第154話 奴隷、封魔塔に潜入する
封魔塔の周囲は深い堀になっており、その水面から上空に向かってあらゆる属性の結界が張られていた。
破られたことがないことからくる自信か、それとも、既にクロリナ教に歯向かう者がいなくなったためか、それらしい歩哨も見当たらない。
塔の入口に唯一架かる橋にすら、誰もおらず、結界に絶対的な信頼があることがわかる。
「意外に不用心なのね」
セレティアのリラックス具合から、さっきまでの緊張が薄れているのがわかる。
森から様子を覗いながら呟くセレティアは「これなら余裕ね」と余裕を見せる。
そんなセレティアの眼前を、一羽の小鳥が塔の方へ飛んでゆく。
晴れ渡る空を優雅に舞う小鳥が、堀の上に差し掛かったところで、何もない空間から光と稲妻が落ちたような音が発生し、さっきまで飛んでいた小鳥が跡形もなく姿を消した。
「…………ちょっと、何よあれ……」
さっきまで余裕を見せていたセレティアの表情が、一瞬にして凍りついた。
今、目の前にそびえ立つ塔は、何者も寄せ付けない、強固な城塞だと理解できたようだ。
「多重結界によるものだ。一つ一つの結界魔法を無効にすればいいという類いのものじゃない。何十人もの魔法師の力と、魔導具によって完成された結界だ。並の魔法師が束になろうと、あの結界は破れないだろう」
「じゃあどうするのよ」
焦りだすセレティアの目の前で、封魔塔の門が開き、一台の馬車が姿を現した。
その馬車は何事もなく橋を渡り、そのまま街道を走ってゆく。
「どうなってるのよ。普通に渡っていくなんて」
「内側からは反応しないんだろう。入る時は鍵となる魔導具があるはずだ」
「わかったわ! あの馬車を襲うんでしょ」
「そんなわけないだろ。俺たちは賊じゃないんだ。それに奪ったとなれば、それはそれで問題になるだろう」
「それじゃあどうするのよ」
封魔塔の中にいくつかの魔力を確認できているが、そのどれも大したものではない。
その中でも、特に衛兵と思われる、動きのあるものは各階に数えられる程度しか確認できない。
先ほど出ていった馬車が運んできた、食料や保管物を管理する程度の人員しか配置していないのだろう。
「結界は破られないと高をくくっているのなら、正面から堂々と行けばいい」
「え、どういうことよ、ちょっとウォルス!」
誰もいなくなった橋へと向かう俺に、セレティアが追いかけてくる。
だが、その言葉ほど不安は抱いていないようだ。
「ウォルスなら、ちゃちゃっと結界を破れるんでしょ」
「…………」
近くまできて鑑定をした結果、あまり嬉しくない情報が読み取れた。
この結界を無効化すれば、塔自体が倒壊するよう細工がされているようだ。
「結界を破れないの?」
「それは可能だが、同時にこの塔も倒壊するようだ」
「結局破れないのと同じじゃない」
「いや、無効化せずに突破する」
「……無効化しないで、あれを突破する?……」
「相殺して穴を作る」
全く理解できていないセレティアをひょいと横抱きにする。
キョトンとした表情だったセレティアだが、状況が理解できたのか、急に暴れ始めた。
「ちょ、ちょっと、突然何してるのよ!」
「相殺するにしても、穴は小さいうえに、離れていては危険だからな」
セレティアが何か言おうとするが、それをかき消すように全属性魔法で鳳凰を創り出す。
さっきの小鳥が消え去る直前に起こったような、激しい光を放つ鳳凰だ。
触れるだけで、その部位は跡形もなくなるほどの威力は、この多重結界にも引けを取らない。
鳳凰の翼で全身を覆うと、セレティアから悲鳴が上がる。
「死んじゃう、死んじゃうから!」
「自分の魔法で死ぬほど愚かじゃない。しっかり目を開けて見ておけよ」
「無理無理無理! 行くなら早く行ってよ!」
さっきまで嫌がっていたはずが、俺の首に手を回し抱きついてきた。
確かに見た目はかなり危険そうだが、触れなければどうということはないんだが。
「これもいい勉強になるんだがな……まあいい」
結界に踏み込むのと同時に、鳳凰と結界が干渉し、稲妻が常に飛び交う乱雲に突入したような錯覚に陥る。
周辺を凄まじい光と音が支配してゆく。
セレティアの声は聞こえないが、抱きついてくる力が増していることから、相当怖がっていることだけは確実だ。
「もう結界は越えたぞ」
「…………」
「まさか、泣いているのか?」
「――――泣いてないわよっ! この程度で泣くわけないじゃない」
降ろせとばかりに両腕で胸を押してくるため、落とさないようゆっくりと降ろす。
セレティアは顔を見せることなく後ろを向き、腕で顔をこすっているように見える。
「ほら、平気でしょ」
「……そうだな」
「でも、二度とあんな真似はやめてちょうだい!」
血契呪がズキズキと痛むことから、かなり本気で命令しているようだ。
憤怒竜イーラを前にした時に、勇ましく反撃していた姿はどこへやら、もうすっかり元に戻ってしまったらしい。
魔法を制限せざるを得ないためか?……きっとそうに違いない。
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