第119話 奴隷、仕事が増える
「そのことについて、一つ意見を述べさせていただきたい」
誰からも声が上がらないため、ヒューゴ王子はそのまま話を続ける。
「合同軍に関して兵を出すのはかまわないのですが、どうして犠牲が増えるであろう合同軍で向かい打たなければいけないのか。ヴィクトル王は、かの憤怒竜イーラを討伐したのですよ。ならば、今回もお任せするのが、最も被害が少なく効率がよい戦術だと思うのですが」
「そうですね、私もそれが引っかかっておりました。どうして自国の兵を危険にさらすような真似をしなければいけないのかと。兵を出す以外の方法でセオリニング王国を、ヴィクトル王を支援すればよいのではないのでしょうか」
アーリン女王がヒューゴ王子の意見に賛同し、第三の選択肢を示した。
ヒューゴ王子は何度も頷き、女王の意見を好意的に受け取っているのは間違いない。
ボーグの資料によると、七カ国会談では原則、過半数を得た意見が採択されることになっている。
これで三つのうち二つの案がセオリニング王国、俺にとって迷惑な案となってしまった。
セオリニング王国が合同軍にこだわっているのは、俺の力に頼ることなく、自分たちの力で解決しようとしていることに他ならない。
だが、今提示された選択肢はセオリニング王国だけでは達成不可能であり、俺の力が必須となる。
「その選択肢はない。余はどんな支援を受けようと、暴食竜にセオリニング王国軍のみで挑むつもりはないからだ」
はっきりと否定したヴィクトルだが、イーラを討伐したと聞いている者が、この意見で納得するわけはなく、ギスター王国のオルヴァートは鼻を鳴らしてこれを馬鹿にした。
「どうして挑まないのか理解に苦しみますな。紛い物は魔力も大してないのでしょう? 憤怒竜を討伐されたというのに、何をそんなに慎重になられているのか」
口調は丁寧だが、いかにも馬鹿にした態度でヴィクトルを挑発する。
しかし、ヴィクトルは涼しい顔で軽くいなしている。
「余ばかりが功績を上げるのはよくないであろう。それに紛い物とはいえ暴食竜ヘルアーティオ、今度も上手くいくとは限らぬ」
ヴィクトルの返答に、ルースータンは腹の肉を揺らして円卓を叩く。
「セオリニング王国の王ともあろう者が、そんな弱腰で我らにともに戦えと言うのか? 話にならんわ。カーリッツ王国に助力願うのを、そこまで拒絶するのも納得がいかん。ここは一度決を採り、全員の考えをまとめたほうがいいのではないか。アルス殿下に助力を願うか、ヴィクトル王に託すか、それとも犠牲を払う合同軍にするかを」
「仕方あるまい、そこまで言うのであれば、どの提案が一番よいか決を取りたいと思う」
ヴィクトルがそれぞれの提案を述べ、挙手を問う。
その結果――――。
合同軍はセオリニング王国とムーンヴァリー王国のみ。
ヴィクトルに任せるのはピスタリア王国、オッサリア王国、ルエンザ公国の三カ国。
アルスに助力願うのは、ゴーマラス共和国とギスター王国になった。
ヴィクトルが断ったというのに、三カ国がまだヴィクトルに任せようとしていることに首を傾げるしかない。
アルスは傷を負っていることがわかっており、最低でも一カ国、もしくは二カ国が合同軍に参加を表明するとみていたが、そう甘くはないらしい。
――――自軍に被害が出るのがそこまで惜しいのか、と三カ国の後ろに控える護衛に目をやった。
護衛につける者の力で、その国のおおよその国力は判断できる。
三カ国の護衛は冒険者でいう上位なのは間違いないだろうが、その中でも力があるのは、オッサリア王国の女護衛、レクーシャ・セルデンだろう。
おそらくボーグと同じ魔法剣士だ。
ボーグほどではないが、かなりの手練なのは魔力循環を見れば一目瞭然である。
他の二カ国はレクーシャよりは劣っているが、それでもギスター王国、ゴーマラス共和国の護衛に引けは取らない魔法師と剣士だ。
「陛下、発言の許可をいただきたいのですが」
俺がヴィクトルに耳打ちすると、ヴィクトルの口角が微妙に上がった。
