第223話 奴隷、証明する

「これはどういうことです? この者が言っていることが本当なら、私どもがここへやってきた意味が違ってきますよ」


 穏やかに話してはいるが、言葉に込められた意志の重さは相当なものだ。

 この場の主導権を握ろうとしているのは明白で、後ろに控える護衛にもそれが伝わっているのがわかる。

 空気そのものがヒリヒリと肺まで冒す感覚に襲われる。

 気弱な者なら完全に呑み込まれるだろう。


「勘違いしてもらっては困るが、この者は死罪人であり、魔法の成功の有無を確かめるための実験体でしかない」


「どういうことです?」


 俺の言葉に怪訝な表情になる教皇。

 対して、ガスターはしばし呆気に取られた顔で固まった。

 しかし、それも長くは続かなかった。


「俺が死罪人だとッ! どういうことだッ」


 ネイヤが声を荒らげるガスターの顔を地面へと押さえつけ、背中に膝を落とすとカエルに似た声を出した。


「あなたはここへやってくるまでの旅の間、数え切れない数の錬金人形を斬っては金品を奪ったことがわかっています。それに加え、何人もの女性から暴行を受けたという報告が上がっています」


 ネイヤの声は普段と変わらず、抑揚のない事務的なもののように思う。

 けれども、ガスターを押さえつける手からは、抑えきれない怒りのようなものを感じられる。


「教会が人間じゃねえって言ってたんだぞ。その人形を斬ろうが犯そうが自由だろうが。アイツらは俺同様死なねえんだ。それに関して、この国の法で裁かれる筋合いはねえだろうがッ」


「いえ、我が国は錬金人形を受け入れると言った時点から、我が国へ来る行動をとった錬金人形はこの国の民として扱っています。それにあなたが犯した罪は、我がユーレシア領土内にて行われたことだけで死罪に値するものです」


「だから何が死罪なのか言えっつうんだよッ」


「先ほどあなたは、死なないと言いましたが、実際はあなたが斬った民の中に、赤子が含まれています。その赤子は核となる骨まで砕かれ、元には戻らなかった。このユーレシア王国では、赤子を殺意を持って殺すことは、どのような理由があろうと死罪と決まっているのです」


 クロリナ教では子供に対して犯した罪は大きいため、教皇をはじめその護衛からも厳しい目がガスターへと向けられる。

 たとえ錬金人形とはいえ、暴力が赤子へ向けられたという言葉が持つ意味がそれだけ大きいということだ。


「そんなもん聞かされなかったしよ、無効だろうが……教会も散々俺たちを追いかけ回してたんだぞ」


 教皇はガスターの前に跪き、ガスターの顎を持ち上げる。

 さっきまで暴れていたガスターが、嘘のように大人しくなった。

 教皇から放たれている威圧感は相当なもので、ガスター程度のものなら反抗できないらしい。


「私たち教会は当初、あなたが言うように、人ならざる者を邪教の産物とみなし何人も手にかけました。ですが、人として生きられる可能性を提示され、彼らが生きたいと望んだ日から一切行ってはいません。本当に死や成長といったものを与えられているのなら、今まで手にかけた者たちへの謝罪ではありませんが、教会は全力で援助していくつもりです。――――しかし、あなたが行った行為を見過ごすわけにはまいりません」


「なッ……」


 言葉を失うガスターを無視し、教皇は俺を凝視してくる。


「彼の処分は、私どもが責任をもっていたしましょう。かの魔法が成功しているかどうか、それを以て見極めるとします」


「……それで構わない。それでは俺が行使した魔法の概要について話しておく。この国にいる錬金人形は多少の怪我は時間をかければ元に戻るが、四肢欠損などの傷は戻らないようになっている。首を切断したり、胸を貫くような致命傷を与えれば、人間同様死ぬはずだ。寿命については今すぐにはわからないが、死を確認できれば、寿命のほうも問題なく発動しているとみていい。魔法式の構造上、寿命に関する部分が根幹を成しているからな」


 教皇が背後の護衛に対し、軽く右手を上げる。

 一番左にいた護衛が流れるような手付きで剣を抜くと、躊躇なくガスターの足を貫いた。


「あがァアアアアッ! てめぇぶっ殺すぞッ、何してくれてんだ! 痛えぇじゃねえかよ」


「――――相変わらず血は出ないようですが、確かに傷の戻りは遅いですね」


 回復速度を確認した教皇は間髪を入れず、下げた右手を再び軽く上げる。

 次の瞬間、再びガスターの絶叫が練兵場に響いた。

 切断された膝から下の両足は、銀色の液体金属である太陽鉱石ヘリオライトへ変わり、切断面は肉が傷口を塞いでゆく。


「魔法で治せない以上、自動で傷が塞がるのは仕方がありませんね」


 教皇の態度は人に対するそれとは違い、ガスターをただのモノとしか見ていないように思える。

 希望を失ったガスターの表情からは、痛みを感じているのかすら読み取れない。

 ガスターは無我夢中で暴れ始め、護衛に頭を思い切り踏まれた。


「最後は私がやりましょう」と教皇自ら護衛の剣を手にする。「そんな顔をする必要はありません。罪を犯したあなたの魂は天へと昇り、エディナ神によって既に浄化されていることでしょう。ここにあるのは、ただの抜け殻です」


 教皇は返事を待たずして、手に持った剣をガスターの後頸部へと突き立てる。


「そなたはもう下がってよいぞ」


「……はい」


 ガスターを押さえつけていたネイヤを立たせると、剣に全体重をかけてゆく。

 切っ先が喉を貫通し始めるが、当然血液の類いは出ない。

 代わりにガスターは涎を垂らし、聞くに堪えない声を上げる。


「……ごふッごぼぉぉぉお……ぐべぇぃ……」


 人間の首を突き刺した時とは違う声だ。

 血液が口を塞がないため、乾いた呻き声とでもいえばいいのだろうか。

 だが、それも次第に小さくなってゆく。

 その光景からセレティアが顔を背ける。

 しかしそれもごく短い時間だけで、ガスターは服だけ残して液状化した。

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