第146話 奴隷、約束を果たす

「あなたがあの記述の通りなら……手加減はいりませんね」


「何のことだ」


 返答はなく、問答無用で斬りかかってきたネイヤの一撃は、的確に急所である喉を突いてきた。

 今までで一番キレのいい一撃だが、それでも俺に届くことはない。

 初撃を完全にかわされたネイヤも、驚くどころか、さらに冷静な姿を見せ、攻撃の手を休めない。

 剣技の技術自体は変わっていないが、精神的なものが全く違うように思える。

 刹那、剣の切っ先が俺の皮膚を微かに切り裂いた。


「驚いたな……以前ならここまで差を見せつければ、少しは動揺したはずなんだが。騎士団長という責務が、ここまで集中力を高めるのか。それとも、主人であるセレティアを救出するという意志によるものなのか」


 俺が語りかけてもネイヤの集中力が途切れることはなく、執拗な追撃が終わることはない。

 今までのネイヤにはなかった、鬼気迫るもので、何かを確かめるように己が持ちうる全てをぶつけてきているように思える。

 ここで避けるのをやめ、ネイヤの剣を受け止めると鍔迫り合いとなり、初めてその手が止まった。


「何をそんなに焦っている」


「――――あなたの、本気を確かめたい、それだけです」


 ネイヤは何かを知っているのか?

 だが、ネイヤの瞳は俺を疑っているように思える。

 知っているのなら、こんな目をするはずはなく、記述などという言葉を出す必要もない。


「わかった、それでは見せてやろう」


 ネイヤの剣を力で押し返し、後方へと弾き飛ばす。

 直後、俺は手に持っていた剣を、その頭上高く放り投げた。

 剣は空中をくるくると回転し、ネイヤの眼前の地面に突き刺さる。


「どういうつもりですか」


「ネイヤも全力を出すのなら、その剣が必要だろう」


 ネイヤは黙って剣を手に取り、見慣れた双剣スタイルへと変わる。

 記憶が改竄されようと、その構えまでは変わってはいないようだ。

 体に染み付いた経験、そんなものまでは変えられないということだろう。

 だが、俺が一向に剣を構えないことに、その表情に怒気が宿ってゆく。


「私に、無防備な者を斬れと?」


「こちらのほうが、己の力の未熟さを痛感できるだろう。遠慮なくかかってこい」


 ネイヤが踏み込むのと同時に、全力の魔力循環を行うため魔力を解放する。

 近づく双剣は一切の躊躇なく、首と胴、同時に薙ぎにくる。

 間合いは完全にネイヤのものであり、普通なら無手の俺は後ろへ避けるべきなのだろう。

 しかし本気を見せる以上、力の差を、それも圧倒的な違いとして見せつけなくてはならない。

 一瞬でケリをつけるために、俺も前へ飛び出す。


「!!」


 俺の動きが予想外だったのだろう。

 ネイヤの表情に動揺がはっきりと表れたのがわかった。

 だが、それも所詮一瞬のこと。

 俺の掌は斬撃よりも早く、強烈な一打となってネイヤの心窩しんか部にめり込んだ。

 完璧なインパクトによる一撃。

 ネイヤの鎧はひしゃげ、その勢いで後方へ吹き飛び、大木へ背を打ち付けると、完全にその動きを止めた。




       ◆  ◇  ◆




「ん……んんっ……!」


「やっと気がついたか」


 時間にしてどれくらいだろうか。

 ネイヤの傷を無属性魔法で回復し、鎧を修復してから寝かせ、セレティアとネイヤをどうするか話し合っていたことを考えると、十五分といったところだろう。

 目を覚ましたネイヤは、再び俺に立ち向かってくるかと思われたが、実際はそんなことはなかった。


「申し訳ございませんでした――――


 ネイヤは俺の前に片膝を突いて頭を垂れる。

 これでは完全に以前のネイヤだ。


「どういうことだ……まさか、記憶が戻っているのか」


「……いえ、私に記憶は、ありません」


 意味がわからない。

 セレティアも俺の顔を見て首をかしげるだけで、この状況が飲み込めないでいるようだ。

 こうなると考えられるのは、さっき言っていた記述に関することだろう。


「説明はしてもらえるんだろうな?」


「はい。全ては私の部屋にあった、手紙によるものです」


「手紙だと? 誰からのものだ」


「筆跡から、私自身が書いたものと思われます」


 ネイヤ自身が取れる手段として、記憶があるうちに、己自身に向けてメッセージを残したのだろう……。


「私を含め、記憶が徐々に改竄されていくことが書かれており、ウォルス様と出会った時のことから四大竜であるイーラ討伐、そして記憶を失った日のことまで、詳細が書かれておりました」


 ネイヤは記憶を失った時のために、その時の己を信じて行動に移し、今のネイヤもまた、過去の己を信じたというわけか。


「記述が本当かどうか、それは私の剣を持つ者、つまり、ウォルス様に挑めばわかると。私の剣を数段上の世界に引き上げて、なお、その強さには全く届かない人であるとありました」


 えらい持ち上げようだな、と頭を掻くことしかできないのに対し、ネイヤの横に近づいてきたセレティアは頷き、一人納得している。


「たったそれだけで、俺のことを信じられるというのか」


「私も、たとえ自分の筆跡であろうと、書かれている内容があまりに現実離れしすぎていて、誰かの悪戯だろうと気にも留めていませんでした。ですが、先ほどの圧倒的な実力差、セレティア様の様子を拝見しても、事実なのだと、判断せざるをえません。あの手紙を残したのが自分だとわかった以上、その意志を汲むのも、今の私の責務なのでしょう」


「そうか……ネイヤには苦労をかけるな」


 理解者が増えたことは、単純に喜ばしい。

 しかし、目の前のネイヤは俺が知るネイヤとは違う。

 考え方、俺に対する信頼、国に対する忠誠、それ以外に関しても全く違うはずだ。

 この先の旅に連れていくには、それなりのリスクを伴う。

 それならば――――。


「ねえウォルス、ネイヤも以前のように連れていくのよね?」


 セレティアは喜んでいるようだが、ここは最も重要な役を担ってもらうほうがいいだろう。


「――――残念だが、ネイヤには王宮に戻り、やってもらいたいことがある」

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