「許可する。ウォルスよ、余の代わりに発言するがよい」
一護衛の俺がヴィクトルの代わりに話すということで、全員の視線が俺へと集中する。
国力が劣るわけでもない三カ国のうち、何カ国がこちら側に回るかが問題だ。
一番困るのが、ゴーマラス王国とギスター王国のどちらかが考えを改め、セオリニング王国に任せる選択をした場合だ。
いくら紛い物のヘルアーティオといえど、セオリニング王国だけで倒せるかはわからない。
動きが派手になる分、アルスにも筒抜けになる恐れがあり、俺が協力しなければいけなくなる事態だけは避けたい。
「我がセオリニング王国に任せるという選択肢は、陛下が拒否された以上、選択肢として適切ではありません。仮に我が国のみで討伐へ赴き、万一暴食竜の討伐に失敗した場合、残った国だけで討伐しなければならなくなりますが、それは可能なのでしょうか? 私の見立てでは、ここへ帯同された護衛の方の実力は話にならないレベル、全滅も免れないかと」
呆気に取られたのか、しばし無言の時間が流れる。
だが、突如オッサリア王国のヒューゴ王子が円卓を拳で叩き、ギスター王国のオルヴァートは立ち上がって俺を睨みつけてきた。
「ヴィクトル陛下、この無礼な護衛を下げていただきたい! このレクーシャ・セルデンはオッサリア王国の至宝であり、貴国のボーグ・マグタリスにも匹敵する実力を持っているのは間違いない。それをこのような侮辱を受けるとは、目に余るものがあります」
「彼は我がギスター王国序列一位の騎士、ティアーノ・フェイルーラを知らないと見える。その発言をするということは、覚悟はできているんでしょう?」
ヒューゴ王子とオルヴァートは気勢を上げるが、その後ろの二人は微動だにしない。
いや、正確には動けないといったほうが正しいだろう。
特に普段は魔力を感知できないであろう、ギスター王国の剣士であるティアーノ・フェイルーラにも感じられるほどの、圧倒的な魔力を俺が練っているからだ。
「どうしたのだティアーノ! いつもの気迫はどこへいった! 相手はボーグ・マグタリスではないのだ。あの程度の小僧、お前なら簡単に捻り潰せるだろう」
「無茶を言わねえでくれよ。あんな化け物相手にできるわけねえ……剣士の俺でもわかるほどの、何かを持ってるんだぞ……」
ティアーノ・フェイルーラの言葉を聞いた各国の要人は、背後に立つ各々の護衛へと顔を向ける。
護衛は全員黙って頷き、ティアーノ・フェイルーラの言葉を肯定してみせる。
当然、オッサリア王国の至宝、レクーシャ・セルデンも整った顔を歪ませた。
「くっ……」
ヒューゴ王子は円卓に乗せていた拳を解くと、椅子にもたれかかった。
「護衛の方々にはご理解いただけたようで何よりです」
俺の言葉に、全員渋い表情を作るが、ただ一人、ゴーマラス共和国のルースータンだけは違った。
怪しい笑みを浮かべ、何か悪巧みを思いついたかのような表情へと変わってゆく。
「憤怒竜イーラを討伐したと聞いてから、ずっと疑問だったことが今解けたわ。そうかそうか、その者の力だったのだな」とルースータンは嫌味を込めた、陰湿な物言いで俺を見つめ、さらに話を続ける。
「しかし、ヴィクトル王は我らの協力だけでは飽き足らず、我らにも痛みを強いることで、やっとその者の力を同盟のために使うというのだからやってられん。セオリニング王国のみで行く気がないのも、既に憤怒竜で得た功績で十分、さらに我らの戦力を削る目的があるのやもしれん」
ルースータンの言葉に、さっきから黙り込んでいたギスター王国のオルヴァートが、息を吹き返したかのように瞳に力を戻してゆく。
「やはりルースータン殿が推したように、アルス殿下に助力願うのが一番と思うのですが、どうでしょう。もしカーリッツ王国が突っぱねた時は、合同軍というのが一番痛みが少ないように思われますが」
オルヴァートが、再び決を採るようヴィクトルに迫る。
セオリニング王国に託すが、その前にアルスに助力願う。
ただアルスに助力願う場合より柔軟になった分、選択肢として一歩有利になったのは間違いない。
