第163話 奴隷、王女と再び
俺の部屋の扉より、さらに豪華な装飾が施された扉をノックした。
そこには、今までで一番美しい姿のセレティアがいた。
ハーヴェイのパーティーに出席した時よりも、かなり大人っぽく見えるのは、王族用のドレスを着ているせいだろう。
ユーレシア王国のものよりもかなり上質で、仕立ても最上位クラスのものだ。
「ウォルス、アンタ何か言ったほうがいいんじゃないの」
アイネスが顔の周りを飛び回りながら、いやらしい笑みを浮かべてくる。
こういう時に、変に気が回るというか、人間臭くなる精霊もどうしたものか……。
「似合ってるな。流石は王族というべきか。普通ならドレスに負けるところだ」
セレティアは急に頬を膨らませ、拳一つ分くらいの距離まで寄ってくると、俺を見上げてきた。
「
「そんなつもりはないんだが……まあ、綺麗だということだ」
「ありがとう」
セレティアは満面の笑みを向け、スカートを持ち上げた。
「それじゃあ、パーティーへ向かいましょう」
侍女に案内されてやってきたのは、とある扉の前だった。
中には大勢の者が集まり、既にパーティーが始まっているのが感じられる。
だが、扉は開けられず、待機を命じられた。
「何よ、早く食べさせなさいよ」
アイネスの機嫌が悪くなってゆくが、それでも扉は開くことはない。
何か裏があるのだろうが、それは扉の向こう側から聞こえてくるレブレヒトの声と、同時に開かれた扉で、すぐに明らかとなった。
「我がムーンヴァリー王国へやってきた、精霊アイネス様。そして、そのアイネス様に選ばれたセルティ様と、その従者であるウォルス殿である。盛大な拍手を」
扉が開いた先は、目映い光りに満たされた大空間。
次第に目が慣れてくると、そこが大階段の、最上段に位置する場所だということが理解できた。
「この演出は何だ……」
「アイネスを利用されたみたいね」
呆れる俺とセレティアの前で、ふんぞり返ったアイネスが、盛大な拍手に迎えられ、真っ先に階段を下りてゆく。
「ここは流れに身を任せるしかないな」
「純粋にパーティーを楽しもうじゃない」
次にセレティアが階段を下りてゆくと、アイネスに関心を向けていた参加者が、セレティアに見惚れたのか、一瞬の間をおいて、アイネス以上の拍手で出迎える。
聞こえてくる声は、セルティがどこの御息女なのか、レブレヒトとどういう関係なのかというものばかりだ。
そんな声を聞いてか、レブレヒトが早速セレティアの下へやってきた。
「悪かったね。熟考した結果、やっぱり精霊様はしっかりと紹介したほうがいいかなって」
「別に構わないわよ、この程度。気にするほど器は小さくないつもりだから。それに、アイネスも喜んでいるようだし、いいんじゃないかしら」
セレティアはレブレヒトを特に気にする様子もなく、その場を離れようとする。
「知ってるかはわからないけど、オレは、英雄と呼ばれている、あのヴィクトルと親戚なんだよ。だからこのパーティーにも呼んだんだよね」
レブレヒトが口にした瞬間、セレティアの足が止まる。
記憶が改竄され、人々の記憶にセレティアの名が刻まれようと、王族にそうそう出会えるものではなく、顔を知るものはほぼいないと考えていい。
だが、ヴィクトル・ヴリッジバーグはそれに当てはまらない。
本当の記憶、偽りの記憶ととも、憤怒竜イーラを討伐し、顔を記憶している数少ない人物の一人だからだ。
「ヴィクトル陛下が……」
「それが残念なことに、今回は断られたんだよね」とレブレヒトは大げさに両腕を広げた。「酷いと思わない? 親戚のオレが頼んだのに、断ることないっしょ」
「……陛下にも都合はあるんだろう」
来ていないのなら好都合だ。
ここで奴が現れれば、余計な問題が起きてしまう。
あとはその臣下であるボーグ・マグタリスと、リンネ・ピンネワークスだが、二人の魔力はここにはない。
「ここだけの話、好きな女ができたってだけなんだよ。相手は、あのセレティア王女だっていうんだから、無理ってもんしょ」
「はっ?」
「まさに『はっ?』っしょ。セレティア王女といえば、かなりの美人らしいし、魔法師としても相当なレベルらしいしね。何より、ボーグ・マグタリスの話じゃ、もう十六歳だっていうのに、男に興味がないんじゃないかってくらい、男っ気がなかったらしいから」
レブレヒトは腹を抱えながら答え、その目をセレティアへと向けなおす。
当然のことながら、今の話を聞いていたセレティアの機嫌がいいはずがない。
冷たい視線をレブレヒトへと向けると、踵を返した。
「ウォルス、もうすぐ演奏が始まりそうよ。久しぶりにダンスを踊らない?」
セレティアの口調はかなり気合いが入っていて、軽く流すだけでは済みそうにない。
この鬱憤をダンスで晴らそうというわけか。
「かなり目立つぞ」
「別にいいじゃない。知ってる人なんていないんだし」
それもそうかと、セレティアの手を取ろうとしたその時、レブレヒトが割って入ってきた。
明らかに俺の邪魔をしようという動きに、セレティアは目を見開いて固まってしまった。
レブレヒトの形振り構わない行動に、俺も戸惑いを隠せない。
「セルティ、それならオレと踊ってくれないか」
片膝を突き、告白するように申し出たレブレヒトの行動に、会場全員の視線が釘付けとなる。
これが狙いだったとばかりに、レブレヒトの広角が上がる。
普通ならこの状況で、一国の王子を前に断るなんて真似はできないだろう。
しかし、相手にしているのはセレティアだ。
「申し出は嬉しいけど、それは、このウォルスとのダンスを見てからにしてもらえるかしら」
「ウォルスくんの後なら踊ってもらえると?」
「そうね。わたしとウォルスのダンスを見て、ウォルス以上にわたしをリードできる自信が残っていたなら、喜んでその手を取ってあげるわ」
完全なる挑発。
周りの者は、王子を挑発する見知らぬ女を避けるように、一歩、二歩と距離を空ける。
「それはいいね。ウォルスくんの身体能力は、爺との一戦で十分理解してるけど、それでも、戦闘とダンスは別物だっていうのを、オレが教えてあげるよ」
余裕の笑みを浮かべるレブレヒトの態度は、王子としては当然のものだ。
ムーンヴァリー王国は大国と言わないまでも、歴史ある国であり、そこで生まれた時から帝王学を叩き込まれた者が、護衛を引き受けているだけの者に、ダンスで負けるなどありえるはずがない。
「ウォルス、本気でやるわよ」
「楽しみながらで十分だろ」
「ふふふっ、そうね」
演奏が始まると、セレティアと二人だけの舞台が始まる。
誰も邪魔する者はいない。
ただ、レブレヒトの申し出を断った者が、どのようなダンスを披露するのかという、厳しい視線が突き刺さるだけだ。
しかし、何も問題なければ不安もない。
全力で舞台を楽しみ、見せつけてやるだけでいい。
一度踊った経験、それに加え、俺の正体もわかっているセレティアは、素直に俺のリードに身を委ねてくれる。
以前とは違い、俺に対抗する意識がない分、荒々しさが抜け、優雅さが増している。
長くも短いダンスが終わる頃には、少しの静寂のあとに、盛大な拍手、そして、完全に自信を喪失し、呆然としているレブレヒトの姿があった。
「……二人とも何者なんだよ……こんなの勝てるはずないじゃないか」
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