第129話 奴隷、探りを入れる

「ここにいるのがバレたようだぞッ、早く外に出ろ」


 二人に向かって叫び、扉を開いた瞬間、巨大な黒い球体が壁を飲み込みながら押し寄せ、今までいた場所を跡形もなく消し飛ばす。

 焼けるわけでも、風で吹っ飛んだわけでもない。

 さっきまでそこに存在していたものが、丸ごと消え去ったのだ。


「大規模な無属性魔法ね」


 冷静に分析して、不愉快そうに呟くアイネス。

 無属性魔法に対しては、水属性魔法は相性が悪く対処のしようがない。

 そのことに、アイネスの表情から余裕が消えている。


「広範囲型重力封閉魔法に近い魔法だな。どうやら対抗できるのは俺だけのようだ。二人は下がっていてくれ」


 二人を建物の陰に待機させ、俺だけ中庭へ出て姿を晒した。

 そこには、どこかで見たような、頭から足先まで、全身を鎧に包んだ女が立っていた。

 つるりとした鏡面の仮面は内面さえも見通せず、スラリと伸びた手足は、剣士のものとは思えない。


「まさか、女だったとはな――――お前は何者だ」


 怠惰竜イグナーウスか偽アルスだと思っていたのが、まさかの女。

 得体がしれない人物に、違った意味で警戒感が増してゆく。


「…………」


 何も喋らない女は、ゆっくり首を傾げる。

 言葉が通じていないのか、そう思った瞬間、女は両手を前に突き出し、問答無用でさっきの一等級魔法を放ってきた。

 相殺も考えたが、被害を考えれば霧散させるのがベストだと、右手に全属性無効魔法効果を付与させる。


「残念だが、そういう直情的な魔法は、俺には意味がない」


 地面を消滅させながら迫りくる魔法に拳を突き立てると、何事もなかったかのように一瞬で霧散する。

 だが、女の反応は驚いた様子もなく、今度は腰に差している剣へと右手を伸ばす。


「魔法が無理だから剣か、それとも、そちらのほうが得意だとも言うのか?」


 ナメているのか、実際そうなのか、禍々しい魔力に阻害され全く予想がつかない。

 後手に回るよりも、先手を取って終わらせるほうがいい。

 俺も新たな騎士団長の剣を手にし、一気に距離を詰め右肩へ斬りつけた。

 しかし、俺の剣は到達するまえに、女の剣によって完全に防がれた。


「……これが、ダラスに勝ったという力なの?」

 仮面に冷たい声がこもる。

 感情が感じられないが、どこか記憶にある声のようにも感じられる。

 だが、今はそんなことよりも、俺の一撃をで受け止めたことのほうが問題である。

 全力でなかったとはいえ、華奢な女の腕では止められない一撃だったはずだ。

 一旦距離を取り、今度は魔力循環を最大にして斬りかかった。


「ほぅ、素晴らしい力ね」


「…………」


 女も体を巡る魔力が異常に上がり、俺の攻撃を尽くさばいてゆく。


 ありえない。

 それが、ただ頭に浮かんだ言葉だ。

 この体で、どうしてここまで魔力循環を行って平気なのか。、その答えが見つからない。

 普通の魔法師、剣士では耐えられない、そもそもありえないレベルの魔力循環なのだ。


「俺の攻撃を凌げる奴がいるとはな」


 力、速度は異常なまでにあるが、剣技に関してはそれほどでもない。

 やはり本職は魔法師ということなのだろう。

 剣を交えるほどに、その剣技が見覚えのあるものだと気づく。


「お前の技は王宮剣術か、それをどこで教わった」


「これが王宮剣術だとわかるとは、流石はウォルス・サイ」


「力づくで聞くしかないか」


 信じられないが、この女は身体能力だけでダラスの剣技を上回っており、おそらくネイヤよりも上だ。

 こんな者がまだいたとは……だが、この魔力の質だけは理解できない。

 ヘルアーティオに似た禍々しい魔力を、ただの人間が持っているとは思えない。


「お前は、イグナーウスなのか」


「面白いことを言うのね」


 仮面越しにでも、小馬鹿にしているのがわかるほどに、無感情な一言。

 剣を交えながらも同時に、至近距離から一等級魔法である局地型巨大炎槍魔法を放つ。

 無詠唱且つ、攻撃をしながらの魔法に女の反応が一瞬遅れる。


「くっ!」


 女は手に持っていた剣とは逆の手で、魔法をぶつけ相殺してみせる。

 ぶつかり合う一等級魔法によって生じる、爆炎と爆風によって視界が一瞬閉ざされた。

 両手で防御した女の行動と相まって、完全に女に隙が生まれる。


 それは瞬きにも満たない一瞬。

 俺が振り抜いた剣が、クロスしていた女の前腕を切断した。

 だが、怯む様子はなく、苦痛を感じていたのもほんの一時の間だけだった。


「…………お前、……錬金人形なのか」


 切り落とした断面からは血は噴き出さず、地面に転がった腕は銀色の液体となって、すぐさま女の両腕へと戻って形を変える。

 それも今まで見たことがない速度での復元。

 何事もなかったかのように、女は大地に突き刺った剣を引き抜き、切っ先をこちらへ向ける。


「錬金人形? 何のことかわからないわね」


 どんな表情でこの言葉を口にしているのか想像もつかない。

 だが、これで異常な魔力を持っている理由について得心がいった。


「――――その魔力は、強欲竜アワリーティアのものということか」


 異常なまでの魔力、それも禍々しい理由は、アワリーティアの魔力をこの器に使ったということだ。

 ヘルアーティオを用済みにしてまで、この人形に使った理由で考えられるのはただ一つ。

 こいつは生前、俺に匹敵するような魔法力を持っていたということだ。

 それも、禍々しいアワリーティアの魔力を、完全に掌握できるほどの魔法力を。

 それゆえ、通常ではありえない魔力を全身に流すことができ、錬金人間の肉体もそれに適応した。

 そんな人物がいたことに興味が湧く。


「聞いていたよりも強いのですね。アルス並みに魔法も使えて、ダラスよりも剣技が上だなんて、世界は広い」


「アルスだと?」


 女が口にした言葉に違和感を覚える。

 同時に、錬金人形を形成する重要なファクター、この女を知っている人物がいなければ、この女はここまで動けない、という事実に背筋に冷たいものが走る。


 どうして、この錬金人形は動けるのか、アルスを呼び捨てにするのか、その疑問が頭の中を駆け巡る。

 魔力感知で魔力を感じることはできなくとも、視線があるかどうかはわかる。

 その視線を一切感じないということは、少なくともこの場にいたとしても、女を監視していないということだ。

 当然、それでは目の前の女が動いている説明がつかない。

 ヴルムス王国では、トラップ式の単純な思考ならできる自立型がいたが、これは全くの別物だ。

 完全に生身の人間と同じ思考をしている。


「仮面の下に、どんな顔があるのか見たいところだが、悠長なことは言っていられないか……」


 油断していると足を掬われかねないため、全属性無効魔法で、一気に終わらせるのが無難だろう。

 俺が剣を鞘に戻すのを見るや、女も同じように剣を収めた。

 どうやら、俺と同じ条件で勝負する気らしい。

 全属性無効魔法は触れさえすればよく、こちらとしては好都合だ。


「両手に全属性無効魔法効果を付与するなんて、ますますアルスそっくりね」


 女は俺の魔法を一瞬で見破り、淡々と言ってのけた。

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