「わかりました。オッサリア王国はまず、アルス殿下に助力願う提案に乗りたいと思います」
「……ピスタリア王国は合同軍の提案に乗りたいと思います」
アーリン女王の答えが意外だったのか、ヒューゴ王子は目を見開いてアーリン女王を凝視した。
その視線に気づいたアーリン女王は、無感情なまま見返す。
「カーリッツ王国が強襲された時に討伐できなかったことから、もう力が衰えてらっしゃるのではないでしょうか。それに、私たちのような西方からの救援要請に応えるかも未知数。どのような条件をつけられるかもわからないなら、私は最初からその選択肢を採る道は選ばない。私は無駄なことが嫌いなだけ」
これで三対三。
残るはルエンザ公国、マウロ・サイレスの判断にかかっている。
この会談で最年少であるマウロ・サイレスへ、厳しい目が向けられる。
「僕は……戦うのが怖いです。アルス殿下に助力願えるのなら、それが一番いいんじゃないかと」
それを聞き終えた瞬間、ルースータンの笑い声が部屋中に響き渡った。
「これで四対三、アルス殿下に助力願うことに決まりだな」
ルースータンはそう叫んで立ち上がるなり、「カーリッツ王国に赴くのは、我ら四カ国からの使者ということでよろしいな?」と完全に会談を切り上げにかかる。
このまま、
勝手な行動をされるくらいなら、多少情報を流すのはやむを得ない。
「――――アルス殿下に関して、まだ伝えていなかったことがあるのですが」
俺が場の空気を断ち切るように発言すると、ルースータンとオルヴァートが睨みつけてきた。
「護衛風情がまだ何か用があるというのか」
「立場をわきまえてもらいたいですね」
「採択されたものに口を出すつもりはありません。ただ、アルス殿下は邪教と関係があると疑いが持たれています。ですので、カーリッツ王国へは私も同行させていただきたいのです」
俺の言葉で、オッサリア王国のヒューゴ王子と、ルエンザ公国のマウロ・サイレスの顔色が変わる。
しかし例によって、ルースータンとオルヴァートの二人は引き下がる様子を見せない。
「急に何を言い出すかと思えば、アルス殿下が邪教と関係があるだと? さっきは紛い物の暴食竜を蘇らせたのが邪教と言っておったではないか。カーリッツ王国はその紛い物に襲われたのだぞ」
「今さら、そんな戯言を信じるわけがないでしょう。何が狙いかは知りませんが、セオリニング王国は交渉が上手くいかなかった場合に備え、準備をしておくだけでよいのですよ」
「この情報は南の大陸、エルフからのものなので間違いありません。紛い物とはいえ、生き返ったように見せる特殊な魔法です。魔法に長けたエルフの民以上に、信用のおけるものはないでしょう」
エルフの名を出した途端、二人の表情が一瞬で曇る。
「……エルフがセオリニング王国と繋がりがあるというのか。たとえそうだとしても、それを今になって言い出した貴様のような奴を帯同させるわけにはいかん」
「エルフは本来、人間の国と距離を置く種族ですよ。それをその言葉だけで信用する者などいない。アルス殿下が危険だと言いたいのなら、心配はいりません。我がギスター王国からは、このティアーノ・フェイルーラを派遣すれば済むこと」
ゴーマラス王国も護衛のカナル・アルジェントを派遣すると続き、ルエンザ公国、オッサリア王国も、後ろに控える護衛を派遣すると言い出した。
それを聞き終えたルースータンは、勝ち誇った顔で俺の前まで歩いてくる。
「各国の最高戦力を出すのだ、これで何も心配することはあるまい」
心配は大いにあるが、これ以上の忠告は受け入れなそうなうえ、セオリニング王国との関係をこじらせるだけにしか思えない。
総合的に判断して、今後は単独で動いたほうが良さそうだ、とここは黙って引き下がることにした。
「わかりました。陛下もよろしいですね」
ヴィクトルは神妙な面持ちで頷き、解散の言葉を告げた。
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