第120話 奴隷、二度目の戦いへ意欲を示す1/2

 各国の要人、護衛が退室した部屋で、ヴィクトルと二人になった俺は天を仰いだ。

 結局のところ、アルスという餌で釣られ仕方なくやってきたわけだが、この会談での俺の役割は、いざという時の保険であり、それにまんまと乗る形で終わってしまった。


 合同軍が採択されれば、俺は御役御免となったわけだが、それが叶わなかった以上、保険として俺が動かなければいけない。

 問題はこの顛末を、セレティアにどう報告するかだ……。


「やはりこうなったか――――まあ仕方あるまい。最初から合同軍の分が悪いのはわかっていたのだ」


「セオリニング王国としてはそれでいいかもしれないが、こちらはそうはいかないからな」


「本当にアルス・ディットランドと邪教は関係があるのか」


「俺が調べた限りでは、ほぼ確定事項だ」


「そうか――――それは困ったものだな。東の大国、余の国では直接手を出すこともできぬか」


 ヴィクトルは気を利かせたのか、部屋に俺だけを残し、一人部屋から出てゆく。

 さらに静かになった部屋で椅子に座り、今後について、いくつかの選択肢を絞り出す。


 四カ国の代表、あの護衛の後をつけ、アルスを暗殺する。

 この場合、俺の姿を誰にも見られるわけにはいかない。

 セオリニング王国、延いてはユーレシア王国を危険に晒すことに繋がり、魔法の研究ができなくなる恐れがある。

 そういう意味では、暗殺はかなり強引な手段となる。


 では、この代表が錬金人形にされるのを防ぐために、こいつらを暗殺するのがいいかとなると、話はそう単純ではない。

 護衛の四人は、各国で一番力があると言っていい。

 そんな者が四人揃って殺られることはまずない。

 仮に殺された場合、ここで力の片鱗を見せた俺に疑いの目がかかってもおかしくはない。


 何が一番いい選択なのか、と考えている矢先、扉がゆっくりと開く音が響いた。


「その様子じゃ、納得のいく会談にはならなかったようね」


 こうなるのがわかっていたかのように、セレティアはやれやれといった表情で部屋に入ってきた。


「完全に失敗だ。ゴーマラス、ギスター、ルエンザ、オッサリアの四カ国の代表がアルスの下へ行くことになった。避けたかったんだが、どうにもセオリニング王国と関係がよくなくてな、合同軍は一番最後に回された」


「不可侵のためだけに、同盟を結んでいる国もあるでしょうね。それで、ウォルスは次の一手に困ってるわけね」


 セレティアは円卓の真正面の席に座って両肘を突き、俺の返事を楽しそうに待っている。

 まだ解決策を決めかねていたため、無言の時間が永遠のように感じられる。


「まあ、そうだな。国が絡むと自由に動けないからな」


「だったら、もうその原因を取り除けばいいじゃない」


「原因?」


「そう、原因はヴルムス王国を滅ぼしたヘルアーティオでしょ。イーラを討伐したウォルスなら可能だと思うのだけど」


 あっけらかんと話すセレティアは、紛い物とはいえ、ヘルアーティオの力を甘く見ているとしか思えない。

 属性無効魔法は、流石にあの巨体全てを破壊できはしないだろうし、既に対策を取られている可能性もある。


「そんなに都合よく事が運ぶとは限らないぞ」


「大丈夫よ、わたしは信じてるわ」


 様子がおかしい……。

 以前のセレティアなら、こんな無謀なことを言うことはなかった。

 変わったといえば、アイネスと二人きりにしてからだろうか。


「アイネスから、何か聞いただろ」


「べつに? 教えてはあげないけどね」


 セレティアは笑顔で答え、俺の追及をヒラリとかわす。

 アイネスが俺の過去をバラすとは思えない。

 神精界は相当危険な場所だということで、そこを生き抜いた時のことを細かく説明した結果だと思いたい。


「……確かに、セオリニング王国のことに気を取られていたが、ヘルアーティオの居場所がわかるのなら、そちらを消したほうが話は早いか。アルスのことはそのあとで問題ないからな」


 つい、アルスのことを漏らしてしまう。

 だが、セレティアは「でしょ」とニコニコしながら答えるだけだ。

 俺がアルスと戦うのも承知している、とでも言いたげだ。

 今までセレティアに対し、アルスが怪しいとは言っていたが、直接手を出すことは口にしていないはずだ。

 セレティアは椅子から立ち上がり、俺に背を向ける。


「それじゃあ方針も決まったようだし、あとは行動するだけね」


「俺がアルスと戦うのを知っているような反応だな」


「ま、まあ、そのへんはアイネスからね」


 それだけ言い残し、逃げるように部屋から出てゆくセレティア。

 その後姿に、思わず笑いがこみ上げてきた。

 アイネスはセレティアを助けるために、俺がアルスを倒すことを呑んだことを話したに違いない。

 フィーエルに手を出したアルスを許さない、というアイネスの個人的な理由ならこれ以上のものはないだろう。


 俺の強さはイーラ討伐と神精界で証明され、アルスを倒すことに関しても、しっかりとした理由が加わったということだ。


「これで動きやすくはなったか……」


 邪教殲滅の名目では、大国であるカーリッツ王国やアルスに直接手を出す機会を得られなかったが、これで大手を振って事に当たることができる。

 しかし、だからといって確実に勝てると決まっているわけではない。

 イルスでさえ、俺が知る力を大きく超えていた事実があり、油断をすれば今の俺でもどうなるかわからない。


「まずはヘルアーティオだな」


 先のことばかり考えていては足を掬われる、とまずは目の前のヘルアーティオにだけ集中することにし、俺も椅子から腰を上げた。

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