第63話 奴隷、狙いを絞る

 真っ暗な空の下、神樹の前に作られた華やかな酒宴の場。

 ヘルアーティオに襲われ、ヴルムス王国との戦いで疲弊していたはずが、それを感じさせない盛大なものを用意したエルフ。

 縦に何列にも並べられた豪華なテーブルや椅子、それらはヴィーオたちハイエルフが魔法で作り、そのテーブルに並べられた皿には、エルフが総出で森から集めた食材が、これでもかと盛られている。


「どうして、俺とセレティアたちを離したんだ」


 セレティアとネイヤは離れた場所で食事を始めていて、周りをエルフで固められ身動きできないようだ。

 それに比べ、俺とフィーエルは酒宴の場から少し離れた場所で、ヴィーオと三人だけで丸テーブルを囲む形を取らされている。


「理由は簡単だよ。あの二人とは既に食事を終わらせたから。僕はウォルスくん、君と話をしたいんだ。フィーエルは僕と君を二人にさせたくないらしくてね、無理やり参加しちゃっただけ」


「そういうことか。それならあの輪の中で話をすればいいだけだろう」


「本当にいいの? 他人に聞かれたらマズい内容もあるかと思ったんだけど」


 ヴィーオは表情を変えず、楽しそうに話すだけで、こちらを揺さぶるつもりがあるようには見えない。

 だが、そう見えるだけで、ヴィーオは昔から何を考えているかわからないところが多い。


「別にないんならいいんだけどね。あの二人に力を隠していたようだし、何かあるのかと思ったんだけど」


「一番隠しておきたかったのは、それなんだがな」


「そうだったんだ、それは悪かったね」


 ヴィーオは悪びれる様子もなく、楽しそうにニカッと白い歯を見せる。

 それと同時に、若いエルフが料理を持ってきた。

 ひと目で特別とわかる料理、南の大陸でも貴重とされる魚レイム。

 精霊への供物として捧げられるくらいで、エルフですら滅多に口にしないという魚だ。

 そのレイムを使った料理を、テーブルにこれでもかと並べてゆく。


「これはとても美味しいよね」


 ヴィーオはごく普通に語りかけてくる。

 ついうっかり、乗ってしまいそうなほどに。


「……聞かれても困る。見たこともない魚だからな」


「そうなんだ? その反応は知ってるのかと思っちゃったよ」


 ヴィーオは屈託のない笑顔を見せながら、その料理に真っ先に手をつけた。

 本当にこいつは読めない奴だ、と俺は警戒心を強めた。

 引っ掛ける意思もなく言っているのだろうが、的確に俺を揺さぶりにきているようにしか見えない。


「ウォルスくんが約束を守った以上、こちらも錬金魔法とアルスくんの件について話をするつもりだよ。まず、何の話をすればいいかな?」


 本来なら、こんな和やかな雰囲気でする話でもないのだが、ヴィーオはごく自然に話を始める。


「錬金魔法だ。錬金人形に使われているのは、フィーエルの見立てでは錬金魔法。エルフが錬金術と魔法を融合させて創ったと聞いている」


「錬金魔法自体は、確かにエルフが創ったものだよ。それを創ったイーベは、ヴルムスとの戦いで戦死しちゃったけどね。本当に惜しい男を亡くしちゃったよ。――――ああ、話が逸れちゃったか、僕もその錬金魔法を使うことができるから、質問には答えられると思う」


 重い話をしているはずなのだが、ヴィーオは食事の手を止めず、逆に俺に食事を勧めるような仕草をしてくる。

 仕方なく、俺は果実酒の入ったグラスに手を伸ばした。

 

「じゃあ聞くが、錬金魔法を人間に教えたことはあるか、教えてなくとも、外部に漏れたことはあるかを聞きたい」


 ヴィーオは大ぶりのキノコを頬張りながら目を瞑り、何かを思い出すように首をかしげた。


「ないね。それは断言してもいい。誰にも教えてないし、イーベが外部に漏らしていた、資料が盗まれたなんてこともない。これは僕が保証するよ」


「それじゃあ、あの錬金人形はなんなんだ」


「フィーエルの話にあったとおりなら、エルフの錬金魔法と同じ類のものを、さらに進化させたものなのは間違いないね。少なくとも、僕の錬金魔法で補った部位を切断したら、ただちに錬金水に戻るから、その錬金人形みたいに、肉片になっても再び融合させるなんてのは無理だよ」


