第65話 奴隷、昔を語り合う

「はいはい、ガルドの負けだね~。約束どおり、ガルドは何でも言うことを聞いてあげないといけないよ」


 静まりかえるエルフたちを前に、ヴィーオが石舞台へと上がる。

 キースは試合の結果に言葉を失ったまま、ガルドの両手首を拾い上げ、治療に当たっていた。

 それを見つめながら、ヴィーオは仕方がないといった感じで、ネイヤの前へと歩いてゆく。


「さあネイヤ、ガルドに何でも言ってくれていいよ。君は力を証明してみせた」


「……そうですね。魔力だけで人間を判断しないようにしていただければ、それで結構です」


 ネイヤの言葉はある意味、エルフ全体に対する挑発とも受け取れたが、ヴィーオはそれを笑って聞き入れる。


「――だそうだよ、ガルド。まあもう君の力をバカにする者はいないだろうけど、もしいたら、このガルドが責任をもって擁護するだろうから」


「ヴィーオ様ッ」


「これは決定事項だよ。ここまで完全に負かされたんだから、それくらいして当然でしょ。それとも君は、自分を負かした彼女がバカにされているのを見ても、見て見ぬ振りをするのかな? それはガルド自身がバカにされているのと同じことなんじゃないのかな?」


「――――わかりました」


 ガルドの返事に、満面の笑みを返すヴィーオ。

 これはキースをはじめ、未だ人間を敵視している者も、露骨にそういう扱いはできなくなるということを意味している。


「それじゃあ今日のところは、これでお開きにしようか」


 ヴィーオの掛け声に、エルフたちがざわつき、あちこちから終わるのが早いだの、自分はもう少し続けるだのと不満の声があがる。

 人間との戦闘、ヘルアーティオの強襲に疲れたエルフにとって、久しぶりに息抜きであり、もう少し続けたい気持ちもわからなくもない。

 ヴィーオはその様子を眺めながら、俺に見とけとばかりに白い歯を見せた。


「それだけの元気があれば大丈夫だね。明日からは、里の復旧に全力であたってもらうから、全員覚悟しとくように」


 さっきまでざわついていたのが嘘のように、一瞬にして、エルフから声が奪われた。

 それを見て、ヴィーオは一人、高らかな笑い声を響かせた。




       ◆  ◇  ◆




 その日の夜、全員が寝静まった頃を見計らって、俺は神樹の下へとやってきた。

 真夜中だというのに、神樹はその姿を暗闇の中に薄っすらと浮かび上がらせている。

 それは周辺を照らすほどの明るさではなく、あくまで神樹本体の輪郭が見える程度だ。


「これは神樹による魔素変換です」


「遠目ではわからないんだな」


「結界内に入らないと見えませんからね」


 俺が神樹の下に着いたのと同時に姿を見せたフィーエルが、俺の背後から声をかけた。

 神樹の枝は空を覆うように横に広がっているため、夜空の明かりは期待できない。ゆえに、フィーエルの顔はぼんやりと確認できる程度だ。


「わざわざ二人で話す内容というのは、アルスに関係することか?」


「……いえ、ウォルスさんに関係することです」


「俺だと?」


 フィーエルの声のトーンは低く、真剣で、いつもの明るさはどこにも感じられない。

 アルスではなく俺に関することで、ここまで深刻にならなければいけないものがあるのか、と少し不安にも似たものが込み上げてくる。

 大事を取って、フィーエルを連れ神樹の裏まで周り、そこで光属性の光球を最小限の範囲で出した。


 そこには、心配そうに俺を見つめるフィーエルがいた。

 とりあえず神樹の根に腰を下ろし、隣にフィーエルを座らせる。


「そんな顔をしてどうしたんだ。俺がヴルムス軍の戦闘から帰ってきてから、少し様子が変だぞ」


「……ウォルスさん、何か隠していることはないですか」


「隠してること? そんなものはないと思うが」


 重要な話をしている時は、常にフィーエルが側にいたはずで、わざわざ隠していることはないはずだ。

 それを伝えたにもかかわらず、フィーエルの表情は冴えることはなく、さらに憂いを帯びたものへと変わる。


「私は唯一、ウォルスさんの過去を知っていて、話を聞いてあげられる立場です」


「フィーエル、俺はウォルス・サイだぞ」


「わかっています。ですから、友人として尋ねます。ウォルスさんの記憶におかしい部分はありませんか? セレティアさまとネイヤさんが話しているのを聞いたんです。ヴルムス王国について知らないと」


「……ああ、そのことか」


 俺の記憶と、歴史が変わっていることについては、俺だけの問題として割り切っていたが、フィーエルがそのことに気づいたのなら、話す以外にはないだろう。

 変に心配をかけることにもなるが、相談できる相手がいるというのは心強くもある。


「俺が転生してから、俺の知っている歴史と、大きく変わっている部分がある。さっき言ったヴルムス王国もそうだが、俺はユーレシア王国の存在も知らなかったし、ルモティア王国の国内紛争も、俺にとれば信じられないレベルの出来事だ」


