第155話 奴隷、条件を突きつけられる

 封魔塔の中にいる衛兵について、一言で表すなら、無警戒という言葉が最も相応しいだろう。

 難攻不落の塔において、警戒というものが外部に対しては向けられておらず、幽閉されている数名にのみ向けられているだけだった。

 少ない人数で、それに輪をかけて警戒するという意識がないため、侵入したあとは魔力感知だけ働かせておけば、衛兵に出くわす危険すらないという状態が続く。

 出くわしても問題ないが、あえてそんな道を選ぶ必要もない。


「ねえ、誰もいないわよ。どうなってるのかしら」


「外部からの侵入もなければ、幽閉されている者も、脱出できないよう、牢獄にも結界が張られている。警戒する必要がないんだろう」


 いくつか通り過ぎた部屋の中には、強力な結界が張られているのがわかる。

 ここに幽閉されている者、保管されているもの、その全てが結界で守られているのなら、そこまで警備に力を入れる必要はない。


「そこにいるのは誰だ。この時間に警備の者は来ないはずだ」


 教皇ルデリコ・ファーボットの魔力を頼りに牢獄前へとやってくると、天井から下げられた鎖に両腕を繋がれた、みすぼらしい姿の教皇がそこにいた。

 服は拷問を受けたようにボロボロになっているが、流石というべきか、体のほうは傷一つない状態で、俺とセレティアを怪訝な表情で見上げてきた。


「貴様たちは何者だ。この封魔塔へは、何人たりとも侵入できぬはず」


「ファーボット、俺たちはお前に話があってここへやってきた」


「賊に話すことなどありはせぬ。さっさと去るがよい。さもなくば、今すぐ衛兵を呼ぶことになるぞ」


 ファーボットは顔を背けるなり、一言も喋らなくなった。

 まだ自分が教皇だと思いこんでいるのは間違いなく、こんな境遇にありながら、自分のほうが立場が上だという態度を保っている。


「まだ自分が人間ではないことに気づいていないのか。それとも、魔法で認識できないままなのか」


「何を言っておるのだ。貴様たちは賊ではないのか? もしや、私を救いにきたのか!」


 実に人間らしい表情で、俺の顔を凝視してくる。

 このまま助かるのではないかと、一縷の望みを託しているのだろう。


「残念だが、お前を助けるつもりはない。ただ、お前が聞かされている、アルス・ディットランドと相打ちになったという、エルドラなる人物、そいつがアルス・ディットランドと相打ちになってもいなければ、邪教を操っていたという事実そのものが、嘘だということを、俺たちは知っている」


「そうか! やはりあれは嘘なのだな。私に仕えていた者、民、全員私を陥れるためにそんな嘘を吐いていることがこれで証明できる」


「お前を助けるつもりはないと言ったはずだ。なぜなら、お前は最早人間ですらないからだ」


 怒りにまかせて暴れるかと思ったが、ファーボットは落ち着いたまま「貴様もただの狂人か」と肩を落とした。

 牢獄に入るため、入口に張られた結界を鑑定してみたが、これは塔に使っていたのとは別で、結界を無効化しても特に問題はない。


「貴様、何をしている!! 牢獄に入れば、貴様は丸焦げになってしまうことも知らぬのか」


「結界なら既に解かせてもらった」


 鍵を破壊して牢獄に侵入すると、ファーボットが口を大きく開けたまま俺を見上げてきた。

 セレティアは安全を確認してから、恐る恐る入ってくる。


「なぜ何も起きない……本当に結界を解除したというのか」


「まあ話は後だ。まずはお前の意識がどうなるか試させてもらう」


 ファーボットが繋がれている鎖、ではなく、その両腕を抜き放った剣で両断してみせた。


「ひぃいいいッ!」


 腕が切断された瞬間、情けない声が牢獄に響くと、痛みによる絶叫か、それとも液状になり、元に戻る腕を目にした絶叫かわからない声が続く。


「これはどういうことなのだ……銀色の物体が、腕が、腕が元に戻るとは……私の体はどうなっているのだ」


 腕を動かし、未だ自分の身に起こったことが理解できないでいるファーボットを観察する限り、以前の錬金人形とは違い、自分の身に何が起こっているのか、客観的に認識はできるらしい。

