第173話 奴隷、暗殺の原因を知る

「どういうことだ……自死したというのか」


 体内で一等級魔法を発動した結果による爆発、と見るのが妥当だろうが、どうしてそんな真似をしたのかがわからない。

 辺りに鼻を突く鉄錆の臭いが満ち、黒炎もすっかり消え去ってしまっている。

 そんな中、女は男が死んだというのに、涼しい表情でそれを見つめるだけだ。

 次は自分の番だというのが理解できていないのか?


「まさか、自分で命を絶つとは思わなかったが……情報源はまだある」


 標的を女に変更するも、女に警戒する様子はない。

 さっきの俺と男の戦闘を見て、無警戒というのは通常ではありえない。

 それがまた、異様な不気味さを増す要因となっている。


「ヴィル、いい加減にしなさい。わたくしが狙われてるじゃない」


 女が突き放すような口調で言うと、消えたはずの魔力が再び一箇所に集まり出す。

 それはさっき切断した腕が再生したのと同じく、血霧が凝縮し、あの男が姿を現した。

 燃えたはずの服もそのままで、一体何が起こったのか理解できなかった。


「時間回帰系の魔法か……だが、どういうことだ……生き返ったとでもいうのか!?」


 時間回帰系魔法であっても、死んだ人間が生き返るはずなどない。

 それは俺が追い求め、ただ一度、血契呪とフィーエルの力によって叶えた奇跡なのだ。

 俺が未だ完全に辿り着けていない境地であり、誰も信じることすらしない領域。

 だが、目の前の男はそれに近いことをやってのけている。

 魔法なら全属性無効魔法でどうにかなるが、見たところ魔法が働いた形跡がない。

 幻覚か、それとも他の何かなのか……。


「そこには気づけたのは褒めてやるけど、それだと三十点てところだ」と男が笑いながら答える。「正確には、オレサマは死んじゃいねえんだよ」


 やはり幻覚の類いなのか……薬品によるものなら何か異変があるはずだが、体には特に変わったところはない。だとすれば、俺が感知できないレベルの魔法によって、死を装ったのか? しかし、それでは黒炎が消えた理由にはならない。

 意識干渉系の魔法をさらに発展させたもので、俺に気づかせないように意識に直接作用したものなら、体に全属性無効魔法を流しておくことで防ぐことは可能だ。だが、実際に今試してみても、何も変化はない……。


「その顔は、相当悩んでるようだな。研究者タイプの魔法師にはありがちで、悪いクセだ。自分が理解できない現象を目にすれば、そこで一旦立ち止まって考えちまう」


 男は全てを見透かしたように語り、嘲るような目で俺を見つめてくる。


「――――そのとおりだ。俺は、お前が目の前で見せた現象について、答えを導き出せていない。だが、それもお前を拘束して調べれば済むことだ」


「それができれば苦労しねえだろうがな、生憎と、こっちもテメェに捕まるほど間抜けじゃねえよ」


 確かに、拘束しようとも先ほどの方法で逃げられるのなら、それが魔法でない限り防ぎようがない。


「お前が言っていてた、死なないというのも、実際はタネがあるかもしれないし、回数制限があるかもしれないんだ、試してみる価値はあるさ」


 どちらにしても、暗殺者であるこいつは捕まえるか、殺さなくてはいけない。

 考えるよりも、行動に移したほうが手っ取り早い。

 男だけ相手にするのなら、今のところ俺が負ける要素はない。

 一つ問題があるとすれば、まだ一切手を出さない、あの禍々しい魔力を持った女が、どういう行動に出るかだ。

 禍々しさは四大竜に近いものがあり、参戦された場合、どうなるか全く予想がつかない。


「注意が散漫だな。リヒドに見惚れてんじゃねえぞ」


 男が両手に魔力を集中しだすと、リヒドと呼ばれた女がくるりと反転した。


「ヴィル、残念だけど時間オーバーよ。ウォルス・サイに時間をかけすぎたわね」


「は? 何言ってんだよ。まだそこの女王すら殺ってねえのに」


「わたくしに言われても困るわ。文句があるなら、彼女に言ってくれるかしら」


 リヒドが向けた視線の先で、再び空間が捩れ、捻じれた空間の先から爪のようなものが飛び出してきた。それは四つ指の竜の腕であり、裂けた空間からは真っ赤な瞳が覗き、ヴィルと呼ばれた男とリヒドを見下ろしてきた。

 使役している竜にしては魔力はリヒドという女に匹敵するものを感じる。


「チッ、もう時間かよ」


「そういうことだから、ウォルス・サイ、今回のアーリン女王暗殺はわたくしたちの負けですわ。まあ、が首を突っ込んだ以上、この問いの答えはアーリン女王ではなく、あなたが答えるべきだとわたくしは考えます。この国に問うたことは、そのままあなたへの問いといたしましょう」


 リヒドはそのまま裂けた空間へ歩いてゆく。

 亜空間の竜はリヒドへ腕を出し、受け入れているように見える。


「原因を作ったのが俺だと!?」


「ウォルス・サイ、この歪んだ環境、いえ世界に対する答えを、次に出会うまでに出しておくことね」


「それだけじゃわからないんだがな。そもそも俺がその要求に応える義務はない」


 振り返ったリヒドは、およそ人とは思えない冷たい瞳を向けてきた。

 俺の返答が気に入らないだけでなく、逆鱗に触れたかのような反応だ。


「そうかしら? ウォルス・サイ、あなたは仲間の記憶を元に戻すために動いているんじゃないの? それなら、わたくしたちを蔑ろにするのはどうかしら」


「……そんなことまで……おい、待て!」


 ヴィルとリヒドの二人は俺の荒らげた声など聞こえていないかのように、裂けた空間の中に吸い込まれるようにして消え去った。

 記憶の改竄について知っている、というよりは、記憶を元に戻せるかのような発言だった。


「奴らが記憶を改竄したのか……?」


 記憶の改竄は怠惰竜イグナーウスの能力によるもの、というのがアイネスと出した結論だ。

 だが、奴らは人間であり、それも複数だ。

 確かにリヒドのほうは禍々しい魔力を持ってはいたが――――怠惰竜イグナーウスの魔力を奪ったとでもいうのか?


 亜空間から姿を見せたあの竜、あれも禍々しい魔力を放ち、四大竜のそれに近いものがあった。

 まさかとは思うが、あれが怠惰竜ということも……。

 ただの暗殺者と思っていた者が、記憶改竄と関係していたことはある意味僥倖だったが、想定よりも状況が複雑化したことに、思考が追いつかない。


「歪んだ世界……俺個人に対する問いでもあるのか……」


 この暗殺は他人事だと思っていたが、俺も真面目に考えなくてはいけなくなってしまった。

 記憶の改竄で歪んでいるわけではない、ということだけは確かなようだ。

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