第156話 奴隷、仕事をこなす

 冗談で言っている顔ではない。

 セレティアにもそれは伝わっているらしく、俺の袖を引っ張りながら困り顔を作る。


「どうするのよ」


 どうすると言われても、絶対条件で出されている以上、ここで断る選択はない。

 かと言って、話を聞いたあとから約束を反故にすれば、俺たちのことを漏らす可能性もある。

 口封じのようになるが、ここは教皇の最期の望みとして叶えてやるのが一番なのは間違いない。


「それが条件なのだというのなら、引き受けるまでだ」


「大丈夫なの?」


「今のクロリナ教なら、適当な理由をつけてエディナ神の力だと示すだろう」


 不安な目を向けたままのセレティアだが、ファーボットは納得した表情で神に祈り始めた。

 その姿は魂のない人形などではなく、本当に生きている者が神に感謝するかの如く、穏やかで静謐な空気を作り出す。


「感謝する。我が身がこんな姿になろうとも、神は私を見捨てることはなかったのだな」


「それはお前次第だ。さあ、全てを話してもらおうか」


 ゆっくりと話を始めた教皇の口から語られる歴史、それは俺が知っている歴史そのもので、ここ十七年の歴史もセレティアが確認する限り、何も改竄された形跡はなかった。

 特に一番注意しなければいけない、俺が護衛奴隷になってからの死人に関する内容、憤怒竜イーラ討伐、その後の出来事についても、特に問題となる部分は見当たらなかった。


「――――アルス・ディットランドが死んだ理由も問題はないな」


「そ、そうね。あのアルス殿下と相打ちになった者なんて、誰も知らないわよね」


 セレティアは少し上擦った声で同意する。

 俺の正体を知って間もないため、まだ心の中で昇華しきれていないのかもしれない。


「私の話を聞いて、何かわかったのかね」


「俺たちが知る歴史と、寸分違わずものだとわかった。ただ、これが教皇である錬金人形だけのことなのか、他の錬金人形もそうなのかが問題として残っている。何か情報があれば教えてほしい」


 ファーボットは、目を瞑り、何かを思い出すように眉間に深いシワを刻む。


「――――私が捕らえられた時に、枢機卿の一人が語っていたことがある。偽りの歴史を語る者たちが出没していると。あれも私の仕業なのではないかと疑われたことを考えれば、私以外にも、今の大勢を占める歴史に異議を唱える者がいるのは間違いない。私はあの時愚かにも、自分に着せられた偽りの罪にばかり目がいき、他の者たちのことまでにまで気が回っていなかった……」


 悔いている姿を見る限り、嘘ではないようだ。

 今のところ、錬金人形の記憶は改竄できなかったというのが有力か。

 世の中にどれだけの錬金人形がいるのか不明だが、カサンドラ王国の山岳地帯にあった村のことも考えれば、かなりの数がいると思っていたほうがいいだろう。

 世界で仲間になり得る存在が、錬金人形だけというのも皮肉な話だ。


「最後に一つ確認しておきたいことがある」


「私が知っていることなら、何でも答えよう」


「怠惰竜イグナーウスについて、何か情報はないか。今の居場所だけでもわかればいいんだが」


「すまんが、居場所については把握しておらん。クロリナ教としても、厄災の動向は常に監視しておきたいところだったのだが」


「そうか……」


 もう少し情報が欲しいところだが、錬金人形のことがわかっただけでも良しとするべきか。そう思っているところに、ファーボットが何か思い出したように声を張り上げた。


「あったぞ! 一つだけ、怠惰竜イグナーウスに繋がるものが」


 過去において、クロリナ教が保有している四大竜に関する書物には、一通り目を通している。

 各厄災の特徴、過去から現在に至るまでの被害及び生息地。

 その中でも、イグナーウスの情報は曖昧なものが多く、はっきりと書かれているものはなかった。

 どんなに些細なことであろうと、得られる情報は有益なものとなるはずだ。


「クロリナ教は昔から、四大竜に関する書物を探し回っているが、イグナーウスに関するものはほとんど見つけることができておらん。全て比較的新しい年代のもの、それも語り継がれていたものを書き起こしたにすぎぬ。だが、唯一一国だけだが、所有していると豪語する国はあったのだ。しかし残念なことに、その国は証拠となる物を一切見せなかった。それが西にあるピスタリア王国という、優秀な魔法師を輩出する国だ」


 ピスタリア王国、確かヴィクトルとともに出席した会談で、そこの王女がいたはずだ。

 名前は確か……アーリン・エメット。

 冷たい表情で、あくまで自国の利益のみを考えた行動を取っていた女王だ。


「かの国は唯一、過去にイグナーウスと戦ったことがあるとも言っているが、近隣国で語り継がれていた伝承にもそのようなものはなく、その真偽は定かではない。それでもよければ、ピスタリア王国へ赴くことだ」


 クロリナ教を国教としながら、証拠となるものを示さない……か。

 デタラメなのか、それとも内容を公表するのがマズいのか。

 どちらにしても、目の前の教皇ルデリコ・ファーボットの記憶にあったものなら確かだろう。


「セレティア、次の目的地はピスタリア王国だ」


「また遠い所ね」


 セレティアはヤレヤレといった空気を出すと、そのまま背を向け牢獄を出てゆく。

 これから起こることを目にしたくないのだろう。

 俺もあえて声をかけず、そのまま視線をファーボットへ戻した。


「――――約束は守る。覚悟はいいな」


「エディナ神に感謝しよう。最期にそなたに引き合わせてくれたことを」


「……感謝なんて必要ない。俺はこの原因に関係してるからな」


「ならば、これはエディナ神がお与えになられた試練なのだろう」


 胸の前で手を組み、再び神に祈る姿を見せる。

 このタイプの錬金人形は異常な再生速度のため、属性無効魔法だけでは倒せず、核となる骨を完全に砕く以外に手はない。

 全属性無効魔法を付与した手を、ルデリコ・ファーボットの額に近づけ、一気に体全体を覆うように有効範囲を広げる。


「――――試練を乗り越えた時、世界も、そなたも救われるのだ」


 一瞬だけ見せた笑顔の直後、体を構成していた液体金属がドロドロと溶け始め、その中心に大きく平らな膝蓋骨しつがいこつが姿を見せた。

 属性無効魔法を浴びてなお消えない魔法式。

 その光を失わない膝蓋骨を拾い上げて握りつぶすと、液体金属は動きを止めて足元に広がってゆく。


「俺は救われるべき人間じゃないのかもしれないがな……」


 床に残った液体金属を魔法で消滅させ、封魔塔をあとにした。

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