第66話 奴隷、急報に焦る

 翌日はヴィーオが宣言したとおり、朝から里の復旧のために全員が駆り出された。

 それは人間である俺たちも例外ではなく、あの酒宴を楽しんだ者全員が強制だった。


「まるで罰ゲームね」というセレティアの言葉は的を得ていた。

 それでも、嫌な顔はせず、やる気を見せたセレティア。


 エルフも、ハイエルフも、人間も、恩恵を受けた者は等しく仕事へ向かう。

 ただ、里を復旧するために、あらゆる魔法を駆使して再生させてゆく。


 そんな中、重宝されたのは、人間では基本となっている火、風、水、土の四属性が全て使えるセレティアだ。

 火属性は、エルフに適性者があまりいない。

 エルフが使える属性は風、水、土、光、の順に使える者が多く、火属性はエルフが使える基礎属性からは外れている。


 これは、森とともに生きてきた、エルフ特有のものだろう。

 全てを焼き尽くす火属性は、本能が拒絶しているのかもしれない。


「彼女がいてくれて助かったよ」とヴィーオはセレティアを見つめながら言う。


 ヴィーオ自身、ただの木材を建築に適した材木になるように魔法で整えているが、その手元が狂うことはない。

 俺ができることと言えば、取り壊した建物から出た廃材の処分だ。

 普通なら時間をかけて燃やすか、埋めるかするようなものを、俺の無属性魔法で完全に消滅させてゆく。


「ウォルスくんや、セレティアがいてくれて本当に助かるよ。まあ、里が襲われた理由は、フィーエルかもしれないって話だから、手伝ってもらって当然と言えば当然なんだけど」


 ヴィーオは冗談のように、笑いながら口にする。

 しかし、廃材を魔法で集めているフィーエルや俺は笑うことができず、自然と行使している魔法の速度が上がってゆく。


「ウォルスくん、無属性魔法に飽きたら、火属性魔法で材木に焼き目を入れてくれてもいいんだよ?」


「何をさらっと言ってるんだ? 俺は火属性は使えないぞ」


「そうなんだ? それは残念だね。覚えればすぐ使えると思うのに。適性調べなかったのかな?」


「ヴィーオさま、ウォルスさんはセレティアさまの顔を立てるのも仕事なのです」


「人間て大変なんだね。それもまた面白いところだけど」


 フィーエルの言葉は、俺が火属性を使えると言っているのと同じだ。

 普通なら反論するところだが、ヴィーオが見えている魔法力のオーラというものでは、俺のレベルでは使えて当然なのだろうし、反論してセレティアの耳に届くよりは黙っておくことにした。


「それにしても、フィーエルはアルスくん、いや偽アルスくんの下を去って、どうしてそこまでウォルスくんに入れ込んているのか、僕はそこが知りたいな」


 ヴィーオはフィーエルに顔を向けるが、フィーエルは微動だにせず、黙々と魔法を行使するだけだ。

 そんなフィーエルを、ヴィーオは楽しそうに見つめるだけで、一向にやめる気配がない。


「あれかな、ウォルスくんが強いから? アルスくんの面影を追ってるとか? それとも、アルスくんが使ったっていう転生魔法、あれと関係あるとか?」


 ヴィーオはフィーエルに向けていた好奇心に支配された瞳を俺へと向け、全く遠慮のない言葉を浴びせてきた。

 フィーエルに対しての質問のため、俺には答える権利すらない。

 その発言が核心を突いているだけに、フィーエルも動揺するかと思ったが、一切そんな素振りは見せず、ゆっくりと口を開いた。


「私はウォルスさんに命を助けられた恩義に報いたいだけです。それ以上はウォルスさんに失礼ですから、やめていただけると助かります」


「殊勝な心がけだね。これだけの強さのウォルスくんの力になるのは、相当大変なことなのに」


 ヴィーオの好奇心は、加虐性愛にも似た性質があるように思う。

 相手を困らせ、そこから答えを引き出すのを楽しんでいるかのようだ。

 知りたいという欲求が高まると、何も見えないだけかもしれないが。


「俺はフィーエルがいてくれて助かっている。いくら同族でも、それ以上俺のことでフィーエルを困らせるのはやめてもらいたい」


 俺の言葉にヴィーオは目を細め、「そうだね、ちょっとやりすぎたかもしれない。そこは反省しよう」と遠くで作業をこなしている同族を見つめながら言った。


 その姿に、フィーエルが少し安堵したような表情を見せる。


「――――それで、君たちはこれからどうするつもりなのかな? この前の話で、一番怪しい人物が偽アルスくんだとわかったはずだけど」


「戻るにしても、この里の復旧は最後まで手伝わせてもらう。そのうえで考えてほしいんだが、セレティアの国、ユーレシア王国と国交は結べるか?」


「僕がいいって言えば、マリエルやホルバートたちも説き伏せることは可能だけど、本当に君たちはそれでいいのかな?」


 なぜ質問で返されるのかわからない。

 この大陸のエルフと繋がりを持つことができれば、ユーレシア王国の地位は格段に上がり、こちらが気にするデメリットはないはずだ。

 他に何があるのかと考えていると、ヴィーオが楽しげな目をこちらへと向けてくる。


「だって、僕たちと手を結ぶというのが偽アルスくんに伝わったら、間違いなくフィーエルと何か関係があると目をつけられるよ。まあ僕としては、そっちのほうが面白いんだけどね」


 確かに、今エルフと手を組めば、実際にフィーエルがいる、いないにかかわらず、ヘルアーティオを手に入れた偽アルスなら襲ってきても不思議ではない。

 見せしめとしては、ユーレシア王国はこれ以上ない程に弱く、小さい。

 一国がなくなるというインパクトは、偽アルスにとっては一番都合がいいだろう。


「ヴィーオの言うとおりか……今の話はなかったことにしてくれ」


「まあ公にするのはあとにして、協力させてもらうのは大いに結構だよ」


「協力?」


「セレティアは才能はあるのに、魔法を本格的に使いだしたのは最近のようだからね、そのユーレシア王国というのは、かなり魔法後進国で間違いないでしょ。だから、何人か同族を指導者として遣わせよう。あとは、セレティア本人をここで鍛えてあげてもいいよ。僕もどのくらい伸びるのか見てみたいしね!」


 協力というよりは、ヴィーオの興味がセレティアに向いているだけのようにも思える。

 それでも邪教が偽アルス、カーリッツ王国となれば話は別で、セレティアの力を上げておくに越したことはない。


「ヴィーオ大変よ、こっちへ来てちょうだい」


 返事をしようとしたところへ、血相を変えたマリエルが走ってきた。

 復旧作業にあたっていた者たちの手が止まり、全員の目がこちらへと向けられる。


「マリエル、そんなに慌ててみっともないね。綺麗な顔が台無しだよ」


「それどころじゃないんだって。強欲竜アワリーティアが討伐されたって情報が入ったの」


 それは世界中の人々、エルフにとっても僥倖なことであり、当然のように周りのエルフたちは歓喜の声をあげる。

 だが、マリエルの様子はそうは言っておらず、俺やヴィーオは素直に喜ぶことができない。


「それは凄い話だけど、何かありそうだね。ウォルスくん、フィーエル、それと、セレティアにも来てもらおうかな」

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