第67話 奴隷、討伐宣言をする

 一番最初に建てられた建物、それは里で最も重要な施設である、評議会施設だ。

 ハイエルフであるヴィーオたちが里の方針を決める建物であり、そこに俺たちは集められた。


 木の香りで満たされた無駄に広い部屋には、ハイエルフのヴィーオ、マリエル、ホルバート、キース、それにラダエルの五人が集まっている。

 ヴィーオたちはその中央に置かれた円卓を囲み、その一角に俺たち三人も座ることになった。


「ヴィーオ、どうして人間どもを参加させるのだ。私は認めていないぞ」


 キースが俺たちを睨みつけながら、冷たく言い放った。

 マリエルとホルバートは、キースほど嫌悪している感じはしないが、それでも歓迎しているわけでもなさそうで、口出しする様子もない。


「キースくん、彼らはラダエルくんを救ったんだよ? それに、この件には深く関わってるんだから、参加して当然だと僕は思うけど」


「ならば、参加させるのは、そこの男一人でいいだろう。女を認めた覚えはない」


「キースくんは固いなぁ。セレティアは僕が指導することになったから、僕の弟子ということになるんだよ。ね、ウォルスくん」とヴィーオは俺に笑顔を向け、キースからは睨まれる。


 まだ返事はしていなかったというのに、既にしたことになっていることに俺は言葉を失い、そして、隣に座っているセレティアは驚きと困惑の表情を向けてきた。

 セレティアは俺とヴィーオを交互に見て口をパクパクさせるばかりで、一向に言葉を発しない。


「返事はしてなかったはずだが、まあそういうことにしておこう」


 ヴィーオが笑顔を返し、セレティアは怒りを爆発させるが如く紅潮してゆく。


「ちょっと、ウォルス。全然話がわからないわよ」


「里を復旧させたあとの話だ。ヴィーオの下で、セレティアには魔法を鍛えてもらう。それと、ユーレシア王国に魔法の指導者を送ってもらうことになった」


「指導者はいいとしても、そんなの……ウォルスが教えてくれればいいじゃない。一等級魔法も使えるんだから」


 セレティアは顔をプイと横へ向け、それ以上何も言わなくなった。

 従者である俺から教わることに抵抗があってもおかしくはなく、それ以前に、奴隷から教わることに抵抗がないともかぎらない。


「俺が使える属性で、セレティアの属性と被ってるのは水属性だけだからな。ヴィーオから教わるほうが効率的だ。フィーエルもそっちのほうがいいと思うよな?」


 俺から突然振られたフィーエルは落ち着いたもので、何事もなかったかのようにうなずく。


「ウォルスさんの言うとおりです。ウォルスさんは直感でやるタイプなので、教えるのは下手だと思いますよ。それに比べ、ヴィーオさまはセレティアさまと同じ四属性と光属性を足した、五属性を操れますから、そもそもウォルスさんとは比べ物になりません」


 ボロクソだった。

 フィーエルがここまで俺をボロカスに言うのは、初めてのことではないだろうか。

 嘘だとわかってはいても、ここまで遠慮なく話を合わせられる関係が、少し嬉しく感じられる。

 アルスとしてなら、立場上ここまでボロクソには言えなかったはずだ。

 それが功を奏したのか、セレティアからは、「ウォルスだものね、お世辞にも教えるのが上手いとも思えないわ。フィーエルの言うとおり、ここはヴィーオから教えを請うほうが利口というものね」などという暴言まで飛び出し、この話は着地点を見いだした。


「ということだよ、キースくん」


「……ヴィーオの考えることは、全く理解ができんな」


「キースくんに理解されたら、僕の存在意義がなくなっちゃうじゃないか」とヴィーオは笑顔を浮かべながら言う。「それで、マリエルくん、さっきの強欲竜アワリーティアの件だけど、どこの国の人間が討ったんだい?」


 四大竜の一角を担うアワリーティアが討伐されたとなると、本来なら吉報にしかならないはずなのだが、今もマリエルの表情は冴えない。


「アワリーティアを討ったのは、人間じゃないんだよ。情報によると、あのヘルアーティオって話でね」


 全員の呼吸が止まり、部屋全体が無音になる。

 それはあまりに予想外な答えであったため、皆、どう反応していいかわからないという顔をして周りの反応を確かめだした。


「そ、それは一応喜ばしいことではないのか? 何にせよ、世界の脅威が一つ減ったことには変わりない」


 ホルバートは頬を引き攣らせながら笑顔を作り、無理やり笑ってみせる。


「ホルバートの言うとおり、いくら我らの里を襲った紛い物だとはいえ、このまま怠惰竜イグナーウス、憤怒竜イーラも討ってくれればありがたい」


 キースは厳しい表情を作り、苦しそうにその言葉を口にした。

 だが、この二人の言葉にため息を吐いたのは、ヴィーオだった。


「本当にそうなのかな? ヘルアーティオを操っている者は、善意でやるような人物ではないように思うんだけどね。きっと別の目的があるはずだよ。結果的に、他の残った四大竜がいなくなったとしても、いなくなったことで得る利益よりも、何か悪いことが起きるような気がしてならないんだよ。君もそう思うでしょ、ウォルスくん」


