第189話 奴隷、動き出す
「この辺りで見たって話だぞ、探せ探せ!」
「捕まえたら、たんまり報奨金が出るらしいぜ」
通りから聞こえてくる男たちの声。
その声から隠れるように、路地裏へと身を隠した。
ゴーマラス共和国の街角という街角に、俺とセレティアの似顔絵が張り出され、落ち着いて調べることもできない状態が三日ほど続いていた。
手配書の一人が、憤怒竜イーラを討伐したユーレシア王国の英雄セレティアに似ている、という噂がどこからか広まったことで、血眼になって探す者が後を立たなかったためだ。
「有名になるのも困ったものね」
「……どうしてニヤけてるんだ」
黒いシミが目立つレンガ調の壁に張られた、どことなく似ている似顔絵の手配書を前に、セレティアは一人照れていた。
実際にセレティアを見たことがある者が広めたのだろうが、余計なことをしてくれたものだ。
「でも、これで調べるのは不可能になったわね。あとはアイネス待ちかしら」
「あいつが本気になれば、距離は関係ないはずなんだが、どこかで油でも売ってるのか」
「失礼ね! それが仕事をしてきた者に対する言葉かしら」
壁の黒いシミから水が溢れだすなり、いつもの調子でアイネスが飛び出してきた。
「アンタたち何をしたのよ。こんな汚い場所からアタシを出させるなんて……あ~もう気持ち悪いわね」
アイネスは自分が出てきた壁の黒いシミを見て、心底嫌そうな顔をして飛び退いた。
だが、それもすぐに変わる。
「――――そもそもこんな人気のない場所で何をしようと……ひょっとしてアンタたち、ちちくり合おうとしてたんじゃ……」
「そんなわけないでしょ! ただ、この国の錬金人形が人と同じ生活をしていて、それを調べていたら、ね?」
セレティアは目を泳がせ、慌てた様子で話を振ってきた。
アイネスの冗談のどこに、ここまで動揺する点があるのか……。
「この国の連中や、俺たちがクロリアナ国、教会本部へ密告するとでも思っているんだろう。このとおり手配書までバラまかれ、今じゃお尋ね者だ」と壁の張られた似顔絵を指差した。
アイネスは納得してるのかよくわからない返事をし、絵を見て「イマイチね」と口にする。
「――――で、アイネスのほうは収穫があったのか?」
「当然でしょ。アタシを誰だと思ってるのよ。頼まれたこと以上に調べてきてあげたんだから感謝なさい」
「それは楽しみだな」
アイネスから放たれる自信に満ちたオーラは、行き詰った俺とセレティアに希望を抱かせるには十分なものだ。
「まずピスタリア王国だけど、こっちは難民は受け入れても、錬金人形は受け入れていないわね。あの女王に聞いても、探し出して
あのいい加減そうな王子、レブレヒト・ヴィスマイヤーを育てた国ならやりそうなことだ。
しかし、知らず識らずのうちに紛れ込むとなると、人ではないと気づいた時はどうなるかわからないか。
アイネスの情報と、この国の現状を重ね合わせると……。
「話は終わってないわよ。頼まれたこと以上に調べてきたって言ったでしょ」
「まだ何かあるのか?」
アイネスは得意げに胸を張り、聞いて驚けとばかりに俺とセレティアの顔をじっくりと見回した。
「昨日、ムーンヴァリー王国の隣国、オッサリア王国ってところでも暗殺があったようよ」
「オッサリア王国だと……」
この国は、七カ国会談でギスター王国、ゴーマラス共和国側の意見に賛成した国。
だが、ヒューゴ・スターキーという王子の印象は堅苦しいものはあったが、それほど悪くなかった。
「オッサリア王国は錬金人形がどうとかいう以前に、難民自体受け入れてなかったらしいわ」
「ウォルス……これって」
セレティアの表情から察するに、俺と同じことに気づいたらしい。
暗殺予告があり、実際に実行に移されたオッサリア王国とピスタリア王国。
この国に共通するのは、錬金人形の拒絶ということになる。
オッサリア王国は意図せず難民を受け入れなかったのかもしれないが、ヴィル・ノックスとリヒドの二人にとっては、そんなことは関係なかったということだろう。
このゴーマラス共和国を見る限り、錬金人形を奴隷として扱おうが、そんなことが問題の本質ではないということはわかる。
まだ人と同じように扱っているという”事実”だけが、奴らが求める答えであり、一つの真実とみて間違いない。
ピスタリア王国のように錬金人形を受け入れない場合に限らず、オッサリア王国のように意図せず拒絶したかもしれない場合も、十把一絡げにして錬金人形の拒絶と受け取っていると考えれば辻褄が合う。
「錬金人形を受け入れない、認めない姿勢を見せた国が対象だとすれば、ムーンヴァリー王国のような国は”今は狙われない”だけとも言える。実際に錬金人形を見つけた時の動き次第では、狙われる可能性も大いにあるということだ」
「これって、クロリナ教そのものが狙われるんじゃない? ウォルスに求められてることって……」
ピスタリア王国へ出されていた問いでは、棄教すれば助かったのかもしれない。
だが、それは便宜的な答えであって、このゴーマラス共和国のように棄教せずとも受け入れるということも可能だ。
俺に問われているのは、おそらくそんな便宜的なものではなく、もっと本質的なものであるはず……。
「クロリナ教そのものを変えろ、ということなら……いくら何でもそれは無理だろうな」
俺がクロリナ教を変える、などという答えを出したところで、それを実行する力がなければ意味がない。
奴らが俺に求めるなら、その先の行動と思われるが、それを今導き出すのは無理がある。
俺にできることといえば、これ以上の犠牲を出さないことくらいだ。
「そうよね……教会に楯突くなんて、誰も、どの国もしないわよね」
「教会の考えを変えるのは無理かもしれないが、問題が解決するまでの間、一時的に目を瞑ってもらうことは可能かもしれない」
「教会本部に……クロリアナ国へ乗り込むつもり?!」
「教皇があんなことになり、次期教皇がそろそろ即位してもいいはずだ。錬金人形について理解があれば、被害を抑えるために、話くらいは聞いてもらえるかもしれないからな」
セレティアは不安そうな顔を隠そうともせず、アイネスへと向き直る。
そんなセレティアを前にしても、アイネスは普段と変わらぬ、自信に満ちた顔を見せた。
「心配いらないわよ。いざとなれば、アタシという絶対的存在がいるんだから。そうよね、ウォルス」
「そうだな、その時は大いに頼らせてもらうよ」
アイネスは満足そうに頷き、制止するセレティアの手をくぐり抜け、その胸の間に収まった。
アイネスの存在だけで上手くいけばいいが、そう簡単な話ではないはずだ。
教会がアイネスを穢れた存在として認定しないとも限らず、あらゆることを想定しておかなければならない。
そういう意味でも、アイネスに頼るのは最終手段としておくほうがいい。
「じゃあ、今すぐクロリアナ国へ向かうぞ」
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