第164話 奴隷、一触即発
「ウォルスも、とうとう上位冒険者ね」
「どうしてそんなに感動してるんだ」
上位冒険者になった証である、冒険者ギルド発行の身分証を見つめながら、セレティアの表情が輝くような笑顔になっている。
翌日には身分証が手渡され、活動開始から二日程度で上位冒険者十級という地位を手に入れていたため、実のところ俺自身は何も感じないわけだが。
「ウォルスが一級じゃないなんて、ギルドってフザケてんじゃないかしら!」
過保護の親かと思うほど、ギルドの対応に対して怒りを隠さないアイネス。
セレティアは一人怒っているアイネスの体を掴み、無理やり胸元から服の中へ押し込める。
「もうすぐ入国手続きだから、大人しく待ってて」
「仕方ないわね。でもすぐに出しなさいよ」
この前は人であふれ返っていたピスタリア王国の城門前には、入国が厳しくなったという噂が広まったことで誰一人いなくなっている。
レブレヒトから貰った、ムーンヴァリー王国の使者である証、エメット家への書簡は胸に仕舞ってある。
「これは、使わないに越したことはないな」
鎧越しに、胸の辺りをコツンと叩いてみせる。
それを見たセレティアは、「そうね、それがなくとも入国できるかもしれないんだし」と希望に満ちた表情で、俺の身分証を城門の衛兵に差し出した。
すると衛兵はすぐ側の建物に入り、窓から見える位置で照会を始める。
「お待たせいたしました」
衛兵は急いで戻ってくるなり、丁重な態度で身分証を返却し、申し訳なさそうに頭を下げた。
「上位冒険者の方だと確認できましたが、上位冒険者になってからの実績がないため、入国不可ということになりました」
「やはりそうか――――仕方ないな」
予想はしていたが、あいつの計略に乗るしかないようだ。
仕方なくレブレヒトから預かっている書簡を衛兵に手渡す。
それを開いて確認した途端、衛兵の表情が一変した。
「これは、ムーンヴァリー王国の紋章……」
「ああ、俺たちはムーンヴァリー王国のレブレヒト殿下から、直々に派遣された者だ。取り次いでもらえると助かる」
「かしこまりましたっ!」
ピスタリア王国へ連絡はいってないが、書簡が本物とわかればそれなりの対応はされるだろう。
上位冒険者であれば、無条件で入れるかと淡い期待を抱いていたが、やはり厳しかったことに落胆の色は隠せない。
「はぁ、これで自由じゃなくなったわね」
「それは諦めるしかないな」
ため息を吐くセレティアとしばらく待っていると、確認作業から戻ってきた衛兵が右手を胸に当てて敬礼をする。
「先ほどは失礼いたしました。ウォルス様、セルティ様。只今、入国許可が下りました」
大地を抉るような地響きと重厚な音を立て、鋼鉄製の城門が左右に開いてゆく。
今まで無風だった場所に風が吹き込むと、目の前に男四人の魔法師が既に待ち構えていた。
「連絡を受けお迎えに参りました、ピスタリア王国第一魔法師団副団長、バルドと申します」
「俺はウォルス・サイだ、よろしく頼む。ムーンヴァリー王国のレブレヒト殿下から、今回の暗殺の件で助力するよう頼まれてきた」
「それは心強い――――では、そこの馬車にお乗りください。団長の下へご案内いたします」
魔法師を代表した男と握手を交わし、馬車へと乗り込んだ。
城門の内側に用意されていた馬車は、ピスタリア王国魔法師団の紋章が描かれた立派なもので、座り心地も悪くない。
中からは外が見えないようになっているが、天井に設けられた窓からは十分な光が入ってくる。
このまま王族との謁見までこぎつけることができれば、この国にあるという怠惰竜イグナーウスに関する書物にも、案外早く到達できることだろう。
「わたしたちはムーンヴァリー王国の使者だけど、同時にただの冒険者でしかないんだから、ここまで丁重な対応は必要ないんだけど」
「…………」
セレティアが話しかけても、目の前に座る魔法師たちは返事をせず、目を瞑り、ただじっと馬車に揺られているだけだ。
