第71話 奴隷、イーラ討伐へ出発する

「はぁあああアアアッ!」ネイヤの気合が入った声が響き渡る。


 今までの三倍近い速度まで加速した一撃が、俺の脳天目掛けて振り下ろされた。

 遠慮なんてものは一切ない、鍛錬というには程遠い、殺気が込められた一撃だ。


「かなりモノになったようだな」


 俺もそれなりに力を入れた剣で受け止めると、硬く強化された大地に足がめり込む。

 以前のものとは比ぶべくもない重さ、短期間でネイヤがモノにした剣技だ。

 だが、一撃を放ったあとの防御がなっていない。


「かはぁッ!」


 ガラ空きになった腹部に強めの前蹴りを入れると、ネイヤからうめき声が漏れる。


「全力で振るのはいいが、その後の動作がついていっていない。目の前のことに必死すぎだ」


 申し訳ありません、と口にして、ネイヤはそのまま地面に片膝を突き、呼吸を整える。

 時間はあまり残されてはいないため、かなり無茶な鍛錬を施したが、これ以上はネイヤの負担が大きすぎるかもしれない。と俺は暫し休憩を入れた。


 錬金人形は人と同じ行動をしていた。

 魔素を食事で取り込み、魔力に完全に変換するには睡眠も必要となるはずだ。

 それがあのヘルアーティオにも適用されるなら、アワリーティアから奪った魔力を自らのものにするには、ヘルアーティオの睡眠間隔である数十日が、憤怒竜イーラ討伐までのタイムリミットということになる。


