第187話 デルク、一族最強の男として……
誰もいない、動物の気配さえない森の中に、次々と木が倒れる音が響く。
王城からほどよく離れた森に、突然開けた空間が生まれていた。
「でぇえええいッ!!」
一般人では目で追うことすら叶わない速度の蹴りを次々と繰り出し、何十本もの木を倒しているのは、鎧に身を包んたデルク・サイだった。
それでも汗一滴かかない猛攻は、まだ余力を残していることを物語っている。
「チッ、戦士長か何だか知らねえけど、俺が勝てないわけないっての。一族歴代最強の俺に、負ける要素なんてねえッ!」
デルクが蹴り上げた倒木は、長い滞空時間を経て地面へと突き刺さる。
更にもう一本蹴り上げようとしたところで、その動きが止まった。
さっきまで何も感じなかった空間に、違和感を覚えたデルクは、警戒レベルを最大限まで引き上げた。
「誰だ、出てこいよ! 近くにいるのはわかってるんだ」
暫く待てど、返事はない。
草が風に靡く音だけが響く中、デルクは瞼を閉じ、自然と一体となる。
次の瞬間、先ほど大地へ突き刺さった倒木へ向け、目の前の倒木を蹴り上げた。
だが、その倒木が届くことはなかった。
「なっ……」
大地へ突き刺さっている倒木の背後から現れた人物が、飛んできた倒木を素手で完全に粉砕してみせたからだ。
フード付きの黒い外套によって、その者の顔はデルクからは見えてはない。
しかし、目の前で示された力は、デルクが警戒するには十分だった。
「動くな! こちらに近づくような素振りを見せれば、容赦はしない」
デルクはいつでも動けるよう重心を下げて構え、周りへの警戒も怠らない。
「そこそこやれるようだが、まだまだだな。お前が今度やるウォルスの力には、到底及ばない」
「どうして、それを知っている……」
「そりゃああれよ、テメェんとこの姫さんの居場所を教えてやったのが、このオレ様だからよ」
男がフードを取り去り、デルクの前に顔を晒した。
警戒しているデルクを前にしても、男に緊張感は全くない。
逆に友人に話しかけるように、自然な態度でデルクに向かって一歩を踏み出す。
「どうやら、オッサン、死にたいらしいな」
デルクが明確な殺気を放ち、ジリジリと詰め寄る。
全力でなら、一瞬で詰められる距離。
それでも異様な気配を漂わせる男を前にしているためか、慎重に距離を縮めてゆく。
「オッサンとは失礼じゃねえかテメェ。見た目は大して変わらねえだろうがよ。まあ、言ってもわかんねえだろうし、遊んでやるからかかってこい」
男が手招きするように挑発した瞬間、デルクの中の何かが弾けた。
「――――じゃ、遠慮なく」
サイ一族歴代最強と呼ばれる男。
一国の第二王女の奴隷護衛として、ある程度の自由も与えられた力は別格だとの自負がある。
デルクは一瞬でケリをつけるために、全力の拳を男の顔目掛けて放った。
当たれば、肉片しか残らないほど木っ端微塵になるのは必至。
かすっただけでも、肉を抉り取るだけの威力はある。
しかし、デルクが仕留めたと確信した瞬間、その視界はぐるりと回転し、空に流れる雲を見つめていた。
同時に背中を襲う激痛に、デルクは血反吐を吐いていた。
「がはっ……意味がわかん、ねぇ……いつ、投げられた……んだ」
「ただの力任せな攻撃だな。全然なっちゃいねえ」
デルクは自分の腕を見て、言葉を失った。
攻撃した腕は肘から先が、篭手ごとグニャグニャに折れ、完全に使い物にならなくなっていた。
「どうしたよ、さっきまでの威勢はどこにいったんだ? まさかとは思うが、その腕を見ただけで戦意喪失、なんて情けねえことは言わねえよな?」
痛みは感じない。
脳がそれどころじゃない、体を動かせと命令する。
生きるためには逃げろ、今すぐ目の前の男に背を向け、全力で走れと。
だがしかし、デルクはその命令を無視した。
「逃げ出せるかよ……俺は一族最強……体術で負けるなんて許されないんだって……」
「何ゴチャゴチャ言ってんだ。腕を折られただけで、気が触れたわけじゃねえよな?」
「当たり前だろ。まだまだやれるぜ……」
吐血で汚れた口を拭うこともせず、片腕をダラリとさせた姿は、満身創痍と呼ぶに相応しい。
そんな姿を前にしても男はやめるどころか、嬉しそうに口角を上げた。
「根性はあるようでよかったわ。このまま逃げるようじゃ、オレ様がここへ来た意味がねえからな」
呼吸が上手くいかず、デルクは何度も口から息を吸い込んだ。
痛みはわからなくとも、肋骨、内蔵にダメージがあるのは間違いない。
デルクは全神経を両足にだけ集中させ、次の攻撃に全てを賭けた。
「悪くねえ覚悟だ。だが――――」
デルクが踏み出した瞬間、男も同時に踏み出し、回し蹴りが交錯する。
その瞬間、鈍い音が鳴り、デルクの顔が歪んだ。
「くっ、……でぇええええいッ!!!!」
デルクの連続蹴りが男を襲うが、そのどれも空を切る。
男は鼻先をかすめる蹴りを涼しい顔で避け、今まで脱力していた右手に力を入れる。
「
今度はメキメキと複数の骨が砕ける音とともに、男の拳がデルクの脇へとめり込む。
それでも男のラッシュは止まらず、デルクは為す術なく全ての攻撃をその身に受けた。
――――負ける、それも完膚なきまで叩きのめされ。
体術では最強だと自負していたものが、目の前で簡単に壊されてゆく。
圧倒的な実力差、何が問題なのかすらわからない、天と地ほどの距離といっても過言ではない差。
砕ける骨の音、顔が変形していく感覚、それら全てを感じながら、デルクの思考は停止した。
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