第68話 奴隷、方針を決める
全員、呆気にとられた表情を見せたあと、一人の笑い声が部屋中に響いた。
それは俺の発言をバカにするものでも、批判するものでもない。
ただ純粋に、楽しんでいるだけのものだ。
「面白い! やっぱりウォルスくんは面白いね。ここでイーラを討伐しようと言い出すとは思わなかったよ」
「笑い事じゃないよ。あんたはこの男が何を口にしたのか、わかってるのかい」
「そうだぞ、ヴィーオ。この男は四大竜を甘くみている」
マリエルとキースは四大竜討伐に反対の意思を示すが、この二人を、ラダエルとホルバートは真っ向から否定した。
「私はウォルス殿に賛成だ。このままヘルアーティオの力を強くさせるわけにはいくまい」
「人間の意見と一致するのは癪ではあるが、わしもまずは、憤怒竜をどうにかしたほうがいいと思う」
「――――ということで、二対二で意見が割れたから、僕が決めるね!」
「待て、ヴィーオ、これはもう少し話し合いをしなければ」
キースが初めて焦った表情を見せ立ち上がるも、それを無視してヴィーオが話を続ける。
「僕はイーラを討つことに賛成だよ! これがエルフの総意で決定だ!」
「だから待てと言っているだろう。今は我々も疲弊し、数も減っているんだぞ」
「それなら問題ないと思うよ、ねえ、ウォルスくん」
俺が言い出したことのはずだが、いつの間にか、ヴィーオの手のひらで転がされているような気がするのは気のせいではないだろう。
ヴィーオは悪魔じみた笑顔を俺に向け、その言葉を今か今かと待っているように見える。
「それなら心配はいらない。討伐に関して、里の力を借りるつもりはないからな」
「ちょっと待って、それってわたしたちだけでやるっていうこと? 前に無理だって言ったのはウォルスのはずよ」
「正確には俺たちで、じゃない。俺一人で行く」
「何勝手に決めてるのよ。そんなの無理に決まってるでしょ、行かせないわよ」
「ウォルスさんが行くなら私も行きます。一人では行かせません」
「フィーエルまで何言ってるのよ、今なら、わたしでも四大竜に挑むのは無謀だってわかるわよ。確かに昨日のヴルムス軍に勝ったウォルスは凄かったけど、あのヴルムス軍でも四大竜には勝てないんだし……って、そのヴルムス軍に勝ったウォルスなら勝てる? あれ? そんなはずないし……」
セレティアが一人慌てる中、それを上回る勢いでこちらに駆け寄ってきた男がいた。
フィーエルの父親であるラダエルだ。
「フィーエル、お前が行く必要がどこにある。ここはウォルス殿に任せればよいのだ。私がどれほど心配していたか……これ以上、親に心配をかけることは許さぬぞ」
「お父さま、私はもう子供ではありません。それに、お父さまは命を救ってくださったウォルスさまに対し、義理を欠けとおっしゃるのですか」
「いやいやいや、誰も義理を欠けとまでは言っておらんだろう。お前ではウォルス殿の足を引っ張ると言っておるのだ」
「それとこれとは話が別です。それならもっと鍛え、力になれるようになるだけです」
「だがしかし……」
親の威厳など微塵も感じられない。
そんな情けないラダエルの姿を見てかは知らないが、キースが大口を開けて笑い出した。
「一人で憤怒竜イーラを討伐するなどと言っても、側にいたフィーエルにすら信用されていないではないか。人間が四大竜に挑もうなどと、無謀にもほどがある」
「キースくん、無謀かどうかはわからないよ。現に、アルス・ディットランドという前例があるんだから。それに、僕は彼一人で行かせるつもりはないよ」
「ま、まさかとは思うが、ヴィーオも行くつもりではないだろうな」
狼狽するキースに、口を抑えて噴き出したヴィーオ。
その目は、すぐさまセレティアとフィーエルへと向けられた。
「そんなわけないでしょ。そこのセレティアを鍛えてあげるんだよ。それと、フィーエルもね」
「おい待て、俺は一人で行くと言っただろ」
「ん~誰もそれを呑んだわけじゃないし、流石に一人で任せるほど、ウォルスくんは僕たちに力を認められたわけじゃないからね。ラダエルくんも、フィーエルが頑固なのはわかってるでしょ、もう諦めて僕に預けちゃいなよ。キースくんもそれでいいよね?」
「フィーエルは既に私の手元を離れている。誰に教わろうと、私が口を出す立場にはない」
ホッとした表情を見せるフィーエルは、残る一人、父親であるラダエルへと顔を向ける。
その顔はヴィーオやキースを味方に引き入れ、自分の正当性と自信に満ちている。
ラダエルは観念したようにその場で項垂れると、力のない声で、わかった、とだけ答えた。
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