「そういうことですか……他には何かありますか」


「それ以外には……死者蘇生魔法を試して気づいたが、時間回帰魔法が俺の予想と違う効果を見せたくらいか」


「わかりました――――やっぱり……ウォルスさんは、気づいていないんですね」


 フィーエルは俺から視線を外し、先ほどまでより少し力のない声で答えた。


「フィーエルは何に気づいたんだ」


「――――ウォルスさんは、記憶と違う今の状況について、どう考えておられるのですか?」


「俺が転生魔法を使ったことで、過去改変が起きたか、俺の記憶自体に何らかの変化が起こっているのか、それを今から調べるところだったんだが」


 フィーエルは俺が作り出した光球に手を伸ばし、それを掴むような素振りを見せる。

 だが、光球は手のひらをすり抜け、手に遮られることなく光を発し続ける。


「宴であった、ネイヤさんとガルド・オベックの試合で、私は違和感を覚えました」


「俺の予想どおりに運んだじゃないか。何もおかしいところはない」


「いえ、あるんです。あの時、ウォルスさんは『ガルドの力は以前と変わっているようには見えない』とおっしゃいました」


「確かに言ったが、俺の記憶にあるガルドの力量どおりで、結果もそのままだっただろう」


「それが問題なんです。私の記憶の中では、ウォルスさんがオベックと出会ったことはありません」


「そんなはずはない。里で会ったことがあるぞ」


 フィーエルと初めて出会い、エルフの里に招かれた時にガルドがいたのだ。

 当時はガルドが北の大陸から帰ってきた直後で、一度手合わせして、俺が勝利している。


「いえ、ありません。それは先ほどオベックにも確認を取りました」


 俺の記憶がおかしいだけなら、事実と異なっていてもいいはずだが、実際はガルドの名前も実力も知識どおりなわけで、記憶だけがおかしくなったとは考えられない。

 この世界は俺がよく知る世界のようで、実は異なった世界ということになるのかだろうか。


「……この世界が、並行世界とでもいうのか」


「それはわかりません。話を聞く限り、並行世界かもしれませんし、そうじゃないのかもしれません。私たちの記憶がおかしいのかもしれません。ただ、ここがウォルスさんにとって並行世界というだけだとしたら、魔法の現象に違いは出ないはずです」


 確かに、この変化が並行世界だという説明なら、時間回帰魔法という、一部の魔法の結果にだけ変化が起こるのは理に反する。

 石を投げれば必ず落ち、リンゴを投げても当然落ちる。

 リンゴだけが空に向かって飛んでいく、なんてことはありえないのと同じだ。

 属性の性質は、決して変わらないはずだが、実際は変化が起きている。


 それもこれも、全ては世の理に背き、転生魔法を使った弊害なのかもしれない。

 錬金人形もゴブリンゾンビの性質を持っていることから、おそらく時間回帰魔法で変化した部分を利用して作られているのだろう。


 ………………自分で出した答えだというのに、錬金人形について何かが引っかかる。 

 ボタンをかけ間違っているような、何か大切な部分を見落としてる気がするが、それが何かまでかはわからない。


「大丈夫ですか? お疲れのようですが」 


「ああ、ちょっと考え事をしていただけだ」


「あの、これだけはわかっていてください。たとえ、ウォルスさんが並行世界からやってきたのだとしても、わたしには関係ありませんから」


 フィーエルが目を潤ませ、必死に訴えかけてくる。

 それだけ、俺が酷い顔をしていた、ということだろう。


「ありがとう、フィーエル。その言葉だけでも助かるよ」


 フィーエルは謙遜しながらも、穏やかな笑みを浮かべる。


「あまり、思い詰めないでくださいね。私ならいくらでも力になりますので」


「ああ、ありがとう。こうやって話すだけでも気が晴れる」


「そう言ってもらえるだけで、こうして話をした意味があります。それで一つ提案があるんですけど……ウォルスさんの記憶が、どこまで私のものと合致しているか、調べてみませんか?」


「――――そうだな。それだけでも、俺の周辺がどれくらい変化しているかわかるか」


「はい! では、私が火竜に襲われていたところからですね!」


 フィーエルは声を弾ませ、さっきまでの深刻さが嘘のように、明るい表情へ変わる。

 その晩は夜明けまで、出会った時のことから、転生魔法を使った時のことまで、覚えている限りのことを話し合うことになった。

 懐かしい話を、終始にこやかに話し、聞いていたフィーエルの表情が示したように、俺とフィーエルの想い出には差異はほとんどなかった。

 違ったことといえば、第三者が絡んでいた時に、少しばかりの違いが出ていたことくらいだった。

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