第161話 奴隷、偽名を考える

「数々のご無礼、お許しください。私はウォルス・サイ、理由わけあってこのような愚行を演じた次第でございます」


 アイネスに目配せすると、アイネスがレブレヒトの耳で何かを囁く。

 驚きと不審が入り混じった表情を作るレブレヒトだが、精霊であるアイネスの言葉は素直に受け入れるらしく、何度か頷くと、跪く俺の前へと立った。


「爺に勝利するとは、大した奴だ。まさか、困っている精霊様を助ける信仰心と力、その二つがこのムーンヴァリー王国にあるか試すためだったとはね」


 アイネスはこちらに向かって親指を立て、したり顔を作っている。

 また何かご馳走したほうがいいかもしれない。

 レブレヒトは「立つっしょ」と小声で呟くと、観衆に向けて俺を立たせた。


「この者は、精霊様が選ばれた使者であり、このムーンヴァリー王国の信仰心と力をお試しになられたそうだ。残念ながら力及ばず、このような結果になってしまったが、それはこれから精霊様の加護と、この者の力で強化してくださることになった。皆が心配することは何もない。ムーンヴァリー王国は、さらに繁栄することが約束されのだからな」


 レブレヒトの言葉を黙って聞いていた観衆からは、先ほどまで漂っていた悲壮感が薄れていき、ポツポツとレブレヒトを称える声が上がる。

 逆に、俺に向けられていた敵愾心が明らかになくなってゆくのもわかる。


「冒険者から金まで奪ってたから、てっきり本気なのかと思ったよ」

「あれも実は仲間で、演技だったんじゃないか?」

「殿下が、精霊様の期待に応えてくださってよかった。ムーンヴァリー王国に栄光あれ」


 観衆が勝手に誤解を始める中、隣に並んだセレティアが腕を肘で小突いてきた。

 その表情は、「上手くいったわね」と語りかけるように明るいものだ。


「それじゃあ、詳しいことは馬車の中で聞くことにしようかな」


 レブレヒトは意気揚々と、俺たちを馬車へと乗り込ませた。




       ◆  ◇  ◆





「アンタ、調子に乗ってんじゃないわよ。さっきの話は、アンタの顔を立てるためのフェイクよ、フェイク! いつまでもウォルスに気安く話しかけるんじゃないの。そこの皺クチャも、全然相手にならなかったでしょ」


 王都の中心に見える王城、そこへ向かって走る馬車の中で、アイネスはレブレヒトに説教をするように叱りつけ、レブレヒト本人もそれを黙って受け入れていた。

 最初こそ、俺に馴れ馴れしくしていたレブレヒトだったが、アイネスから完全に上下関係を押し付けられ、素直にそれを受けれるのは、一国の王子としてどうなのだろうか。


「精霊様って怖いよね。ウォルスくんもよく耐えられるなと思うよ。というか、対等以上の関係なのが信じられないって」


「基本、害はないからな」


 口にした瞬間、アイネスが俺の耳を引っ張った。


「聞き捨てならないわね。害がないとは何よ。ご利益があるくらい言いなさいっての」


「こう見えても大飯食らいだからな。そのうえ、かなり味には煩い」


「もう! アタシの威厳に関わることをバラさないで!」


 否定しないところは素直でよい。

 体中が沸騰しているのでは、と思わせるほどの怒りをみせるアイネスを、レブレヒトは頬を引きつらせなが見つめている。

 精霊と縁がない者からすれば、かなり異質な光景なのは間違いないだろう。


「こんなに精霊様と親しいなんて、ホント、どういう間柄なんだい? 爺よりも強いし、只者じゃないっしょ。隣の子も品があって、ただの冒険者じゃないね」


 レブレヒトの視線が、大人しく話を聞いていただけのセレティアへと向けられる。

 だが、セレティアはその視線と言動にも全く動じず、逆に力強く見つめ返した。


「わたしは、辺境にある商家の娘よ。世界を旅して、見聞を広めている最中なの。ウォルスはその道中の護衛。アイネスとは、旅の加護との引き換えに、食事を提供しているの」


 セレティアが間髪を入れず応え、こちらに珍しく目で合図をしてきた。

 ここは正体を晒さず、商家の娘で通すということだろう。

 セレティアが憤怒竜イーラを倒したことになっている以上、同じ名前で、精霊を従え、俺のような者を護衛に付けているとなると、同姓同名だと言い張っても怪しまれるのは必至。


の言うとおり、俺はただの護衛だ」


 セレティアは「及第点ね」という顔をするが、アイネスは「セルティ!」と口を押さえ、笑いを堪えるような素振りをみせる。


「ふーん――――で、その商家の娘が、大通りであんな真似をしてた、本当の理由は聞かせてもらえるんだよね? 精霊様から話を聞いて、あの場はああいう演技をしたわけだけど、どう考えても不自然っしょ」


 レブレヒトの顔が、余裕があった先ほどのものとは正反対のものに変わり、王子としての真剣なものになった。

 


「簡単なことよ。上位冒険者に勝利して、このウォルスを下位冒険者から一気に上位冒険者にするため。そうしないと、ピスタリア王国に入れないんだもの」


「ピスタリア王国だって?」


「ピスタリア王国は今、女王アーリン・エメット暗殺予告のため、厳重な警戒態勢を敷いております」


 レブレヒトが驚く横で、コスタ・ネスレーゼは淡々と事実だけを述べる。情報はそれだけに留まらず、「入国は要人及び、決められた業者以外では、、腕の立つ冒険者を募っております」と付け加えた。


「爺の話どおりなら、キミたちが考えてる方法じゃ、十中八九無理なんじゃない?」


 俺たちを挑発するような態度のレブレヒト。

 その眼前に、さっきまで口を押さえていたアイネスが飛んでゆく。


「ちょっと、わかってんならアンタがどうにかしなさいよ」


「え? オレが、ですか?」


「そうよ。隣のの話じゃ、その素性が問題だって言いたいんでしょ」


 若造呼ばわりされたコスタ・ネスレーゼは、居心地が悪そうに咳払いをすると、レブレヒトにそっと耳打ちをした。

 コクコクと頷き、口角を上げるレブレヒトを見ていると、転んでもただでは起きないと察しはつく。

 素直にアイネスの要求をのむだけで済ませるはずはない。

 一通り話を聞いたレブレヒトは、内容を咀嚼するように何度か深く頷き、少し前のめりになった。


「わかった、とりあえずウォルスくんを上位冒険者に推薦しよう。ここまでは、さっきの仕合の結果だから何も異論はない。だけど、それだけじゃピスタリア王国へ入国できないのはわかっていると思う。だから精霊様の要求どおり、ピスタリア王国へ入国できるよう尽力しよう。ただし、タダというわけにはいかない」


 強気な態度を見せるレブレヒトの目が、一段鋭く光る。

 だが、それはセレティアが組んだ足、それも太ももに目が釘付けになった瞬間になくなった。


「話を聞こうじゃない。それを受け入れるかは、内容次第といったところだけど」

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