第160話 奴隷、悪ノリしすぎる
「王子だか何だか知らないが、その精霊アイネスを自由にしたいのなら、上位冒険者を連れてくるがいい。来いアイネス」
左手を突き出して呼びつけると、アイネスがクネクネしながら飛んできた。
「仕方ないわねぇ。俺のモノだなんて、そんなはっきり言うとは思わなかったわ。まあ悪くない気分ね」
演技をするつもりがあるのか大いに疑問だが、アイネスは素直に従い俺の左手に腰を下ろした。
それを黙って見届けたレブレヒトは目を細め、コスタ・ネスレーゼに顔を向けた。
「爺って、昔冒険者だったよね?」
「左様でございます。脱退手続きはしておりませんので、上位七級のままかと」
「――――だそうだ。これで文句はないってことね」
「大いに結構だ。剣技でも魔法でも、好きなほうで仕合をしてやろう」
コスタ・ネスレーゼはシワだらけの顔に、さらに深いシワを刻み、老人とは思えない闘気を纏う。
「何が目的か知らぬが、私と剣技で仕合を挑むなどと、痛い目を見ぬとわからぬようだ」
コスタ・ネスレーゼが抜き放った剣には、当然あるべき剣身がない。
やはり、普通の剣ではなく、魔導具で間違いないとみていい。
さっきの挙動から、魔力そのものを放出する類いのものだろう。
魔力そのものは、属性もなければ魔法ですらないため、属性無効魔法では打ち消せない。
ならば剣で防げるかといえば、おそらく、通常の剣では、その剣身ごと真っ二つにされるのがオチだ。
「腕に自信があるようだが、無闇にそのご自慢の魔導具をひけらかすものじゃないな。既にタネは割れている」
俺が剣を抜いて構えると、コスタ・ネスレーゼの乾いた笑い声だけが辺りに響く。
「先ほどの一瞬だけで、この
コスタ・ネスレーゼが剣身のないグリップを後方へ引き、戦闘体勢に入る。
それを見届けたアイネスが、仕合をコントロールするように二人の間に入る。
「じゃあ、準備はいいわね。ウォルス、アタシのために戦いなさい! さあ、始め!」
勝手に仕合を始める合図をすると、アイネスがセレティアの下へ引き返す。
「殺しはせん。ただ、動けぬように、全身の肉を切り刻んであげましょう」
剣身のない、グリップだけの魔導具はそれだけで一般の剣士なら、脅威になるほどの軽さになることだろう。
コスタ・ネスレーゼが振るう腕は鞭のようにしなり、高速で空間を斬る。
グリップの軌道、空気が裂ける音で、見えない魔力の刃を避けることは可能だ。
避けた先では、地面に細かい亀裂が入り、予想通りの抉れ方をする。
「回避だけは得意なようだが、それでは一生反撃できぬぞ。それに、この
コスタ・ネスレーゼは口角を上げると、距離を詰めるどころか、一気に後方へと下がった。
同時に腕の振りが小さくなり、それに反比例するように手首のしなりが鋭くなる。
切っ先の移動距離が長くなったことで、見えない刃の速度も上がる。
「長さまで自由自在、さらに最小の動きで最高の剣速が出せるというわけか。だが――――」
さっきまで空間と地面を抉る音しかしなかった中に、俺が弾き返す音が交ざる。
その瞬間、コスタ・ネスレーゼの顔色が悪くなった。
「どうしたんだ? 俺のような無名剣士には破られない、いや、そもそも
剣速自体、初めて出会った時のネイヤと同等かそれ以下、さらに魔導具の力に頼っているだけの老剣士に遅れをとるはずがない。
この
一つは、剣に魔力を流す技術があれば、同じような性質の剣を作り出せること。
まあ、魔導具のように、一瞬だけだすような器用な真似はできないため、無駄に魔力を消費するが。
もう一つは、魔力を放出するのが一瞬ゆえに、鍔迫り合いをすることもできず、距離を詰めだすと剣速も鈍るため、止める手段がないということだ。
「くっ!」
俺が弾き返しながら近づくと、顔を歪ませたコスタ・ネスレーゼが同じだけ後退する。
だが、観衆に囲まれた中で、その選択の限界はすぐに訪れた。
「もうそれ以上下がれないぞ」
半分の力を出すまでもない。
魔法と剣技、両方にある程度長けていれば、何ということもない相手だ。
フィーエルや、セオリニング王国の王国戦士長、ボーグ・マグタリスでも余裕で勝利を収めるだろう。
「これで終わりだ」
ゼロ距離にまで詰め、剣身をその喉元に当てると、首の皮から薄っすら血が滲む。
それで観念したのか、手に持っていた
ここでアイネスが俺の下へ飛んでくるなり、俺の手を掴むと、頭上高く上げさせた。
「勝負ありよ! 勝者、ウォルス!」
静まり返る大通りで高々と宣言するなり、今度はセレティアの下へ飛んでゆき、、二人して喜ぶ姿を見せる。
その様子に、レブレヒトは唖然とした表情のまま、コスタ・ネスレーゼの隣へとフラフラと歩いてゆく。
「…………爺が負けるなんて……それよりも、どうして精霊様は喜んでいらっしゃるんだ?」
「私にもわかりかねます……」
観衆も静まり返ったままで、誰一人として、俺の勝利を祝う者はいない。
それは当然だとしても、自国の王子の側近が破れたことに、憔悴しているようにさえ見える。
あまり好ましくない状況だ。
少し悪ノリしすぎたらしい……ここは、目の前の王子の体裁を保つことを優先するとしよう。
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