 ここまできて、あっさり振り出しに戻るとは思わなかった。

 もう少し、何かしら進展するなり、ヒントなりが出ると思っていたが、甘かったのかもしれない。


「……ヴィーオが錬金人形を作ろうと思えば、作れるのか?」


「まあ、できないだろうね。そもそも、そんな記憶を読み取るような魔法は知らないし。できるとするなら、僕が知る限りじゃ、アルスくんクラスじゃないかな。それでも、僕が錬金魔法を教えたとして、十年、二十年程度じゃ無理だろうけど」とヴィーオは笑いながら答える。「ああ、それとウォルスくん、君にも教えれば、同じくらいでできちゃいそうだけどね」と付け加えた。


「どうしてそこで、俺の名が出るんだ」


 心臓が止まる思いがしたが、なんとか平静を装って答えた。


「僕はね、他人の魔法力がオーラになって見えるんだ、凄いでしょ!」


「……それは本当なのか」


「これが、本当なんだよね。それで、君はあのアルスくんと、同等の力を持っているのが僕にはわかる。その魔法力からは、到底考えられない魔力の少なさが、逆に面白いくらいだ」


 アルスだった当時、ヴィーオとそこまで深く関わっていなかったのが悔やまれる。

 フィーエルも俺に伝えなかったということは、フィーエルも詳しく知らなかった、ということだろうか。


「……すみません。ヴィーオさまの力は、私も詳細を把握しなかったので……」


「フィーエルが謝る必要はない」


 申し訳なさそうにするフィーエルに声をかけていると、ヴィーオが目を輝かせてそれを見つめてくる。


「二人は僕の予想以上に仲がいいようだね。僕はてっきり、フィーエルはアルスくんにだけ懐いているのかと思っていたよ」


「ヴィーオさま、私は人間嫌いというわけではありませんよ」


「そうだったね。でも、それを抜きにしても仲がいいようだから」


 固まる俺とフィーエルを他所に、ヴィーオは手を止めず、淡々と食事を続ける。


「それにしても、君たちが持ってきた話は、おかしな点がてんこ盛りだよね。いや、君たち自身がおかしいのかな」


「どういうことだ」


「アルスくんが死んで生き返った話や、君自身の魔法力、それに、フィーエルと関係があるという、あのへルアーティオの件だよ。アルスくんのような魔法力を持った者が、そう何人も現れるのはおかしいという話だよ」


 ヴィーオの話に違和感を覚える。

 それはフィーエルも同じだったようで、お互い目が合った。


「今の話で、どうしてヘルアーティオが出てくるんだ」


「だって、あのヘルアーティオにも、似たようなのが一緒にいたからさ。アルスくんクラスの魔法力を持った者がね」


「それは、それはアルスじゃないのかッ!」


 思わず俺は椅子を蹴飛ばして立ち上がっていた。

 俺と同じ魔法力、それは即ち、アルスであることを意味している。

 しかし、ヴィーオは軽く首を横に振って、俺の言葉を否定した。


「それは違うね。あれはアルスくんのものじゃない」


「アルスじゃない?」


「何をそんなに驚いてるのさ。そりゃ違うに決まってるでしょ。この世には、決して同じ魔法力、オーラを持った者はいない。君の魔法力がアルスくんに近くとも、そのオーラがアルスくんのものとは違うのと同じことだよ。それとも、錬金人形を操っているのが、アルスくんだと思っていたのかな?」


 俺の魔法力を表すオーラが、ヴィーオが知っているアルスのものとは違う?

 それは俺が異質なものになったのか、それとも、この世界が俺が知っているものと違っていることと関係があるのか……はたまた、肉体とセットでなければ一致しないだけなのか。


 どちらにしろ、これでまた一つ、選択肢を完全に排除できる。

 ヘルアーティオを錬金人形にしたのは、ヴィーオやフィーエルが知っているアルス・ディットランドではないということ、アルス本人が言った、生き返った、ということは完全に信用できないことになる。だが、現実にいるアルスについての説明ができない。