「今日は、このくらいにしておくか」


 俺の言葉にネイヤは首を横に振りながら、「いえ、まだやれます」と息も絶え絶えに言う。

 まだ立ち上がれないでいるネイヤの背後の木から、あいつが楽しそうな顔を覗かせた。


「やあやあ、原始的な鍛錬、頑張っているようだね」


「何の用だ、ヴィーオ。セレティアたちの鍛錬はどうした」


 ヴィーオは俺の質問に、余裕を含んだ笑顔を向ける。


「もう順調すぎて、予定の二等級魔法はほぼ網羅しちゃったからね」


「頼んでおいたように、防御魔法中心だろうな」


「それはもちろんだよ。ちょっと特殊なのも教えちゃったけど、使うことはないだろうし、問題はないと思うよ」


 ヴィーオが二人を鍛えている間、俺は邪魔にならないように、あえて二人には鍛錬について尋ねるようなことはしなかった。それが仇になったのかもしれない、と少し後悔した。

 ヴィーオが教えた特殊なもの……攻撃魔法は教えるなと言ってあるため、大丈夫なはずだが、ヴィーオの性格を考えるとろくでもない魔法のような気がしないでもない。


「それで、俺とネイヤの鍛錬を見学に来たわけじゃないんだろう?」


「そうそう、また新たな情報が入ってきてね。今、セオリニング王国ってところで、イーラを討伐しようって冒険者が集まってるらしいんだよ。面白い話でしょ!?」


「どうしてこのタイミングなんだ……イーラの習性を知らないわけじゃないだろうに」


 四大竜には、それぞれ習性がある。

 その中でも、憤怒竜イーラは周辺国にとっては一番厄介なものだ。

 一度手を出せば、数日はその攻撃性がなくならなず、今までも討伐して失敗するたびに、周辺国が甚大な被害に遭ってきた過去をもつ。

 近年ではそういった理由で、四大竜の中でも唯一、最初から討伐を見送られた経緯がある。


「あれは、触れちゃいけない子だから、手を出すなら確実に倒せる力がないと、周りが大変な目に遭うよね」とヴィーオは演技だと思えるほど大袈裟に言ってのける。


「少し早いが、鍛錬を切り上げるしかないな」


 俺が言うや否や、休憩していたネイヤが立ち上がった。


「お待ちください。私はまだ鍛錬が足りません」


「ネイヤ、悪いが時間がない。それに今のペースは、無理をしすぎだと思っていたところだ。休息を考えれば、ここで打ち切って出発するしかない」


「……そう、ですか」


 悔しそうに顔を伏せるネイヤは、深く息を吸い剣を鞘へと収めた。

 その表情はスッキリとしていて、わだかまりがないようにさえ見える。


「正直この短期間で、ここまで伸びるとは思わなかった。大したものだ」


「ありがとうございます。ですが、これではまだ足を引っ張るだけかと」


「そんなことはない。それはもうすぐわかるはずだ」


 どこまで強くなるつもりなのか知らないが、既に剣姫と呼ばれていた時の実力より、遥か上には達しているのは間違いない。

 それなのにまだ満足できないとなると、本気で俺に追いつくつもりなのかもしれない。


「そうそう、嫌でもイーラと戦うことになるんだから、結果はすぐにわかるよ」


 ヴィーオはプレッシャーにしかならないことを口走るが、ネイヤは何でもないように受け流しているため、俺は触れないでおくことにした。

 俺が言いたかったのは、他の冒険者と出会った時にネイヤ自身が気づくであろう、その実力の向上だ。

 ネイヤは俺しか見ておらず、一向に縮まらない差に、若干感覚が麻痺しているところがある。

 このまま他の冒険者、特に同じランクだった上位冒険者に出会った時に、その違いを実感できるはずだ。


「イーラが住む、ベルポソイ火山までは時間がかかる。すぐにでも出発する準備に入るから、ヴィーオ、船の準備を頼む」


「そう言うと思ってね、もう船の準備には取り掛かってるから夕方あたりには終わるかな。あとはウォルスくんたちの準備だけ」とヴィーオは子供のように得意げな顔をして笑う。


「仕事が早いな。明日には出るから、そう全員に伝えておいてくれ」



 翌早朝、砂浜に集まったのは、俺たち四人以外では二〇人のエルフとヴィーオだった。

 沖に停泊している船は、乗ってきた海賊船よりも立派なものだ。

 帆がなく、特殊な形状の船はエルフならではのもので、動力源はエルフの魔法頼りとなる。

 


「これなら、セオリニング王国に集まった冒険者に追いつけそうだな」


「そうね、そんな冒険者より先に行って、さっさとイーラ討伐の偉業を成し遂げるわよ」


 セレティアは魔法に自信を持ったのか、ギルド本部に行った頃のようなやる気を見せる。

 それなりの実力を付けてやる気を出すのもいいが、伝えておかなければいけない事実がある。


「セレティア、やる気を出すのは構わないが、別に俺たちが討伐する必要はないからな」


「どういうことよ。イーラを討伐しにいくんでしょ」


「いや、冒険者が集まるのなら、目立つわけにはいかない。俺たちは最後まで手を出す必要はない、ということだ」


「だからどうしてよ」


 不満をあらわにするセレティアを置いて、フィーエルやネイヤ、エルフたちが小舟に乗りはじめている。

 もうセレティアの扱いを理解しているようだ。


「簡単な話だ。イーラ討伐の偉業が伝わると、カサンドラの件もあって、ユーレシア王国が目立ちすぎる。偽アルスならこの二つから、俺たちが錬金人形に絡んでいると踏んでくるだろう。だから、冒険者がイーラを討つなら、それはそれで構わない。俺たちは冒険者がしくじった時のために、早めに切り上げただけだ」


「ということは、仮にわたしたちがイーラを討伐しても、表沙汰にできないってこと?」


「まあ、そういうことだ」


「そんな……あんなに頑張って鍛錬したのに……わたし頑張ったのよ、ヴィーオの鬼のような鍛錬にも耐えたのよ」


 魂が抜けたセレティアを脇に抱え、俺も小舟へと乗り込んだ。

 その様子を、ヴィーオは楽しそうに砂浜から見つめている。


「それじゃあウォルスくん、あとのことは頼んだよ」


「ああ、イーラは確実に葬る」


 ただ一人俺たちを見送るヴィーオを背に、船は北の大陸を目指し出発した。

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