第64話 奴隷、試合を見守り……

 やはりと言うべきか。

 今まで問題が起きなかったのが、逆に奇跡だったのかもしれない。

 魔力が極端に少ないネイヤを、エルフが歓迎するわけがないのだ。

 認められるためには、ネイヤ自身が力を証明するほか道はないだろう。


 普段なら魔法師でない者は相手にすらしないエルフの中で、例外的な存在、ガルド・オベックがいたことと、剣技の質が高く、極端に魔力が少ないネイヤの組み合わせは、俺の目には最高の組み合わせに見えた。


 声をかけようと俺が立ちあがった瞬間、俺の意思を汲み取ったかのように、俺が考えていた言葉をヴィーオが叫んでいた。


「はいはい、こんな場で喧嘩しないしない。そんなに相手より上だと思うなら、今から腕試しというのはどうかな! いい余興になると思うんだけど」


 一瞬静寂が会場を包んだが、全員が立ち上がり、一気に熱を帯びる。

 その中でもネイヤは微動だにしないが、隣にいるセレティアは周囲の空気に呑まれてしまっている。


「ウォルスさん、行ってあげなくていいんですか」


 フィーエルの目には、敵陣の中に一人、ネイヤが放り込まれているように見えているのだろう。

 それは紛れもない事実で、この前までのネイヤなら確実に負け、エルフの中での立場は完全に絶たれてしまっていただろう。

 だが、今は違う。


「変に俺が口を出すよりもいいだろう。フィーエルとベネトナシュの戦いを見て、ネイヤもエルフの戦い方を理解している。それに、魔力循環を覚えて、実力も上がってるんだ」


「ですけど、あのガルド・オベックは今の私よりも数段強く、比較できません」


「そういえば、フィーエルはネイヤが戦っているところは目にしたことはないな」


「見てはいませんが……オベックの実力ならわかります」


「ガルドの力は以前と変わっているようには見えない。今のネイヤなら、油断しなければ勝てるはずだ」


「……それならいいんですけど」


 複雑な表情を見せるフィーエルは、それ以上何も言わず、ヴィーオが魔法で作り始めた石舞台に目をやった。

 最後のほうのフィーエルは、純粋にネイヤを心配しているというよりは、俺に不審を抱いたようにも見えた。

 俺の予想が間違っているとでも言いたいのか、それとも他の何かか、全ては試合の結果を見ればわかるだろう、と俺も凄い速度で出来上がってゆく石舞台に集中することにした。



       ◆  ◇  ◆



「覚悟はいいだろうな? オレが勝てば、お前にはさっさと里から出ていってもらう」


「わかっています。私が勝てば、あなたは何をしてくれるのでしょうか?」


「何でも聞いてやる。まあ、オレに勝てればの話だがなッ」


 石舞台は一辺をかなり長めに取った正方形であり、二人は剣を片手にその両端に立つ。

 ネイヤの脚力でも一瞬で詰めるのは無理な距離であり、この広さはどちらかというと、魔法を駆使するガルドに有利かもしれない。


「では、両者中央へ」


 キースが仕切る形で二人を石舞台の中央へ寄らせ、ルールを説明してゆく。

 守るべきことは三つのみ。


 相手を殺してはいけない。

 石舞台から落ちてはいけない。

 魔法は自分にかけるもの以外は全て禁止。

 

 説明を聞き終えたガルドが、すぐさま己に魔法を付与してゆく。

 フィーエルが使っていた風属性魔法以外に、土属性魔法で鎧を作り、防御面にも力を入れている。


「待ってあげますから、完璧にしてください」


「すぐにその減らず口を利けなくしてやる」


 魔法付与が終わり、それを見届けたキースが開始の合図をかけた。

 ジリジリと間合いを測る二人、その均衡を破り、最初に動いたのはガルドだった。

 人間に対し、容赦のない一振りは、一撃目から頭部を薙ぐ強烈なものだ。

 だが、ネイヤはその攻撃を、両手で握りしめた剣で、大きく弾き返した。


「思ったより軽い一撃ですね」


「お前こそ、その左腰の二本目は飾りか」


「さあ、どうでしょうか」


 今度は、ネイヤの流れるような連続攻撃がガルドを襲う。

 以前よりも力強く、キレがよくなった攻撃は、着実に魔力循環が上達している証拠だ。

 それは剣舞を舞っているかのように流麗で、淀みがない。

 魔力循環なしで鍛え抜かれたネイヤの肉体は、エルフの肉体とは基礎から違うため、同じ魔力循環でもその効果は何倍、何十倍もの差としてあらわれる。


「あの人間、魔法もなしでここまでやれるのか……」


 その光景は、ガルドを応援していたエルフたちから声を奪い去った。

 ガルドは最早、いなすだけで手一杯のようで、ネイヤの攻撃を苦虫を噛み潰したような表情で受け、防戦一方となりはじめた。


 やはり、俺が予想したとおり、今のネイヤのほうが実力は上なのは間違いない。

 勝負は早くつく。

 そう思った瞬間、ネイヤの一撃がガルドの左肩を斬る。

 だが、土属性で作られた鎧は、ネイヤの剣を受け止めるのと同時に形を変え、剣身を包み込むような形で捕縛すると、ネイヤの剣の動きを完全に封じてしまった。


「これで終わりだッ」


 勝ち誇った表情を浮かべたガルドは、お返しとばかりに、ネイヤの左肩目掛け、縦に剣を振り下ろした。

 殺さなければ、どのようなダメージを与えても有効。

 それは即ち、回復魔法でも回復させられない即死でなければいいということだ。


「ぐぁあああぁあああッッ」


 鮮血がほとばしり、二つの手首が宙を舞った。

 それは、剣を握り締めたままのガルドのモノだ。

 魔法を維持できなくなったガルドの体から、鎧が崩れ去り、生身のガルドが姿を現す。


「甘かったのは、あなたのほうでしたね。私があなたへ放った肩への一撃、最初から囮だったことに気づいていないとは、注意が足りなさすぎです」


 しゃがみ込むガルドを、その頭上から悠々と見下ろすネイヤ。

 その左手には、左腰にあった剣が逆手で握られている。


「勝負あったな。二本目を抜くまでは、剣速も抑えて真の実力を見せず、最後の最後で、二本目の剣を抜くのと同時に全力を解放したか。フィーエルがベネトナシュにとった作戦を参考にしたんじゃないか」と隣で観ていたフィーエルに顔を向ける。だが、俺の予想が当たったというのに、フィーエルの表情は優れないように見える。


「何か言いたいことがあるのか? この勝負に納得がいっていないようだが」


「いえ、そういうことでは……ウォルスさん、少し気になることがあるので、あとでお時間をいただきたいのですが」


 隣に立つフィーエルとの距離は近い。

 手を伸ばせばすぐに届く距離だというのに、その間を重たい空気が埋めてゆく。


「今じゃダメなのか?」


「……はい、二人きりじゃないと」


 怖いくらいに真剣なフィーエルを前に、俺は黙って頷くしかなかった。

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