馬車内の空気は、皮膚を刺すように張り詰め、感じたことのない緊張を抱かせる。
暗殺の件があるため、こういう空気になっているのだろう、と気にせず揺られることにした。
どれくらいの時間走っただろうか。
休憩なしで向かう先は、魔法師団の団長の下ということだが、馬車から感じる気配は明らかに普通ではなくなっている。
魔力が周辺から感じられなくなったことから、周りには誰もいない地域に入っているのは間違いない。
「まだ着かないのかしら」
「そろそろ着くんじゃないか?」
気配が何も感じられない空間に一つだけ、大きな魔力を持った者がいるのが感じられる。
馬車は真っ直ぐそこへ向かっているため、その者が団長なのだろう。
だが、一人だけというのおかしな話だ……。
馬車が速度を落とし完全に停車すると、バルドが扉を開いた。
「…………どうぞ、お降りください」
馬車から一歩出たそこは、小さな小屋が一つだけ建っている殺風景な原っぱが広がっていた。
地面をよく見ると穴を塞いだような跡や、大量の足跡のようなものが確認できる。
「――――練兵場か」
「どういうこと? 今から、わたしたちの力を試すつもりなのかしら」
バルドたちは後方へ下がり、俺たちを逃がさないためか、広がって警戒態勢に入っている。
「あなたたちが、ムーンヴァリー王国からやってきたという冒険者ね」
小屋の中から姿を現したのは、見覚えのある顔だ。
女王アーリン・エメットの護衛に付いていた人物。
名前は確か――――。
「私はピスタリア王国魔法師団長、ライザ・ウィスタス。あなたたちをここへ連れてきたのは他でもない。本当にムーンヴァリーのレブレヒト殿下の命でやってきたのか、それを確かめる必要があるためだ」
「書簡は本物だと確認したはずだが」
「だからこそ、裏があると思うものでしょう。今まで我がピスタリア王国の援助要請を、のらりくらりとかわしていたあの王子が、突然二人の冒険者を寄越すなんておかしいもの。それもコスタ・ネスレーゼならまだしも、やってきたのは何の実績もない、わけのわからない冒険者だっていうのよ、怪しまないほうがおかしいわ」
セレティアも引きつった笑顔を向けてきたことから、かなり困惑しているとみえる。
あいつと出会ったこと自体、悪手だったのかもしれない……。
「それで、俺たちの実力を確認しようというわけか」
「それもあるけど、私はそれ以上に、今回のムーンヴァリー王国の動きが信用できないのよ。あなたたちが暗殺者で、裏取引をしているということも考えられるってこと」
ここまで信用されていないのか……いや、記憶の改竄でそういう関係になっているのかもしれない。
結局こんな面倒ごとに巻き込まれるのなら、もっと強引な手段もあっただろうと、少々歯がゆく感じてくる。
「
ライザは驚いたような表情を見せたあと、クスリと笑う。
「ムーンヴァリーの使者だっていうのに、あなた面白いことを言うのね。ますます怪しく感じちゃうわ」
ライザが指を鳴らすと、ライザ自身と後方の四人の魔力が高まってゆく。
個人技ではなく、連携した魔法を放つつもりなのだろう。
大地に浮かび上がる巨大魔法陣は、大規模魔法を物語っている。
この大規模魔法自体は無効化できるだろうが、全員速攻魔法を使えるレベルで、セレティアを守りながら手加減をする、というのはかなり面倒そうだ。
これなら最初から全力で潰し、全員それなりのダメージを覚悟してもらうほうがいいだろう。
「ちょっと、何事よ! 騒がしいわね!」
アイネスはセレティアの胸元から飛び出してくるのと同時に、上空に首が五つに分かれた巨大な水蛇を作り出した。
そのあまりに巨大な蛇がひと睨みしただけで、五人の動きが一瞬にして止まった。
「精霊……ですって!?」
自分が何を相手にしようとしているのか理解したのか、ライザの魔力が四散した。
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