第128話 奴隷、王宮の異変に気づく

「まさか、空気に触れると光る仕掛けだなんてビックリよ」


 アイネスは鈍い光を発する地下通路の壁を見ながら、常に水を排除し続ける。

 光ってるとはいっても、人がやっと一人通れるくらいの狭く薄暗い通路だ。

 そこをただ静かに、延々と歩いてゆく。

 その間、後ろを歩くフィーエルは一言も発さない。


「…………」


 アイネスもそのことに気づいてはいるが、あえて触れないでいるように思える。

 フィーエルも、俺が偽アルスと戦うことになれば、俺がどういう行動に出るかはわかっているのだろう。

 何だかんだ言っても、今の俺がフィーエルと出会ったのは最近のことであり、偽アルスといた十七年と比べれば雲泥の差だ。


「もうすぐ出口みたいだから言っておくけど、もしフィーエルに危害が及びそうなら、アタシは躊躇なくフィーエルを連れ帰るわよ。フィーエルがどれだけ抵抗しようと、アタシの全力でもってね」


「それで問題ない。フィーエルもアイネスに従うんだぞ」


「……嫌です」


 足が止まったフィーエルは、逡巡したあと、もう一度小さな声で答える。

 震える両拳とは違い、その瞳は固い決意に染まっており、一切揺らぐ様子はない。


「わがまま言わないのっ! アタシは多少怪我をさせてでも撤退させるからね」


「アイネスも、ウォルスさんも、勘違いしないでください」


 フィーエルは覚悟を決めた顔つきで、フードを取り払う。


「私はウォルスさんから、二度と離れないと誓いました。それは、王宮にいるアルス様に対しての、覚悟でもあるんです。だから、私がどういう目に遭おうと、お二人がどういう最期を迎えるのか、この目に焼き付ける義務があるんです」


「……わかったわよ」


 アイネスは眉間を押さえながら、観念したように呟く。


「ウォルス、何が何でも勝ちなさい。負けたら許さないわよ」


「負けるつもりは毛頭ないんだがな……」


 それにしても、負けたら助けるどころか許してもらえないとは……頭の痛いところだ。

 ダラスが傷を負って逃げてきたという話からも、追手も相当な手練がいるとみていい。

 きっと俺の知らない、特別な力でもあるに違いない。


「ここが終わりのようね。上はどこの井戸に繋がっているのかしら」


 アイネスが行き止まりとなった通路から、上を見上げる。

 見上げた先も薄暗く、外ではないことだけはアイネスにもわかっているのだろう。


「礼拝堂の泉だ。礼拝堂には誰もいないだろうが、俺たちは侵入者だからな、一歩外に出れば、かつての部下も全て敵だ」


 親衛隊に追われた時のことを思い出しているのか、薄暗い中でもフィーエルの顔色が優れないのがわかる。


「――――ん~それだけど、王宮には誰もいないんじゃないかしら、いえ、一人はいるわね」


 アイネスは地上を指差し、はっきりと口にした。さらに、「アンタも魔力を探ってみなさいよ」と迫ってくるため、言われたとおり抑えていた魔力を解放し、魔力感知範囲を広げる。


「――――どういうことだ、本当に一つしか感じないが……なんだこの魔力は……」


 中庭にたった一つだけ存在する、微細な魔力。

 抑えてはいるようだが、完全には抑えられてはいない。

 漏れ出しているのはほんの少しの魔力のようだが、それでも禍々しく荒れ狂う異質な魔力だということは感じられる。


「……気分が悪くなります……」


 フィーエルは自分の両腕を抱きしめ、小刻みに震えだした。

 悪寒が走るようなこの魔力は、イーラ、それ以上に、ヘルアーティオに近いものがある。


「これは、四大竜のもののようだけど」とアイネスは困った表情を作りながら呟いた。


「もう残ってるのは、怠惰竜イグナーウスしかいないぞ」


「王都は普通だったし、こんな場所にいるはずないのよねぇ」


 しかし、実際に残っている四大竜はイグナーウスだけだ。

 そうなると、王宮に魔力が全く感じられないのは、全員殺されたか、もしくは全員錬金人形になっているかだが……。


「フィーエル、相手がアルスじゃなかった場合、さっきの言葉は認められないからな。もしイグナーウスがいたなら、アイネスとともに引き返してもらうぞ」


「……わかりました」


「心配するな。イグナーウスが相手なら負けやしない」


 フィーエルに笑顔を向けると、さっきまで暗かった表情に、少しだけ明るいものが戻ってくる。


「四大竜相手に、そんな大口を叩けるのはアンタくらいね。それにアタシも否定できないのが恐ろしいわ」


「精霊ともあろう者が、たかが人間を化け物を見るような目で見るなよ」


「あら、ゴメンなさいね」


 アイネスがケロッと答えると、背後からフィーエルの吹き出す声が響く。

 かなり普段のフィーエルらしくなってきた。


「それじゃあ行くか。上のおかしな魔力を持った奴をこのままにしておくことはできないからな」


「アルスだったりしてね」


「……笑えない冗談はやめておけ」


 可能性として、なくはない。

 というよりも、俺が知らない錬金魔法を生み出したことを考慮すれば、排除はできない。

 慎重には慎重を重ね、俺が先陣を切って礼拝堂の地に足をつけることにした。


「しばらく使われた形跡がないな」


 礼拝堂の窓から入ってくる光は、中に舞う埃を照らし、何本もの光の柱を作っていた。

 至る所に降り積もった埃を指で拭う。


「昔は頻繁に使われてたのにねぇ。誰も使ってないなんて、この国はどうなってるのかしら」


 クロリナ教が廃れるということは、精霊に対する接し方も変わるということを意味する。

 セオリニング王国でアイネスが丁重に扱われたのは、それに起因していることに他ならない。

 それゆえ、アイネスは露骨に嫌な顔を作り周囲を見回しはじめた。


「もうすぐそれも解決するだろうし、今は気にするな」


「ここが残ればいいんだけどね」


 カーリッツ王国が滅ぶという意味か、それとも、物理的に国が残らないという意味か、どちらの可能性もあるため、恐ろしくてアイネスに尋ねることができない。

 刹那、唯一中庭に存在した魔力の存在が、魔力を激しく放出しはじめた。

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