第183話 奴隷、一歩を踏み出す

 セレティアが口にした成長という言葉、これが適切なのかはわからない。

 果たして、錬金人形に対し、成長という言葉が該当するのだろうか。

 だが、明らかに傷に対する認識が変わっている。

 人じゃないと言われたことに対しても、それを受け入れているような素振りを見せ、教皇ルデリコ・ファーボットよりも人に近く、見分けがつかなくなっているのは確かだ。


「どうして成長――――いや、進化しているのかは不明だが、これ以上人に近くなるのは問題だな」


 俺が解読できていないあの骨に刻まれた魔法式、あの中に進化させるものがあるのか、それとも――――。


「もういいか? こっちも仕事があるんでよ」


 主から睨みつけられた奴隷たちは、止まっていた手を動かし始める。

 物珍しそうに俺たちを遠くから見つめていた町の住人も、何事もなかったかのように目的の場所へ向けて足を動かし始めた。


「悪かったな。嫌でも奴隷の主は目立つからな、もう少し余裕を見せるほうがスマートだろう」


 一瞬眉間にシワを寄せた男だったが、さらに金貨を数枚握らせた瞬間、その表情が緩む。

 こんなものは一時的なものでしかないだろうが、今できる中ではこれが精一杯だろう。

 男は満更でもない表情を浮かべ、奴隷に適当に済ませるよう指示を出すと、近くにあった酒場へと入っていった。

 それを冷めた目で見つめていたセレティアだったが、すぐに何かに気づいたのか、テンションを上げて話し始めた。


「ウォルス、錬金人形がこんなに浸透してるなんておかしくないかしら? クロリナ教が許すとは思えない」


 話が話だけに、内容を聞かれるとマズい。

 周りに気づかれないよう、ごく自然にセレティアを路地裏へと連れ込む。

 ここなら話をしても大丈夫だろう。 


「そうだな……そういう意味では、このゴーマラス共和国は教会と距離を置くつもりか、既にこの地の教会関係者を抱き込んでいるかだ。どちらにしても、これはピスタリア王国やムーンヴァリー王国とは大きく異なる」


「それじゃあ、二人が言っていたことは、これで決まりってこと?」


「―――結論づけるのは早計だ。他国と比較検討する必要がある。しかし、ゴーマラス共和国ももう少し調べる必要があるしな――――」


 単純に手が足りていない。

 本当にこれが答えだとすれば、怠惰竜イグナーウスとあの二人が、クロリナ教を敵視している、または、今後敵視することになるのは間違いないと思われる。

 錬金人形を堂々と利用する国が、既に存在していたとは思いも寄らなかった……。

 難民の錬金人形はヴルムス王国から流れているのなら、当然他国にも行き着いているはずだ。

 ヴルムス王国はこの世界では大国であり、そこから来る難民をたった数カ国で全てを受け入れるというのは無理がある。

 ピスタリア王国にも難民が来ていてもいいはずだが、資料には何も書かれていなかった。


「ちょっと、なにアタシをジロジロ見てるのよ」


「アイネス、頼みがあるんだが――――」


「お断りよ」


「ピスタリア王国とムーンヴァリー王国、この両国における錬金人形の立ち位置、扱いについて調べてきてほしい」


「アタシが言ったこと聞いてた? お断りだって言ったのよ。もう食べ物で釣ってもダメよ、その手には乗らないから」


 アイネスはセレティアの胸元から出ようとすらせず、反対に顔を引っ込めようとさえしている。

 警戒がいつもより厳しいうえに、中に入られては手出しができなくなってしまう。

 頭をフル回転させ、アイネスを言いくるめる理由を導き出すしかない。


「さっきの奴隷の扱いを見ても、この国はアイネスには厳しい環境と言わざるをえない」


「――――どういうことよ」


「少なくとも、この国はクロリナ教を尊重していないはずだ。クロリナ教は錬金人形を見つけ次第排除するはずだからな。この国の民はクロリナ教を軽視し、教会関係者もこの状況を見てみぬフリをしているのなら、精霊は目障りな存在として狙われるということだ」


「狙ってきたら、ぶっ飛ばしてやるわよ」


 アイネスならば、本当にぶっ飛ばすだろう。

 精霊は短絡的なところがあるからな……だが、それだとこちらの立場が危うくなってしまう。


「そんなことをされると、ゴーマラス共和国を調べることができなくなる。それにこの推測が正しいと仮定すると、クロリナ教を尊重しているはずのピスタリア王国とムーンヴァリー王国、この両国にも違いがあるはずだ。ムーンヴァリー王国については、ピスタリア王国の暗殺の件で結果を出していないことになっている以上、俺たちじゃ話を聞いてもらえないだろう。これは精霊であるアイネスのほうが調べやすい、いや、アイネスじゃなければ不可能なことだと断言できる」


「そりゃあまあ、崇拝されているアタシなら、あんな王子なんて手玉に取れるわね」


 アイネスは鼻をひくひくさせ、既に得意げな顔になっている。


「それにこの国の現状から、おそらく食料事情は他国に劣る。これはアイネスにとってもキツいだろう」


「それは困るわね……」


「その点、ピスタリア王国とムーンヴァリー王国は問題ない。俺もアイネスに窮屈な思いはさせたくないからな」


「――――仕方ないわね。今回はアタシが調べてきてあげるわ」


 セレティアの胸元から勢いよく飛び出したアイネス。

 その澄んだ瞳には、もうこの土地は映っていないように見える。


「大船に乗ったつもりでいなさい。アタシが完璧に調べてきてあげるから」


「流石は精霊アイネスだな。頼りになる」


「ふふふっ、その腰のお金、全部使い切るんじゃないわよ」


 それだけ言い残し、一気にアイネスの体が人の形を失う。

 液体になった体は、大地へ吸収されるようにして消えてしまった。


「行っちゃったわね。何だかんだで、最後は食べ物で決着したように見えたけど」


「そんなつもりは全然なかったんだがな。なぜか食べ物の話になるようだ」


 記憶が改竄される前よりも、今のアイネスは食べ物で釣るのが一番気楽だと感じている自分がいる。

 頭ではわかってはいても、やはりお互い記憶にある者と同一ではないため、あと一歩踏み込めないでいるのは否めない。

 そういう意味では、代償というワンクッションを挟むことで、その齟齬を無視できているのかもしれない。


「アイネスは仕事が早いだろうからな、俺たちも早くゴーマラス共和国を調べよう。のんびりしていたら、アイネスからお叱りを受けることになるぞ」


「教会を調べるのよね?」


「まあそうだな、それが手っ取り早い」


 教会を調べれば、この国が、どの方向へ舵を切っているかわかるはずだ。

 ピスタリア王国の資料には、教会に関する記載はなかったが、わざわざ隠していたとも思えない。

 気づかないほど巧妙なのか、そこまで教会を調べなかっただけなのか……。

 アイネスが持って帰ってくる情報と突き合わせれば、俺が何に対して答えを導き出せばいいのか、自ずと浮かび上がってくると思いたい。

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