第118話 奴隷、会談に出席する

 翌日は、早朝から王宮内が慌ただしくなった。

 国境へ出払っていた兵が戻り、会談に向けて急ピッチで準備の最終段階に入ったためだ。

 要人は既に王宮内へ入り、塔の最上階にある各待合室へ割り振られていた。


「昨日の資料を見る限り、会談には要人と護衛が一人ずつのようですが、どうして相談役の私が陛下の護衛も兼ねているのでしょうか」


 俺はヴィクトルと二人きりになった待合室で、一つだけ引っかかっていた部分について尋ねた。

 相談役ということで、てっきり別枠で話を聞くのかと思っていたのだが、完全にセオリニング王国の人間に偽装して参加することになっていたからだ。


「ウォルス殿、今からそんな話し方になる必要はない。もっと気楽にしてもらってかまわぬ。何と言っても、そなたは余を守り、国を救った救世主と呼べる存在なのだからな」とヴィクトルは大仰に笑ってみせる。


「だったらはっきり言わせてもらう。本来、ボーグが立つべき位置に、どこの素性の者かもわからない俺が立っていれば、それだけで周りからの警戒が上がるだろう」


「ボーグの代理、もしくは、副戦士長ということにでもしておけば問題なかろう」


 前々から気になっていたが、このヴィクトルという男、良く言えばおおらか、悪く言えば大雑把なところがある。

 今回は俺に片足を突っ込ませるために、最初からボーグの代わりに参加させる魂胆だったのだろう。


「では、代理ということにしてもらう」


 ヴィクトルが満足そうな顔になるのと同時に、扉がノックされる。


「準備が終わったようだ。余の右腕として頼むぞウォルス殿」


「ああ、やれるだけのことはやらせてもらう」




       ◆  ◇  ◆




 会談の場は、待合室と同じ、塔の最上階にある大広間で行われる。

 窓の外に広がる王都の風景は、この場所が地上から遠く離れた、逃げ道のない絶海の孤島と化していることを強く意識させるものだ。

 ここに近づく者は、すぐに察知されるばかりでなく、逃げるのも困難を極める。


「全員集まっているようだな、では始めようか」


 ヴィクトルに付いて入った大広間には、大きな円卓があり、既に各国の要人が座り、背後には護衛の者が目を光らせていた。


 ここに集まっている要人と護衛は、ボーグの資料から既に頭に入っている。

 もう一度、頭の中で国と要人を整理してゆく。


 ゴーマラス共和国――――元首、ルースータン・ルイセンコ。

 ギスター王国――――辺境卿、オルヴァート・リンドマン。

 ルエンザ公国――――大公、マウロ・サイレス。

 ピスタリア王国――――女王、アーリン・エメット。

 オッサリア王国――――第一王子、ヒューゴ・スターキー。

 ムーンヴァリー王国――――第一王子、レブレヒト・ヴィスマイヤー。


 俺が護衛だとわかった途端、全員の目が怪訝なものになり、俺を品定めするように上から下までじっくりと観察してきた。


「やあヴィクトル、今日はボーグじゃないんだね。もしかして逃げられた?」


「ボーグには違う任務を与えている。これはその代理のウォルスだ。実力はボーグ以上と言っておこう」


「またまた、あのボーグより上だなんてあるはずないっしょ」


 ヴィクトルに軽口を叩いているのがムーンヴァリー王国の王子で、ヴィクトルの従兄弟のレブレヒト・ヴィスマイヤーだ。

 年齢はヴィクトルと大して変わらないだろうが、力の抜けた態度は対極と言っていい。

 この場に集まったムーンヴァリー王国以外の国も全て、俺の記憶にある国で国力もほぼ記憶している通りのため、目の前の連中に集中するだけでいいことになる。


 レブレヒトは後ろで待機している、この場で最も年齢が高い老齢の剣士護衛、コスタ・ネスレーゼに向かって、「爺もそう思うだろ? あのボーグより強いだなんて、信じられるわけないよね」と投げかけた。


 コスタ・ネスレーゼは黙って頷くと、俺を無機質な瞳で見つめてくる。

 齢七十二歳で現役の剣士ということには頭が下がるが、どうやら、俺の実力を見極めるだけの目はないらしい。

 レブレヒトが軽口を叩いているのを黙って見ていた要人のうちの一人、オッサリア王国の王子、ヒューゴ・スターキーが突然立ち上がる。


「今はそんな話をしている場合ではないはず。ヴルムス王国を壊滅させた、あの暴食竜について話し合いをするために集まったのでしょう」


 円卓に両手をつき、真剣な顔で話すヒューゴ王子は、生真面目な性格がこれでもかと滲み出ている。


「暴食竜だなんて、あれは過去にカーリッツ王国のアルス殿下が討伐なさったのでしょう。何かの間違いではなくて?」


 ヴィクトルの真正面に座るピスタリア王国の女王、アーリン・エメットは氷のように冷たい声音で、呟くように発言した。

 その発言に追従するように、円卓で一人ビクついていた少年が手を挙げる。


「アーリン殿下のおっしゃるとおり、ぼ、僕もヴルムス王国を滅ぼした竜が、暴食竜だとは思えません」


 この少年はルエンザ公国の大公であるマウロ・サイレスだが、あまりに頼りなく見え、本物なのかと疑いの目を向けてしまう。

 だが、この二人の発言は尤もなことで、暴食竜が生きているわけはなく、本当は何なのかという疑問は全員持っているのは間違いない。


「そのことで、余から話がある」とヴィクトルが張りのある声で注目を集める。


「あれは邪教徒が、暴食竜の骨から蘇らせた紛い物なのだ。魔力が相当少ないため、魔法は使えぬようだが、その代わりほぼ不死身に近い」


 数瞬の間ののち、今まで黙っていたギスター王国の貴族代表、オルヴァート・リンドマンが狡猾そうな顔を歪めて笑い出した。


「これは面白いことをおっしゃる。まさか、不死身などという話を信じておられるのか? それに邪教がそんな力を持っているなど聞いたこともない。そうではありませんか、ルースータン殿」


「そうだな、そこまで厄介なものならば、やはり我らが推しているように、アルス殿下に助力願うのが一番だろう。先日も、その不死身の暴食竜を退けたというではないか」


 ギスター王国のオルヴァート・リンドマンの言葉に同調したのは、ゴーマラス共和国の元首、ルースータン・ルイセンコだ。

 ルースータンは大きな腹の一部を円卓に乗せながら、不敵な笑みを浮かべる。

 この二カ国がアルスに助力願うという、ふざけた提案をしている国であり、セオリニング王国の足を掬おうとしている国だ。


「だから、そのアルス・ディットランドも傷を負ったという話っしょ。だから合同軍で攻めるべきだって提案してるんだけどね」


 レブレヒトが円卓に肩肘を突きながら、億劫そうに言い放つ。

 だが、その意見に真っ先に反応したのはゴーマラス共和国でもギスター王国でもなく、一番常識がありそうに見えた、オッサリア王国のヒューゴ王子だった。

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