 しかし、拷問を受けたような形跡がありながら、初めて経験したような反応からすると、これを認識していられる時間は限られているのかもしれない。

 人として存在していく上で、覚えておかせるのは都合が悪かったのか……。


「端的に言う。ルデリコ・ファーボット、お前は人間じゃない。魔法で作られた錬金人形だ」


「……ふ、ふふふ、ふはははははっ! 私を騙そうとしても無駄だ。この腕こそ、エディナ神より賜ったものかもしれぬ……きっとそうだ、そうに違いない……私は選ばれたのだ」


「死ぬことも許されないその体が、エディナ神が授けたものだと? 処刑台で二度殺されながら、その記憶さえ残ってはいないのだろう。いくら作り物の人形だとしても、もう少しマシな答えを出してもらいたいところだ」


 手のひらに全属性無効魔法を付与し、ルデリコ・ファーボットの胸に触れ、再度、その異質な体を認識させる。

 触れた瞬間、ドロドロと胸から腹にかけて銀色の液体が溶け出し、すぐさま戻ろうとする力と、無効魔法の力の間で拮抗し始めた。


「こんな体をエディナ神が与えたと、エディナ神に誓って言えるのか? お前も教皇なのなら、錬金人形の存在くらいは聞いたことはあるだろう」


「…………」


 渋面を作ったところを見ると、カサンドラ王国やヴィクトルあたりから情報が上がってきていたのは間違いないらしい。


「俺が使っているのは属性無効魔法だ。お前の記憶は周りの者から写し取ったもの、その体に本物の肉など一切ない。全て魔法によってできた紛い物だ」


「貴様は何者なのだ……どうしてそんなに詳しい……一体何を企んでいる」


 その表情は先ほどまでのものではない。

 少しだが眼光が鋭くなり、教皇としての輝きを取り戻したような気がする。


「俺は世界を元に戻したいだけだ。そのためにも、教皇ルデリコ・ファーボット、お前が知る歴史が必要だというだけだ。処刑台でお前が語ったことが本当なら、お前の語る歴史は今後の世界の行く末を左右する」


「貴様は、本当に私が知る歴史を信じるというのか? 他人の記憶を写し取ったものと言ったのは、貴様自身なのだぞ」


「俺の考えが間違っていなければ、俺の記憶と同じはずだからな。お前もこの世界がおかしいと感じているんだろう?」


「――――そこまで言うのならいいだろう。私が知る全てを話すのもやぶさかではない。だが、それを確かめて、貴様に何ができるというのだ? 貴様が世界を元に戻すと言っても、私は貴様のことを何一つ知らぬ。本当の世界を知っている、という言葉を無批判に受け入れろとは言うまいな」


 最もな返事に、頭が痛くなってくる。

 教皇ルデリコ・ファーボットを納得させるだけの根拠を示す、それがどれだけ難しいことか。

 もうひとりのアルスの仕業だと言うわけにもいかない。


「――――俺は、お前のような錬金人形を創造した者を知っている」


 予想外の言葉だったのだろう。

 ファーボットの表情が、驚きに満ち、瞳には希望を見出したような光が宿る。


「そして、この手でその男を殺した」


「……ふふふっ、面白いことを言う。それが本当なのなら、私からも条件を出させてもらおう」


「条件だと?」


「この世を戻せるというのなら、私は教皇として、貴様が欲する質問に、嘘偽りなく答えてやろう。――――その代わり、貴様にも私の願いを叶えてもらう」


 既に元に戻った自分の胸に手を当て、神に祈る仕草をしたのち、力強い眼差しで見つめてきた。


「私が人ではないのなら、私の存在そのものが教義に反する。このような状態を私は望まない。ましてや、教皇として、それを許すわけにはいかぬ――――話を聞き終えたあと、私を殺すこと、これが絶対条件だ」

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