第188話 デルク、大海を知る
生きているのか、死んでいるのか、何もわからない。
ただ、日光浴でもしているかのように、暖かい光が全身を包み込んでいるのだけはわかる。
デルクは夢の中で死を間近に感じ、今現在も死へ向かっている最中なのだと感じていた。
自分の体を包み込む光は、負傷した痛みを忘れさせるほどに気持ちよく、もう普通に動けるのではないかと思わせるほどだった。
「おい、いつまで寝てんだ。傷はもう治ってるだろうがよ。オレ様の回復魔法を何だと思ってやがんだ」
男がデルクの頭を小突くように蹴ると、目を瞑り横たわっていたデルクが目を覚ました。
「……ん、えっ、な?……」
「寝ぼけてんじゃねえぞ。さっさと起きろよ」
デルクは自分を覗き込むように見下ろしていた男に気づくと、すぐさま飛び起き、距離を取った。
再び重心を下げて構えると、男は呆れたようにため息をつく。
「テメェが抵抗しようが、蚊ほどの抵抗もできないことくらいわかってんだろうがよ。やる気があるのはいいが、少しは頭使えっての」
デルクは観念したようにその場で胡座をかくと、睨みつけるように男を凝視した。
「俺をどうするつもりだ。焼くなり煮るなり好きにしろよ」
「投げやりなのは感心しねえな」と男もデルクの前で胡座をかいた。
「オレ様は、別にテメェの命になんて興味はねえんだ。ただ、お前がウォルスと戦うみてえだから、ちょっと力を貸してやろうと思ったわけよ」
饒舌な男を、デルクは不審げに見つめる。
相手の目的がわからず、かといって自分にどうこうできる力はない。
デルクはただ、男の出方を注意深く観察することしかできず、口を閉ざした。
「そう固くなるなよ。オレ様はいわば、テメェの味方なんだからよ」
「瀕死にまで追い込んでおいて、よく味方だなんて言葉が出てくるな」
「子犬には一度躾が必要だからな。それに、先に噛み付いてきたテメェが悪い」
「――――で、力を貸すってのは何だよ」
デルクは子犬扱いされたことが気に食わないように、胡座をかいた膝に肩肘をつき、不満げな顔を載せた。
「テメェにウォルスと戦えるだけの力を与えてやる」
「は?」
「それも、タダでだ」
「意味がわかんねえって。そんな力があるんなら、自分でやればいいだろ。俺にやらせる意味がわからないって」
男は己の膝を叩き、「そう、それよ! オレ様も自分でやりてえんだがよ、上が許しちゃくれねえわけよ。直接あの男に関わるのはダメらしくてな。そこでテメェに目をつけたってわけだ」とデルクを指差した。
「どうして俺なんだよ。俺以外にも、この国からは戦士長のネイヤ・フロマージュや、魔法師団長のリゲル・アルストロメリアってのもいるんだぞ」
「簡単なことだ。お前が一番弱くて、一番伸び代があるからだ」
「悪いが、すぐに出発するんだ。いくら伸び代があろうが、時間がないんだよ」
デルクが不機嫌そうに言うなり、男は大口をあけて笑い出した。
「時間なんていらねえよ。テメェのやる気は確認できたかな」と男はポケットから白く輝く粒を取り出した。
「これを飲めば、お前は力を解放できる。それも今の三倍、いや、それ以上かもしれねえ」
「……そんな怪しいものに頼るほど、俺は落ちぶれてねえよ」
「お前はまだまだ未熟で、自分の力を全然引き出せていねえ。体術に自信があるようだが、所詮肉体を鍛えただけの上っ面で止まっちまってる」
デルクのこめかみがピクリと震え、血管が浮き始める。
「魔力循環を無意識にとはいえ、常人よりは使えているが、魔法師から見りゃ、
「魔力循環? 聞いたこともないな」
「魔力循環は本来、魔法師が習得することだからな、テメェが知らねえのも当然だ。体内の魔力を効率よく循環させることで、肉体の限界を超えるんだよ。だが、大抵の魔法師はそこまで体術を極めねぇし、第一、魔法力についていけるだけの肉体がねえのが普通だ。それに引き換え、テメェはそれに耐えうるだけの肉体があるし、無意識に使っている魔力循環を見る限り、魔法力もそこそこある」
「……だったら、自分で強くなるだけだ」
デルクは渋面を作り、男から視線を外した。
たとえ自分より強い敵だろうと、怪しい薬に頼ってまで勝ちたくはない。
それは一族最強としての矜持。
しかし、男はそんなデルクを前にしても、余裕のある態度を崩さない。
「まあ、それを選ぶのはテメェの勝手だがな、実際問題、護衛奴隷のテメェにそんな余裕があるのか? 姫さんの前で無様に負けて、そのまま護衛奴隷ができるとでも思ってんじゃねえだろうな?」
「…………」
「テメェは所詮使い捨ての奴隷だ。使えないようなら、代わりの護衛奴隷を用意するまでだろうがな」と男は白い粒をデルクへ投げた。
「……だから、いらないって……」
「オレ様は無理強いはしねえよ。テメェ自身の目で、体で、ウォルスの強さを目の当たりにした時に、その虚勢を張っていられるならそれでいいさ」
男は立ち上がると、あっさりデルクに背を向ける。
デルクは手にひらに転がる白い粒を見つめ、顔を上げた時には、既に男の姿はなかった。
「……何が一族最強だよ、世界は広いじゃんか……」
デルクはその場に大の字になって寝そべり、しばし流れゆく雲を見つめていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます