその名を出した瞬間、ヴィーオの背後にいるフィーエルの魔力が乱れた。

 ここから直接表情を確認することはできない。

 動揺しているのか、怒りを抑えているのか、魔力の振れ幅が一定ではない。


「そこはハイエルフである僕が協力したからね。――――そう思うよね、フィーエル」


「……はい、ヴィーオさまが手伝った部分は大きいかと」


 姿が見えたフィーエルは肩を震わせ、俯いたまま顔を上げることはなかった。


「やはりエルフの力は偉大だということですね。それを差し引いても、人としてこれほどの魔法を完成させるのは凄いことだと思いますよ」


 教皇は俺を見てニコリと笑う。

 意図は読めないが、もう敵対する意思はないということだろう。


「これで残るは、私どもに直接牙を向けてきた、あの男をどうするか……」


 真面目な顔で悩む姿は、もう次の目標へと向けられている。

 教皇が言っているのは、奴のことで間違いないだろう。


「ヴィル・ノックスのことを言っているのなら、既に解決されている」


「どういうことです?」


「教会へ攻撃をしかけた連中とは話がついている。今回の件が片付けば、奴らは一切教会には手出ししない」


 目を見開く教皇とその護衛から、警戒とも受け取れる空気が漂う。


「意味がわかりません。あのような危険人物と繋がりがある、ということですか? 野放しにしていること自体理解できません」


「奴らは異空間を移動できる、それは知っているだろう? 錬金人形と人との共存を達成すれば、奴らはこの件から手を引き、異空間へ旅立つことになっている」


「それを信用しろと?」


「するもしないも自由だが、無駄に時間を浪費することになると言っているんだ。ヘルサント王国を支配していた奴らがいなくなれば、近いうちに崩壊へ向かうとみていい。教会を立て直すのなら、ヘルサント王国の民の救済に回ったほうが合理的だと思うが」


 俺の言うことをどこまで信用するかはわからない。

 しかし今回結果を示せたことで、俺の力は十二分に理解できたはずだ。

 核心部分を話さなくとも、以前とは言葉の重みが違っている。

 教皇はさっきまでとは違う、何か吹っ切れた笑顔を見せる。


「あなたの言葉が本当なら、我々としても救いの手を差し伸べなくてはなりません。そのためにも、今から準備ができるのはありがたい」


 嘘だとすればそのうちわかる、そう受け取ったのかもしれない。

 それでも教皇は俺の言葉を受け、ヘルサントの民の救済へ乗り出すと宣言した。

 この差はとてつもなく大きく、そして、何万もの民の命を救うことに繋がる。


「そうと決まれば時間が惜しい。私どもはロンドブロ国王陛下に挨拶をして、すぐに国へ戻りたいと思います」


「それなら、わたしがご案内します」とセレティアが申し出る。


 ネイヤもそれに従い、セレティアの横へと並んだ。


「ウォルス、あとのことは頼んだわよ」


「ああ、こちらは問題ない」


 セレティアは安堵した表情で教皇とその護衛を連れ、地上へと歩いてゆく。

 全員が出ていった練兵場は静かで、俺以外に誰もいないのかと錯覚させるほどだ。


「上手くいってよかったよかった。ねえ、フィーエル」


「そうですね……」


 ヴィーオがフィーエルにわざとらしく声をかける。

 きっとフィーエルと俺の反応を楽しんでいるのだろう。

 変に反応したら負けだな。


「後始末は俺がしておく。二人は戻ってくれて構わないぞ」


 服と液体金属だけになったガスターを、無属性魔法で大地ごと消し去る。

 ぽっかり空いた穴に、地属性魔法を使えば何事もなかったように綺麗に戻った。


「まだ本当に七属性操れるなんて信じられません……あなたは何者なのです。セレティアさまとも親しく、ヴィーオさまやアイネスを前にしても、一歩も引くことがない」


「そのうちわかるさ……」


「そんな答えじゃ――――」


 俺に迫ろうとするフィーエルの足がピタリと止まる。

 ヴィーオの手がフィーエルの肩をしっかり掴み、俺に近づけないようにしていた。


「フィーエル、それは君が詮索することじゃない。そのうちわかるさ」


「ですが――――」


「僕がしなくていいって言ってるの、わかるよね?」


 恐ろしいまでに、笑顔と無感情な口調が合っていない。

 フィーエルもこの態度を見せられては抵抗できないらしく、大人しくヴィーオに従って階段へと歩き出す。


「ウォルスくん、僕やキースたちはすぐに里に帰ることにするよ。ここでの用事も済んだわけだしね。君がこれからどういう道を辿るのか、それは後日の楽しみにしようと思う」


「お前にしては珍しいな。もっと引っ掻き回すのかと思っていたんだが」


「僕がここまで里を離れたことはないからね、今頃ラダエルが倒れてるかもしれないし。キースくんが長を引き継いでくれたらいいんだけど、その気がないのが残念だ」


 どうして嬉しそうに語るのか。

 それよりも、この話をフィーエルに聞こえるように言っていることのほうが重要だろう。

 前にも増して、俺とヴィーオの関係を怪しんでいるように見える。

 ラダエルを知っている人間などいないはずで、この会話はフィーエルにとって理解できるものではないはず。

 今度は拗れさせるのが目的か……いらぬ置き土産だな。


「ヴィーオには感謝している。お前がいなければ、間違いなく錬金魔法は完成していなかった」


「エルフが生み出した錬金魔法の後始末はできたし、僕個人としても、面白いものを見られたから気にしなくていいよ。まあ君が感謝しているというのなら、こちらに残していく同胞の面倒を見てくれると助かるね」


「それくらい当然のことだ」


 笑顔を向けるヴィーオと、怪訝な表情を向けるフィーエル。

 今はまだイグナーウスからの返事はなく、これを待つのが優先事項だ。

 記憶が戻るのか、今の記憶が残るのか消えるのか、何一つ確定していることはない。

 こんな状態でフィーエルに伝えていい情報などないに等しい。


「どんな結果になっても、僕と君との関係は変わらない。もし約束を反故にされて助けが必要になれば、いつでも尋ねてくるといい。そうならないことを祈るけどね」


 ヴィーオは最後にとびきりの笑顔を向け、フィーエルの背中を押しながら階段を上がってゆく。

 約束が反故にされることはないと思いたい。

 順調にことが運んだとしても、何人元に戻せるのか、どうやってフィーエルに伝えるのか、それを考えながら、しばらくその場に立ち尽くしていた。

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