第130話 奴隷、自分と出会う

「見ただけでわかるのか。それはアルスの魔法を、実際に見たことがあるということだな」


 女は俺の問いに答えず、ゆっくりと半身に構える。

 全属性無効魔法を使えるのは、俺しかいない。

 偽アルスがこの女の前で、使ってみせたということは興味深い。

 俺がこの女を知らない以上、偽アルスが全属性無効魔法を使ってみせたということだ。


 ただの錬金人形だと思っていたが、どうやらアルスからの信頼も厚いらしい。

 全属性無効魔法を使っても、体に影響がないのなら、力だけを奪ったのか、それとも転生したあの日、肉体を奪い取って魔法が使えるまで回復させたということか。


 ――――後者の場合、元々俺の力と同じ、全属性を扱える魔法力を持っていたということに他ならない。


「どうしたの、かかってくるんじゃないの?」


「言われなくとも、すぐ終わらせる」


 思い切り大地を蹴り上げ、女との間合いを一気に詰める。

 流石に女は反応している。

 だが、俺の拳を避けるつもりはないらしく、受け流すつもりらしい。

 俺の腕に触れたら最後、その体が爆ぜることも知らないのだろう。


「体術も凄いわね」


 そう言って、俺の拳を手のひらで受け流した女。

 次の瞬間、女の手がボコボコと変形する――――しかし、爆ぜることはなく、数瞬後には何事もなかったかのように元へ戻る。

 その後も何回俺の手に触れようが、それは変わらず、女も全く気にすることはない。


「……どういうことだ」


「何が、かしら?」


 属性無効魔法で魔法を無力化すれば、錬金人形は分解するはずだが、女の腕を見る限り、分解を防げてはいないが、直後から再生する魔法式を組み込むことで回避しているように思える。


 これは、弱点となっていることを知った上で、既に対処したということだ。

 錬金人形を構成する上で、複雑な錬金魔法に付与することは無理だったのかもしれない。

 再生だけを繰り返す魔法式ならば、属性無効魔法を阻害する魔法式も組み込みやすかったのだろう。

 俺を待ち構えるようにここにいたこと、そして、ここへ俺がやって来るように仕向けたことといい、全てが罠のように思えてならない。


 やはりイルスはアルス側の人間……そう思って後ろへ飛び退き、間合いを広げた俺の前で、今度は女が魔法を行使しはじめる。

 頭上に浮かぶは、巨大な風の精霊を象った魔法。

 畏敬の念を抱かざるをえない神々しい姿、息をするのも忘れてしまいそうな、完璧な特異魔法だ。

 その魔法を忘れるはずがない。

 俺の記憶の中に、今もなお強く残り続けるの特異魔法に、足が動かなくなる。


「…………そんなはずがない……その魔法は……」


 俺の言葉を遮るように、女はその魔法を俺に向かって放つ。

 大地を切り刻みながら進んでくる魔法を、左手を突き出し受け止める。


「ぐぅッ!」


 この規模の特異魔法ともなると、無力化してもそれなりの反動を受ける。

 女はそれをわかっていたかのように、次の一手に行動を移していた。

 頭上に迫る切っ先。

 振り下ろされた剣身は、既に避けるのは不可避なところにまで迫っていた。


「……リリウム」


 俺がその名を口に出した瞬間、剣筋が明らかに鈍る。

 その瞬間を飛び退くことなく、逆に踏み込み、剣身を右手で払いのける。


 この隙を利用し、確認する必要がある。

 この特異魔法を使い、『リリウム』という名に反応した理由わけを。

 俺の予想が正しくないことを。


 篭手ガントレットから火花が吹き、その軌道が完全に変わると同時に、腕を振った反動を利用しさらに一歩前へ出て繰り出した後ろ回し蹴りが、女の顔に直撃した。


「……おかしいわね。どうして手が止まったのかしら」


 普通なら顔など吹っ飛んで跡形もない威力のはずだが、異常な魔力を魔力循環させている女には、全然そんな威力にはならない。

 だが、兜については話は別だ。

 兜は俺の蹴りに耐えられるはずもなく、ひしゃげて仮面を激しく変形させる。


「これじゃあ見えないわね」と女は兜を脱ぎ捨てた。


「…………リリウム……リリウム・ヘリアンサス……」


「どうして私を知っているのかしら、アルス……ウォルス……あなたはウォルス・サイ。アルスのわけがないのに、私は何を言っているの……」


 目の前で頭を抱え、苦悶の表情を浮かべるのは、俺の魔法の師であり、死者蘇生魔法の創造にのめり込むきっかけとなった人物――――リリウム・ヘリアンサスその人だった。


「……どうしてだ……こんなことはありえない」


 錬金人形にするためには核となる、その人物の体の一部が必要なのはわかっている。

 だが、目の前のリリウムに関しては、遺体どころか、骨の一片さえ残っていないはずなのだ。



 当時、カーリッツ王国歴代魔法師団長の中でも、屈指の実力と人望が厚かったリリウムの夭折ようせつは、民の心に暗い影を落とした。

 そのため、魔法師団長としては異例の、国を挙げて盛大な葬儀を執り行ったのだ。

 王族の国葬と同規模、大勢の人々が見送る中、最後に棺に炎を灯したのは俺であり、一等級魔法で全てを焼き尽くしたあとには、何も残されてはいなかった。



「本当にリリウム・ヘリアンサスなのか、アルス・ディットランドは、今どこにいるか教えてくれ」


「アルスに何をしようというの……アルス、ウォルス」


 俺が彼女をリリウムと認識したことにより、俺の記憶を読み取ったリリウムは記憶に混乱をきたしているのだろう。

 植え付けられている記憶と、俺の記憶を読み取ることで、認識に差異が生じているのだけは確かだ。


「あなたはもう亡くなっているんですっ! アルス様が、あなたを道具として使役してるのがわからないんですか!」


「フィーエルッ!、どうして出てきた」


「すみません――――ですが、我慢できなかったんです。アルス様がどれだけリリウム様を大切にしていたか、ダラス様から伺って知っているんです」


 フィーエルは俺を見つめ、悔しそうな表情で吐いた。

 噛み締めた下唇からは、今にも血が滲んできそうなほどだ。


「……リリウムをこんな姿にしたのは、そのアルス本人だぞ」


「――――それでもです」


 握り込んだ拳から血が滴っているのが、自分でもわかる。

 複雑な表情で俺を見つめるフィーエルの肩では、アイネスが厳しい視線を俺の背後へと向けていた。


「はははははっ、やっと見つけたぞ、フィーエル」


 声がした場所には、魔法師団長の服を着た、俺が一番よく知る顔の人物がいた。


「きっとお前が連れてくると思っていたよ、ウォルス・サイ。――――いや、もう一人のアルスとでも呼べばいいかな」


 柱にもたれかかりながら余裕の笑みを浮かべる、四十七歳になった姿の俺だった。

 全力で攻撃を加えるため、反射的にアルスに向かって飛びかかっていた。

 だが、その拳を止めるためリリウムが間に割って入り、再び距離が空く。


「アルスに攻撃はさせませんよ……」


 俺の前に立ちはだかるリリウムは、完全に俺を敵だと認識している。

 こんな形で再びリリウムを目にすることになった事実に、まだ整理がつかず胸が苦しい……。

 これが奴の狙いなのだとすれば、早く頭を切り替える必要がある。


「ようやくお出ましか、偽アルス・ディットランド」

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