第185話 王、派遣する

 セレティアが姿を消してから、雨が降る日が多くなったユーレシア王国の王城では、暗雲が立ち込み始めていた。

 未だ連絡がない第一王女の安否は不明のまま、その原因を唯一知っているであろう王国戦士長、ネイヤ・フロマージュは必要最低限の情報しか上げていなかったのも、その理由の一つであった。


「セレティアは何処で何をしておるのだ……」


 セレティアの父である国王は玉座で頭を抱え、側にいた者にネイヤを呼ぶよう命令した。


「頼りの精霊アイネスも姿を消したというし、どうなっているのか……さっぱりわからん」


 王はカーリッツ王国から遣わされた、フィーエル・アルストロメリアに精霊アイネスの所在を尋ねたが、のらりくらりと返答をかわされていた。

 王が頭を抱えている中、玉座の間の扉が重い音を立てて開き、ネイヤ・フロマージュが姿を現した。


「ネイヤ・フロマージュ、参上しました」


 ネイヤは王の前で片膝を突き、頭を垂れる。

 鎧が床に当たると、甲高い音が玉座の間に響く。


「ネイヤよ、以前から言っているウォルスという者、本当に信用してよいのか? わしはそろそろ限界を迎えそうだ」


「何度も申しておりますとおり、ウォルスという者の強さは、あのセレティア様より上でございます。何も心配することはございません」


「だがの、ここまで連絡もなく、ただ待てというのは酷であろう。一度、二人をここへ呼び戻すことはできぬのか」


「お二人はクラウン制度以上の功績を残すため、長い旅に出ているのでございます。誰の声をもってしても、止めることはできないと思われます」


 ネイヤから発せられた威圧的な空気は、反論しようとしていた王の口を強制的に閉じさせた。

 その時、玉座の脇に設置されている扉が開き、中から一人の兵士が現れた。

 兵士は一通の手紙を手にし、それを王へと手渡す。


「この手紙は何なのだ?」


「先ほど、一人の男が城門に現れ、これを陛下に渡すようにと言い残し、去っていったとのことです。セレティア様の、現在の所在と境遇について書かれていると」


 王の表情が、希望と疑念の混ざった、複雑なものへと変わる。


「その者は何者なのだ、信用できる者なのか」


「番兵の話によりますと、名をヴィル・ノックス。内包する魔力は凄まじいものがあったとのことです。少なくとも、いたずらの類いではないのではないかと」


 王は手に取った手紙を急いで開き、書かれている文章を一言一句漏らさぬように目で追った。

 読み進めるほどに手が震え、全てを読み終えた時、王は手紙をグシャグシャに握り潰していた。


「何たることだ……」


「陛下、どうかされたのですか」


 声をかけたネイヤを、王は怒りの全てをぶつけるように睨みつけた。

 その姿は今までの威厳のない王ではなく、一人の父親としてのものだ。

 

「ゴーマラス共和国、そこでセレティアとそのウォルスという男が、賞金首になったと書かれている。もしこれが本当ならば、そちはどう責任を取るのだ」


「…………ゴーマラス共和国といえば、王を追放した国でございます。何か事件に巻き込まれているのかもしれません」


「たとえそうであったとしても、このまま見過ごすわけにはいかぬ。こうなれば、ネイヤ・フロマージュ、そちが二人を連れ戻してくるのだ」


「私の力だけでは、連れ戻すのは不可能でございます」


「…………ぐぬぬぬっ、ならば、フィーエル・アルストロメリアを連れてゆくがよい」


「我が国の魔法師団へ入団したとはいえ、フィーエル・アルストロメリアは、あくまでカーリッツ王国から遣わされた客人という立場であることは変わりません。他国へ干渉するような任務を課すことはやめておくのが無難かと……」


「だったら、私がお姉さまを連れ戻すわ。このデルク・サイを連れてね」


 玉座の間の扉を豪快に開け、デルク・サイを従えたフレア・ロンドブロがネイヤの横へと並ぶ。


「フレア! どこから聞きつけてきたのだ」


 焦る姿の王とは対照的に、フレアは自信に満ちた顔を作り「お姉さまを助けるためなら、どこであろうと駆けつけるのが、妹としての役目です。ネイヤだけでは力不足と言うのなら、このデルク・サイの力があれば大丈夫でしょ」と後ろに跪かせたデルクへ振り返った。


「あなたなら、やれるわよね? 私の護衛奴隷なんだから」


「当然でございます」


 頭を垂れたまま返事をしたデルクが、ゆっくりと頭を持ち上げる。

 まだ幼さが残る顔は、ネイヤへと向けられていた。

 だが、ネイヤはそんなものなど意に介さないとでも言いたげに、冷めた瞳で見つめ返す。


「ウォルスは魔法も使うことができます。その力はセレティア様と同等か、それ以上。私とデルク・サイでも止めるのは不可能かと存じます」


「ネイヤ、お姉さまを侮辱するのもそこまでになさい。憤怒竜イーラを倒した魔法師であるお姉さまと、同等以上の者なんているわけがないでしょう」


 フレアはあからさまに不機嫌な態度となり、怒気を含んだ声でネイヤに迫る。

 しかし、ネイヤは第二王女の言葉にも全く動じず、言葉を続けた。


「恐れながら、ウォルスの力がセレティア様の魔法力に匹敵するのは事実でございます。確かにデルク殿も卓越した力をお持ちではありますが、それでも私と二人で挑むのは無謀と言わざるを得ません」


「なっ……」


 ここまでキツく言ったのだから、ネイヤが言い返すはずがない。

 今までなら、一言謝罪の言葉があってもいい場面。

 なのに、ネイヤは完全に否定した。

 目の前の事実に、フレアはただ言葉を失い、父である王へと目を向けるしかなかった。


「んん……ネイヤの言い分も理解した。ならば、ネイヤ・フロマージュにデルク・サイ、さらに魔法師団長のリゲル・アルストロメリアを付ける。この三人の力でセレティアを連れ戻してくるのだ。抵抗するなら、ウォルスという男の生死は問わぬ」


「……仰せのままに」


 頭を下げるなり、ネイヤは玉座の間をあとにした。

 自分が残していた手記から、デルクとリゲルを加えた三人掛かりであろうと、ウォルスの足元にも及ばないのはわかっていた。

 しかし、戦士長の自分と魔法師団長のリゲルを加えた戦力は、いわばユーレシア王国の力そのものであり、それでも勝てないと進言することはできなかった。


「ウォルス様、私にできるのはここまでのようです……」


 誰もいない廊下で、ネイヤは独り呟いた。

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