第153話 奴隷、王女との距離が縮まる

「それでも構わない。教えてくれ」


「――――その前に確認しておきたいんだけど、さっきの話の中に、厄災である四大竜の話が出たわよね。アタシから七頭いたって話は聞いてないの?」


「七頭だと?」


 アイネスは俺の反応を見て、一人納得したように頷く。


「やっぱり言うわけないか。その中の一頭、怠惰竜イグナーウスはアタシでもよく知らない力を持っているのよ。この世界で生き残ってるのが奴で、この現象が起きているのなら、きっとそういうことなんでしょう」


「それだけの理由で、本当に断定していいのか?」


「アンタが、いえ、それ以外の者もこの世界に存在する厄災、それが暴食竜、憤怒竜、怠惰竜、強欲竜の四頭しか知らないっていうのが答えよ。どういうわけか、人間の間では、それ以外の竜が伝承されていないんだもの。当時、イグナーウスは絶対動いていたはずだから、何かしたんでしょうけど」


 確かに憤怒竜イーラも言葉を発し、ただの魔物とは違う面を持ってはいた。

 厄災の竜が、何か特別な力を持っているということはありうるが……。


「伝承がないのなら、焚書の可能性はないのか」


「さあ? 当時、アタシは人間とは関わってないし、厄災に関する記憶だけ消えたのかと思ってたんだけど」


 これがもし本当なら、怠惰竜イグナーウスを探す価値は大いにある。

 かなり以前から、その行方はわからなくなっているはずだ。

 いくら考えようと、見当すらつかない。


「それにしても、そういう大事なことを、どうして今まで黙っていたんだ。転生前もその後も、そんな話を聞かされたことはなかったぞ」


「だって聞かれてないし、そもそもあの竜は、この世とともに神が創造したって云われているのよ。そんなものに、わざわざ自分から首を突っ込むわけないじゃない」


「居場所はアイネスでもわからないのか」


「知らないわね。あいつらは人間にとっては厄災でも、アタシのような精霊には基本無害だから、いちいち気にしてないわよ」


 アイネスに、これ以上要求するのはやめておいがほうがいいか。

 精霊は自由気まま、人間の味方にもなれば害にもなる存在。

 今は俺やセレティアを気に入り、行動をともにしているが、何が原因で袂を分かつかわからない。

 フィーエルのこと以外で頼りにしすぎるのは問題だ。


「わかった。イグナーウスは俺が探すことにしよう。アイネスはユーレシア王国に戻ってくれていい」


 これでいい。

 アイネスには、フィーエルの側にいてもらったほうがお互いのためだろう。

 そう思ったのだが、それは俺だけだったらしく、アイネスから、すぐさま「は? 何ってんのよ」と返された。


「フィーエルの記憶では今、アルスがいなくなって弱っているだろう。アイネスがいてやったほうがいい」


「勝手に決めないでもらえるかしら。アタシはアンタたちに付いていくわ、それにフィーエルを見くびらないでちょうだい。あの子はそんなに弱い子じゃないの」


 精霊は目立つ上、強情な性格は問題を引き起こしかねなく、帯同するのは正直勘弁したい。

 だが、強情な精霊は引き下がる意思を見せない。


「……わかった。それでも一度戻ったほうがいいだろう。フィーエルには内緒で来たんだろ?」


「ん~そうね、挨拶くらいはしておいたほうがいいかしら。それに、フィーエルが驚くようなことが待ってるって、希望くらい伝えてあげたいものね」


 一人上機嫌で語るアイネスは、「それじゃ、一時的に離れるけど、すぐに合流するから待ってなさいよ」と体を水の粒に分解させ大地に消える。


 セレティアと二人残された森に、今しがたのことが幻だったのでは、と思わせるほどの静けさが戻ってきた。

 風が吹き抜け、草が擦れる音だけが響く森に、小さくセレティアの囁きが紛れる。


「……ねえ、ウォルスでいいのよ、ね? それとも、アルス殿下のほうがいい?」


 俺に対する戸惑い、遠慮、いろいろな感情が複雑に絡み合った表情で、セレティアは俺の答えを待っている。


「今までと何も変える必要はないだろ。俺の過去がどうであろうと、セレティアの護衛奴隷であることに変わりはないんだ」


「でも……」


「それよりも、今まで俺が黙っていたことを責めてもいいんだぞ。それくらいのことはしてたんだから」


 セレティアは俯き表情を見せない。

 しかし、何かを思い出したのか、ブツブツと呟きだした。


「初めてわたしの魔法を見た時、本当は呆れてたんでしょ」


「レベルは低いが、四属性扱えるのは大したものだと思ったぞ」


「もしかして、あのゴブリンゾンビも、ウォルスの仕業だったの……?」


「仕業というか、この世界は少し時間回帰系の魔法の挙動がおかしくてな、あれでようやく気付かされたんだ。ダラスと対峙した時は、セレティアには本当に助けられた」


「……はぁ、あの時は本当に信じてたのよ」と頭を抱える。


「それにしても、フィーエルとアイネスだけが知ってたのがね……。どうしてわたしには話してくれなかったのよ」


 ようやく顔をあげたセレティアは、少し恨めしそうな目で見上げてきた。


「元々、誰にも話すつもりはなかったんだ。特にセレティアにはな」


「だからどうしてよ。結果的にとはいえ、あの二人には話したんでしょ。わたしにも教えてくれてもよかったじゃない。……待ってたのに」


「俺自身が、ウォルス・サイとして生きることを望んだからだ」


「自分勝手すぎるわよ。わたしの気持ちも知らないで……」


「すまない。俺の目的は、死者蘇生魔法を完成させること。そのためには、外部に情報が漏れるのは極力防ぎたかった」


 刹那、セレティアの顔が何かを思い出したように、生き生きとしたものへと変わる。


「そうよ、わたしを一度死なせて、死者蘇生魔法を使ったって言ってたじゃない。説明が矛盾してるわよ」


「それは本当に申し訳ない」と全力で頭を下げた。


「俺の力が及ばず、セレティアを死なせてしまったのは事実だ。ただ、残念ながら死者蘇生魔法は完成していない。血契呪とフィーエルが外から魔力を供給し続けて、奇跡的に成功したにすぎない」


「わたしを死なせるなんて……ウォルスは護衛奴隷失格よ」


 返す言葉が見つからない。

 こればかりは本当に、許してほしいと願うことすら許されない状況だ。

 原因を作ったのも俺自身、巻き込んだのも俺自身、守れなかったのも俺の力が及ばなかったからだ。

 何一つセレティアは悪くなく、生き返らせたのもただの奇跡にすぎない。


「そのウォルスが提案した、ここでの待機も素直に聞き入れるわけにはいかなくなったわ。封魔塔にはわたしもついて行く。それでいいわね!」


 セレティアの腕が俺の腕に絡みつき、疲れなど消え去ったかのように歩きだす。


「護衛奴隷失格で……それだけでいいのか?」


「何か罰がほしいの? それなら、そうね――――これから何かあるたびに、オジサン扱いしてあげようかしら。ウォルスは今十七歳で、その前が確か――――」


「それは勘弁してくれ……」


「ふふふっ、ウォルスもそういう情けない顔をするのね。いいわ、今回は許してあげる」


 いつになく楽しそうな顔をしているセレティアに引っ張られ、そのまま封魔塔へ向かうことにした。

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