第162話 奴隷、パーティーに誘われる
セレティアの行動は、おそらく無意識にしたものだろうが、効果は
再びコスタ・ネスレーゼが咳払いをし、結果、鼻の下が伸びかけていたレブレヒトが背筋を伸ばすことに繋がった。
「キ、キミたちには、ムーンヴァリー王国の使者として、ピスタリア王国へ入国してもらう。入国ついでに、ピスタリア王国に出されている暗殺を阻止し、アーリン女王を助けてもらいたい。ウォルスくんの実力なら簡単なことっしょ?」
「どういうこと? アーリン女王を助けて何かメリットでも?――――ああ、気があるのね」
「そんなわけないっしょ。ピスタリア王国に恩を売るためだよ。確かに見た目だけならいいんだけど、かなり冷酷な女王なんだよね。だからタイプと言えば、オレはセルティちゃんのような子が好きだよ」
レブレヒトが、マジマジとセレティアの顔を凝視する。
その瞬間、セレティアは自分の手の甲を見つめ、顔を青くした。
出会った時の、あのキスを思い出してしまったらしい。
ただの挨拶でしたとばかり思っていたが、こういう行動に出られると、俺も黙っているわけにはいかない。
「俺に対する評価は感謝するが、それでも約束はできないな。各国で暗殺されている要人も、かなりの実力者を側に置いていたはずだ。それでも阻止できなかったということは、暗殺者側は、それ以上の手練れ、もしくは内通者でもいたということになる。さらに、俺が暗殺阻止に失敗すれば、ムーンヴァリー王国の顔に泥を塗ることにも繋がるんだぞ」
「その時は諦めるしかないっしょ。ウォルスくんと精霊様がいて阻止できないんじゃ、ピスタリア王国の精鋭でも無理だろうしね」
「そこまで言うのなら、暗殺阻止に失敗した場合、俺たちを責めることはないと受け取っていいんだな?」
「責めたところで何もできないからね。最低限の仕事としては、うちから精霊様を派遣したという事実さえ作ることができればいい」
「――――そういうことなら、引き受けても問題はない」
こちらとしても、ピスタリア王国に伝わる書物に近づかなくてはいけない以上、王族に接触を図る必要がある。
利用されるフリをして、逆に利用するのも手だろう。
セレティアも何も言わないところをみると、異論はないようだ。
「これで契約は成立だ。城に着き次第、ウォルスくんを上位冒険者に推薦しよう」
上機嫌になったレブレヒトが、右手を差し出す。
その先は、当然俺ではなく、商家の娘ということになっているセレティアに向けてだ。
一瞬、俺に助けを求めるような目を向けたセレティアだったが、笑顔でその手を握り返した。
かなりの覚悟が必要だったのだろうが、平然とやり遂げたことは褒めてやりたい。
しかし、馴れ馴れしいレブレヒトに、俺もイライラが少なからず募ってくる……。
「――――そうだ、契約祝いじゃないけど、今晩パーティーがあるから、二人を招待しよう」
「王侯貴族のパーティーは場違いだ、遠慮させてもらおう」
「ウォルスくんが考えるようなものじゃないって。セルティちゃんなら、立ってるだけで華になること間違いなしだし。それに、各国の名物料理を用意するから、精霊様も満足していただけると思うんだよね」
全員からの視線を浴びるアイネスは、「それなら参加するしかないじゃない」と俺の意見を無視し、セレティアに確認することもなく参加を決めた。
◆ ◇ ◆
ムーンヴァリーの王城で貸し与えられた部屋、それは商家の者には分不相応な豪華なものだった。
商家の娘とその護衛程度なら、使用人の部屋でも十分なものだとは思われるが、俺とセレティアに与られた部屋は、要人用の部屋で間違いない。
貴族の者が寝泊まりしても差し支えないほどの調度品と、街の宿屋では、いくら金を積んでも拝めないフカフカのベッドが使われている。
「凄いわね! セレティアの国じゃあ、こんなベッドはなかったわよ」
俺に付いてきたアイネスはベッドに寝転がり、子供のように手足をばたつかせている。
どうしてセレティアじゃなく、俺の部屋に付いてきたんだ……邪魔で仕方がない。
久しぶりにゆっくりできるかと思ったのだが、完全に当てが外れた形になってしまった。
「アイネスは俺じゃなく。セレティアの所に行ったほうがいいだろう」
「だってぇ、今頃ドレスに着替えてる時間でしょ。アタシがいても仕方ないし。それに、ウォルスが一人で寂しいかと思って」
「俺も今から着替えるんだがな。俺も一人にしてもらえるんだろうな」
「一人になりたいの? アンタが知らない三頭の竜について教えてあげようかなって思ってたんだけど、それは残念ねぇ」
アイネスはベッドから起き上がると、そのまま入口の方へ飛んでいく。
俺が確実に引き止めるとわかったうえでの行動だ。
そして、それを受け入れざるを得ない状況に、頭を掻くしかなかった。
「わかった。そういうことなら教えてくれ」
得意気な表情へ変わったアイネスが、肩に座ると、声のトーンを抑えて語り始める。
「元々いた竜は傲慢、色欲、嫉妬の三頭。そのうちニ頭は討伐されたと聞いてるけど、正確にわかっているのは、傲慢竜が討伐されたことだけ。残りの色欲と嫉妬は正直よくわからない。どちらが討伐され、どちらが禁忌を犯した者と共に果てたのか。このニ頭に関しては、今の状況を考慮すれば、記憶を改竄されているかもしれない。それくらい曖昧だから」
「その傲慢竜とやらを討伐した者、残りの二頭のうち一頭を倒した者、禁忌を犯したという者は同一人物なのか?」
「同一人物よ。傲慢竜は禁忌を犯した者に、真っ先に向かう竜だったはずだから。その竜を倒し、色欲か嫉妬のうち片方をも倒した者、そして、残りの竜が共に果てなければいけないくらいの存在だったのは確か。だけど――――」
アイネスは深く考え込むような素振りを見せる。
俺も一つ引っかかっている部分がある。
アイネスも同じ箇所に引っかかっているのかもしれない。
「アイネス、怠惰竜イグナーウスは、どうして記憶を改竄する必要があったんだ? 禁忌を犯した者がいなくなれば、人々の記憶を改竄する必要はないはずだ」
「――――アタシも今、そこが気になったのよ。当時、アタシは神精界にいて、直接見聞きしたわけじゃないから、詳しいことは知らないんだけど……」
「直接見聞きしていたなら、アイネスの記憶も改竄されていた可能性がある。今まで起こったことを考えれば、記憶の改竄は万能じゃない。直接関係なく、神精界にいたアイネスの記憶までは影響が及ばなかったんだろう」
「それもそうね――――世界の記憶を操作するなんて、それこそ禁忌を犯すようなものだもの。それが許されるということは、それなりの理由があったはずだけど、考えるだけ無駄かもしれないわね」
アイネスはお手上げとばかりに首を振り、匙を投げたのか、考えることを放棄したようにベッドに大の字になった。
それをここで考えても、所詮憶測にしかならないのは理解している。
だが、そういう力を持った竜が記憶を改竄したということは、現状と何か関係があるとも考えられる。
その共通点を見つけることができればいいんだが――――。
当時の禁忌を犯した者は、いったい何をしたのか、俺と何か共通点があるのか……。
いや、俺とは違い、死んでなお記憶を改竄されたということは、少なくとも、俺より状況が悪かったのだろう。
そんなことを考えていると、部屋の扉がノックされ、乾いた音が響いた。
「セルティ様のご準備が整いました」
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