 俺の反対側に座っているヴィーオが、ホルバートとキース、二人の意見を真っ向から否定すると、二人はその原因が俺にあるかのように俺へと顔を向けてくる。


「それなんだが、ヴィーオが言っていることが正しい」


「でしょ!」


 僕やったでしょ、という顔を見せつけるヴィーオとは対照的に、キースが俺を睨みつける。


「どういうことか説明してもらおうか。貴様、何か隠しているのではないだろうな」


「キース、ウォルス殿はヴィーオも認めた方だ。あまり失礼な口を利くのはどうかと思うぞ」


「ラダエルはアルス・ディットランドの時もそうだったが、力だけで人間を認めすぎだ」


「私は力だけで認めているわけではない!」


 険悪な空気が漂い始める中、その二人を冷めた目で見つめていたマリエルが欠伸をした。


「もうそのへんにしときな。今はそんな話をしてる時じゃないんだよ」と二人をたしなめる。その目は好意的ではないものの、キースよりかは幾分マシなものだ。「それで、ヴィーオが言っていることが正しいってのは、根拠があるんだろうね」


「ああ、俺は錬金人形を細かく調べたからな。錬金人形はその動力源を、食事から摂取する魔力に頼っていると考えて間違いない。おそらく、他の四大竜を食らい、その膨大な魔力を手に入れるために、アワリーティアを襲ったとみていいだろう」


「僕も魔力をどこから補充しているのか気になってたんだけど、そういうことならかなり問題だね」


 全員深刻な顔になる中、セレティアは首を傾げ、事の重大性がわかっていないように見える。


「ウォルス、何が問題なの? あのヘルアーティオは、どのみち倒さなくちゃいけないとは思うけど、四大竜が減ってる分、楽になるじゃない」


「単純に、敵であるヘルアーティオは、魔法が使えない完成体じゃなくともアワリーティアより強く、さらに魔力を得て強くなった。それだけじゃなく、もし仮に、イグナーウスやイーラまで襲って魔力を得たりしたら、元のヘルアーティオよりも強い個体ができあがる」


「でも、属性無効魔法が効くんでしょ?」


「確かに今は効くだろう。だが、既にゴブリンゾンビや、カサンドラでの錬金人形の顛末は知っているだろうし、その対策をしてこないとは思えない」


「そんな……」


「ウォルスくん、対策といえば、それだけじゃないのもわかってるよね? その記憶を読み取るって魔法だけど、近いうちに完全独立型の錬金人形もできるんじゃないかな。わざわざ記憶を読み取って、その都度対処なんて効率が悪いし。ある程度蓄積させたら、それを元に動くようにしたほうがいいはずだよ」


 ヴィーオは笑って話す内容でないものでも、笑顔を絶やさず話してくる。

 善悪関係なく、ヴィーオは何でも楽しむ傾向がある。

 それを唯一わかっていないセレティアだけが、ヴィーオに噛みついた。


「そんなの笑い事じゃないでしょ。もしそんな錬金人形なんてできたら、世界が大変なことになるわよ」


「そうだね、それが狙いなのかもしれないけど、あくまで僕の推測だし、そんなに怒んないでよ」


「ウォルスも何か言いなさいよ」


 とばっちりのように俺にも飛び火したが、ここは俺の意見を言っておくのもいい。

 このままでは、セレティアの不満が溜まっていく一方だ。


「まだ錬金人形の目的がわからないが、実際、そんなものが出来上がると対処のしようがなくなる。そう簡単に改良できるとも思えない。だが、いつかはやってくると覚悟しておいたほうがいい。だからこそ、今のうちに叩くしかない」


「叩くって、具体的に何をやるのかな!?」


 テーブルに身を乗り出し、他のハイエルフから呆れた目を向けられるヴィーオ。

 だが、そんなことを気にする様子もなく、しつこく俺に何をするのか尋ねてくる。

 それはもう、俺から出る言葉がわかっているかのように、ただその言質を取りたいがために迫ってくるかのようだ。


「ねえねえ、何をするの? 偽アルスくんを殺しに行く?」


 隣に座るフィーエルの魔力がわずかに乱れた。


「たとえ偽物でもカーリッツ王国の王族であり、ヘルアーティオを操っていると思われる人物だ、そう簡単にはいかない。それならまず、敵の計画を狂わせるのに、確実性が高い選択をするべきだ」


「ウォルス、焦らさないで早く言いなさいよ」


「――――まずは、生息場所がわかっている憤怒竜イーラを、俺たちの手で討伐する」

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