第152話 奴隷、全てを話す
「もう一度整理するわよ。アンタが言うことによれば、この世界の人間、精霊は記憶を書き換えられているってことね。以前のアタシはそれに心当たりがあると」
「そういうことだ。ターゲットは俺で間違いないだろうが、血契呪で繋がっているセレティアには効果がなかったようだ」
「それにしても、アンタがセレティアの奴隷だなんね……プッ」
吹き出したアイネスはそのまま腹を抱えて笑い出した。
今のセレティアと親しいアイネスにとっては、俺の血契呪は相当おかしいのだろう。
「まあいいわ。アンタが言う正しい歴史、記憶を教えなさい。そこから以前のアタシが導き出した答えが正しいかどうか判断してあげる」
「ちょっと待ちなさいよ! 二人で勝手に話を進めないで」
俺とアイネスの間に、セレティアが物理的に体を割り込ませてきた。
「話が全然頭に入ってこないわよ。わたしが一度死んで、生き返ったって話だけでも意味がわからないのに、ウォルスが転生したアルス・ディットランド? どういうことなのよ……」
一度に情報を出し過ぎたかもしれない。
今更後悔しても遅い……が、ここはしっかり説明しておくべきだろう。
今後のことも考えると、理解しておいたもらったほうが何かと助かるはずだ。
「何よ、セレティアには黙ってたの?」
「今の俺はウォルス・サイだからな」
「……まさかとは思うけど、フィーエルにも黙ってる、なんてことはないわよね」
「それは大丈夫だ。すぐにバレたからな」
安心した表情を見せるアイネスとは対照的に、セレティアの目尻にはどんどん涙が溜まってゆく。
「なんなのよ……何も知らなかったはわたしだけだっていうの」
「すまない。フィーエルには俺をアルスとしては見ないように誓わせたんだが」
「今度こそ……本当のことを話してくれるのよね……」
「ああ、全て話す。話は長くなる、二人とも適当に座ってくれ」
地面から顔を出している大きな木の根に二人が腰掛けるのを見届け、俺は一度大きく息を吸って精神を落ち着かせることにした。
一つの可能性として、こんな時がやってくるかもしれないとは思っていたが、実際この時を迎えるにあたって、心の整理が追いついていないのか、普段より脈が早いように思う。
わかりやすく丁寧に、俺の転生の目的である死者蘇生魔法のことから始め、奴隷として転生、フィーエルを助けたこと、そして、神精界へ赴いて記憶を喪失したままアイネスと再会したことまでゆっくり話してゆく。
話が進むにつれ、不安に満ちていたセレティアの表情が、徐々に落ち着きを取り戻してゆくのがわかる。
「今までおかしいと思っていたことが、今の話で次々繋がっていくのね。どうして気づかなかったのかしら、こんな知識がある奴隷なんておかしいって。ウォルスが使う魔法も普通じゃないものね」
「それを言うのなら、セレティアが、奴隷である俺を対等に扱い、フィーエルも認めるほどの魔法の才能があったからこそ、隠すことなく使うことができたんだ」
「そ、そんなに褒めたからって、黙ってたことは許してあげないんだから……」
そんなつもりで言ったわけではないのだが、もじもじするセレティアを見ている限り、許してくれそうではある。
「はいはい、惚気るのはあとにしてちょうだい。今は時間が惜しいのよ」
アイネスが俺とセレティアの間を飛び回ると、セレティアがアイネスに掴みかかる。
「誰が惚気てるって? わたしはただ、納得できたって言ってるだけなの」
「冗談よ、じょ・う・だ・ん。そこまで本気になることないじゃない。アルスも、今はウォルスだっけ? さっさと続きを話してちょうだい」
アイネスから冷や水を浴びせられる形になったセレティアが静かになり、話を再開する。
並行世界のアルスの手によって創造された錬金人形、四大竜の討伐、そして、アルスの最期から、世界の人々の記憶が改竄されたことまで……。
「――――ふぅ……何も矛盾はないはね。だけど、そこまで聞いても、未だに信じられないわ。アタシの記憶が偽りのもので、本当の記憶では、たとえ違う世界のアルスだとしても、フィーエルを殺そうとするなんて」
「だが事実だ。今の話を聞いて、俺に手を貸すのか、それでもこの世界を維持するのかは、アイネスに任せる」
「――――そりゃあ決まってるでしょう。アンタが生きてるとなれば、フィーエルがどれだけ喜ぶか」
「それだが、アイネスから伝えれば、フィーエルは信じるかもしれない。だが、喜ぶこと以上に、俺を忘れたこと、もう一人のアルスを自分が追い込んだのだと、自分を責めかねない」
記憶を取り戻せるかわからない旅になる以上、フィーエルの負担をわざわざ増やす必要はないはずだ。
それなら、フィーエルを巻き込むのは避けるのが一番いい。
「第一、記憶を取り戻せば、今記憶にあるアルスは切り捨てることになりかねないんだ――――だから、フィーエルには黙っていてほしい」
いくら俺がアルスだとわかったところで、今の記憶を偽りのものだと割り切れるものでもないだろう。
ネイヤですら過去の自分を尊重したにすぎず、今の記憶を切り離せているわけではないはずだ。
これは精霊である、アイネスだからこそ割り切って考えられているとみていい。
「そうね、あの子なら、まず間違いなく自分を責めるわね。やっぱりあの子のことよくわかってるじゃない」
「茶化すな、アイネス。ここからがお前の番なんだぞ。俺の話を聞いて、思い当たることがあるだろう」
「過去のアタシが躊躇った理由も、今ならわかるわ。確実性に欠け、それを伝えたところで、解決できるかも不明だもの」
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