第145話 奴隷、王女誘拐を疑われる

 良いことなのか悪いことなのか、セレティアに言われたとおり厩舎で名前を出すと、所属を聞かれることもなく馬を二頭渡された。

 衛兵の警戒心のなさは、普段から馬を使って出ていたにしろ無警戒すぎる。

 元の騎士団長の立場なら注意するところだ。

 とはいえ、今回はありがたく馬を拝借させてもらうことにした。

 これからのことを考えればあまり姿を晒しておくのも得策ではないため、王宮の裏門から少し離れた森の中に身を潜める。


「もうどこに行ったのかと思ったわよ。もう少しわかりやすいところにいなさいよ」


「一国の王女がいなくなるんだぞ。そんな目立つ動きはできないだろ」


 見慣れた冒険者の格好で現れたセレティアは、堂々と裏門から姿を現した。

 俺は裏門からは見えない森の中まで移動していたため、こちらから出るハメになった。


「いつもこうやって出ていたから、誰も気にしないわよ」


「本当にいいのか? このまま出ていくことになっても」


 セレティアは馬の鼻先を撫でながら、軽く笑い飛ばす。


「面白そうじゃない、なんだか逃避行みたいで」


「笑い事じゃないと思うんだが」


「わたしはこんな状況を作り出した者が許せないの。きっちり落とし前をつけさせてもらうわ」


 この状況に、俺以上に憤りを感じているらしく、セレティアは「さあ、早く行くわよ」と発破をかけてくる。


「まずは一番情報が集まる、クロリアナ国を目指すか」


「最初に言っておくけど、お金の心配はいらないから」


 セレティアは金貨が入っているであろう麻袋を重そうに持ち上げ、馬へと跨る。

 今さらその金についてどうこう言う意味はないだろう。

 俺の立場は、王女をかっさらって逃げる人攫い同然なのだ。


「その心配はしないが、魔法はなるべく使わないようにな。悪化した場合、アイネスを頼ることはできないんだから」


「わかってるわよ。ウォルス、しっかり働きなさいよ」


「ああ、承知している」


 セレティアの話では、クロリナ教の教皇ルデリコ・ファーボットの右腕、エルドラがアルスとイルスと相打ちになっている。

 ということは、クロリアナ国でも何か大きな変化が起こっているとみていい。

 教皇の側近が邪教と繋がりがあった、という風に過去改変が起きているのなら、教皇の立場がどうなっているのか気になるところだ。


「ねえ、わたしたち以外に、本当に記憶がそのままの人はいないのかしら?」


 セレティアは馬に跨って手綱を握りしめると、ポツリと呟いた。

 今の状況で、そんな人物がいる可能性は皆無だろう。

 セレティアの記憶が残っていることさえ、本来は奇跡に近いはずなのだ。


「まずいないと思っておくほうがいいだろう。根拠がない甘い希望は、得てして絶望へと変わる」


「今は調べることに全力を注ぐしかないってわけね」


「クロリアナ国へ行けば、何か動きがあるはずだ」


 セレティアは「善は急げ、行くわよウォルス!」と馬の腹を蹴り、颯爽と走り出した。




       ◆  ◇  ◆




 それは王宮を出てから、二日後のこと。

 やっとセレティアも野営に慣れ、夕食の準備にとりかかった時だった。

 陽が山間に姿を隠し始め、一日が終わりを告げようとしていたにも係わらず、森が騒がしくなるほどの凄まじい速度でこちらに近づいてくる者がいた。


「何? 急にどうしたのよ」


 セレティアは立ち上がると、森全体を見回した。

 少し薄暗くなった木々の間に目を凝らしているが、原因のモノはそんなところから出てはこない。

 なぜなら――――。


「客が来たようだ。まあ大体の予想はついているが」


 それはユーレシア王国からの追手。

 そのあまりに弱い魔力の持ち主は、俺たちが通ってきた街道をこちらへ向かってきていた。


「一応話は通じるとは思うが、セレティアは動くなよ」


 何のことかわかっていないセレティアは、ただ首をコクコクと前後に動かすだけだ。

 そうこうしているうちに、その人物は姿を現した。

 息一つ切らしていない姿は、流石騎士団長といったところか。


「セレティア様、ご無事で何よりです」


「え、ネイヤ? わたしは何ともないけど……」


「この男がセレティア様を連れ出したのですね」


「そ、そういうわけじゃないんだけど」


 どう答えればいいのかわからないのだろう。

 セレティアはあとは任せるわよ、といった顔を俺に向けてきた。

 セレティアの無事を確認したネイヤは油断する姿は見せず、すぐに俺を睨みつけてきた。


「一人で来たか、ネイヤ」


 名前で呼ぶと眉間にシワを寄せ、全身から殺気を放ちながらあからさまな敵意を向けてきた。


「あなたに名前で呼ばれる筋合いはありません。セレティア様をかどわかした罪、死をもって償ってもらいます」


 ネイヤは一本しかない剣を抜き、ゆったりと構える。

 力みのない構えから、本当に俺のことを王女を拐かした、ただの人攫いとでも思っているのだろう。


「その様子じゃ、話を聞く気はないようだな。ならば、まずはお前から託された約束を果たすとしよう」


 本来ならネイヤが持っているはずの、対となる剣を俺が抜き放つと、ほんの僅かだが、ネイヤに動揺が表れたのを見逃さなかった。


「俺がこの剣を持っているのが、そんなに不思議か?」


「……全力でやる必要が出ただけです」


 ネイヤが纏う空気がガラリと変わる。

 余裕があった表情は硬くなり、全身から荒々しい剣圧を解き放つ。

 この剣が、ここまで態度を変えさせたことは間違いない。


「セレティア様、もうしばしお待ち下さい。この者を倒し、必ずやお助けいたします」


「え、ああ……やっぱりこうなるのね」


 セレティアは困った顔で返事をし、深いため息を吐いた。

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