第70話 世界、動き出す

 強欲竜アワリーティアが討伐されてから三十日後、その話は遠く離れた西の大国、セオリニング王国にも伝わっていた。

 ただの噂にすぎなかった四大竜の一角の消失は、各国の調査隊によって事実だと確認され、セオリニング王国の若き王、ヴィクトル・ブリッジバーグの耳にも届いていた。


 齢十三にして王位を継いだヴィクトル。

 特に秀でたものを持ち合わせない若き王は、東の大国、カーリッツ王国の昨今の凋落をセオリニング王国の未来に重ねていた。

 目立った偉業も成し遂げられず、手にした王位。


 それゆえ、年々冒険者の官吏希望者が減り、質も下がったのは、全て自分のせいだと思い込む日々だった。

 そこへ舞い込んだ吉報。

 それこそが、セオリニング王国を建て直す、唯一無二にして最高の好機に成りうると、彼は判断した。


「陛下、憤怒竜イーラを討伐するため、リヴェンデール卿が冒険者を集結させているようですが」


 真っ赤な玉座に座る、若き王の前に跪く王国戦士長、ボーグ・マグタリス。

 彼は冷静に、感情を表に出さず、ゆっくりと口にした。

 王族の血が流れる大貴族であるリヴェンデール卿は、野心家であり、その息子は問題児で知られている。

 そのリヴェンデール卿が、今の王家の座を狙っていないわけがない。


「余の耳にも届いている。今は強欲竜アワリーティアが討伐され、イーラ討伐に皆の意識が一つになれる絶好の機会だというのに、教会がその討伐に及び腰なのが問題なのだ。リヴェンデール卿に先を越されたのは癪ではあるが、余もクラウン制度に倣い、今こそ動く時だと思うのだ」


「お待ちください、陛下。御身は既に国を統治するお立場。クラウン制度に倣うということは、国を離れることに他なりません。その間、誰が政を行うというのです」


 ヴィクトルの突然の告白を、ボーグは正論でもって反対してみせる。

 だが、ヴィクトルはその意見を、笑って流した。


「余が何をしているというのだ? 今は父がやっていた政をそのまま引き継ぎ、ただなぞっているだけにすぎぬではないか。そんなものは余がいなくとも、相談役のベルゴーシュにでもさせておけばよい」


「ですが――」


「しつこいぞボーグ。余がこのままで、このセオリニング王国の栄華が続くと本気で思っているのか。近いうちに、カーリッツ王国のように凋落するのは目に見えている」


「それでは、具体的な策がおありで? 憤怒竜イーラ討伐は甘いものではありません。我が国の戦力を以てしても、無理だとわたくしは考えております」


 ヴィクトルは玉座から腰を上げ、何も言わずテラスへと出てゆく。

 ボーグもその後ろを付いてゆき、テラスから広がる広大な街並みを見下ろした。


「倒す策などない。元より、余が倒せるとは思ってはおらぬ」


「では、どのような方法で偉業を成し遂げるおつもりなのですか」


「冒険者の中には未だ、どの国の要請にも乗らない高潔な志を持つ者も多いと聞く。余はその者たちを直接迎え入れにいくのだ。余の偉業、それはイーラ討伐をした者を、このセオリニング王国に迎え入れるというものだ」


「ですが、有力な冒険者には、既に声をかけた経緯があります。イーラを討伐できるほどの実力がある者はいませんし、仮にいたとしても、今さら我が軍、王国に所属することに、縦に首を振るとは思えません」


 ボーグはヴィクトルを止めるためではなく、事実をただ羅列しただけにすぎない。

 ヴィクトルが求めている者は、イーラ討伐の偉業を成し遂げ名声を得るであろう、高潔な志と実力を兼ね備えた者であって、討伐のおこぼれに預かる者ではない。


 それはつまり、セオリニング王国の名に釣られるような者は論外であり、討伐後に声をかけていては手遅れになることを意味している。

 ボーグは頭を抱え、天を仰いだ。


 目の前の若き王が口にしていることを、偉業として成立させるためには、最低でも一つのパーティーでイーラを討伐できるほどの実力があり、且つどこにも所属していない必要がある。

 それも討伐前にそれを見つけ出し、こちらに引き込まなくてはならない。

 不可能、その言葉しかボーグの頭には浮かばなかった。


 そんなボーグを横目に、ヴィクトルの口角が少し上げる。


「ボーグ、そんな顔をする必要はない。あのアワリーティアを倒したのも、見たこともない竜だという話ではないか。そんな事が起きると誰が予想できたか、答えてみよ」


「恐れながら、それとは話が全く違います。陛下がおっしゃっていることは、偶然に偶然を重ねたうえでの他力本願。我ら自ら憤怒竜イーラを討伐するのと同等程度には、難度が高いと申し上げても過言ではございません」


「ボーグよ、そなたはエディナ神を信じているか」


 この場で突然、信仰心について尋ねられるとは思っていなかったボーグは、一瞬慌てたものの、首から下げたエディナのクロスを取り出し、しっかり、信じているに決まっております、と答えた。


「余もそうだ。だからこそ、セオリニング王国を建て直さねばならぬこのタイミングで、強欲竜アワリーティアが討伐され、憤怒竜イーラを討伐するために冒険者が集まるというのも、エディナ神の導きによるものだと思うのだ。こんな偶然が重なることなどあるまい」


「それはそうなのですが……しかし、だからといって、また奇跡が起きるなどということは」


「そう心配するでない。誰よりも信仰心が厚い余を、エディナ神が見捨てるはずがなかろう」


 自信を見せるヴィクトルは、眼下に広がる王都に前に両手を広げ、天に祈る姿勢になった。


「北のヴルムス王国も、何やら慌ただしくなっている様子。これこそ天が余に味方している証。ボーグが心配しているように、万一奇跡がなければ、皆とともに討つだけだ。仮に討つことが叶わねば、憤怒竜イーラはその怒りを二〇〇年前同様、このセオリニング王国の地にまで向けることだろう。当然、その対策もしてゆくつもりだ」


「それならばよいのですが……それで、誰を同行させるおつもりでしょうか」


「そなた以外は、魔法庁長官のリンネ・ピンネワークスにするつもりだが、何か問題はあるか?」


「従者がたった二人とは、あまりに無謀かと思われます。せめて奴隷護衛をあと数人入れ、御身の盾にするべきかと」


「そのようなものは必要ない。そなたと、リンネの力を信じている」


「ありがたきお言葉。このボーグ・マグタリス、命を賭して陛下をお守りいたします」

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