「ああ、アルスの言葉を信用するなら、その可能性もあったからな」


「ないない、全ての面から考えてそれはないよ」とヴィーオが急に真面目な顔へと変わる。「アルスくんに錬金魔法が渡る要素がないし、渡ったとしても、生き返ったという時期からじゃ時間が圧倒的に足らないからね、これは絶対だよ。そして何より、僕の知ってるアルスくんは、そんなことを考える人間じゃないし、アルスくんはもういないんだ。一度死んだ者は生き返ることはないからね」


 俺が蹴飛ばした椅子をフィーエルが拾い、俺は大人しくそこへ腰を下ろした。

 ヴィーオは絶対的な自信を見せ、アルスの仕業ではないと断言する。


「では、今いるアルス・ディットランドはどう説明するんだ」


「魔法力に耐えられなくなった肉体は、必ずその個体を殺す、これだけは覆らない。死んだ者が生き返ることもない。僕たちエルフはそういう魔法を研究していたこともあるんだ。魂はこの世界との結びつきが弱すぎて、戻ってくることができない。これがエルフとしての見解なんだよ。だから君たちは騙されているだけ。それはアルスくんに似た、別のものだよ」


 精霊アイネスと同じ答えだ。

 ヴィーオの判断も、何者かが成りすましているというもので一致している。

 しかし、アイネスがわからない範囲で成りすます、というのはどういうことなのか。


「そんな難しい顔、しないしない。確かに魔法力自体は異常だったけど、魔力は君よりもだいぶ少なかったし、肝心のその魔法力に何か問題がありそうな感じだったから、そこまで脅威にはならないよ。問題はあのヘルアーティオくらいだね」


 エルフは死んだものは生き返らないと結論づけている。

 だが、俺が使った転生魔法についてはどういう判断を下すのか、それが気になった。


「フィーエルが伝えていなかったことがある。それについての意見が聞きたい」


「何かな? 面白いことならいいんだけど」


「アルスが死んで、生き返ったと本人が証言した理由に関するものだ」


「魔法力に蝕まれたんじゃないの? 他に何かあるっていうのかな!」


 途端にテンションを上げるヴィーオ。

 話すのが少し心配になるが、これくらいは話しても問題ないはずだ。

 より正確な意見を聞くには、仕方のないものだと割り切って俺はその言葉だ口にした。


「アルスは転生魔法を使った結果、失敗して生き返ったと証言したそうなんだが、それでも今のアルスは別の何かだと断言できるか?」


「なにそれ! アルスくん、凄く面白そうなことをしたんだね! 人生をやりなおすなんて、寿命が短い実に人間らしい考えだよ。それで、アルスくんの仕業だと思ってたのなら、少しは納得できるかな」


 ヴィーオは食べるのをやめ、腕を組んで唸りだす。


「――――でも、それでも生き返ることはないだろうけどね。その転生魔法が成功したかはわからないけど。どちらにしろ、一度魂が抜けた肉体には、魂は戻らないよ。魂は僕たちが思ってる以上に、この世との結びつきが弱いから、当たり前のことだけど、他人の魂を入れるなんてのは不可能。僕の見解では、転生魔法も魂そのものを新たな肉体に入れようとしてるわけじゃないと思うけどね」


 転生魔法の原理を、魂の入れ替えではないと見抜くヴィーオは流石だとしか言いようがない。

 錬金人形を構成する錬金魔法を扱えるのが、俺クラスの力がないと無理というのなら、ヘルアーティオを操っていた者が錬金人形を創造した者で決定だ。

 生き返ることも、肉体に違う魂を入れるなんてこともできない以上、アルスは偽物と断定できる。


 錬金魔法が外部へ漏れていないなら、ヘルアーティオを使って神樹の森を襲った理由は、錬金魔法との繋がりを消すためではなく、フィーエルへの執着、見せしめと見るほうが自然だ。そうなると、教会関係者が邪教と仮定した場合、里を襲った説明がつかない。

 そのうえ、偽アルスのような怪しい人物以外に、教会にアルス並の魔法力を持ち、何十年も錬金魔法を研究していた者がいた、なんてのを推す理由は弱すぎる。

 邪教殲滅に関する依頼も、偽アルスが教会上層部から出させたとするほうが自然になる。


 教会は白ではないが、既に偽アルスの支配下と見ておいてもいいかもしれない。

 邪教の根源は偽アルス、こいつがアルスに成りすます前から錬金魔法を研究していたと考えれば、全ての辻褄は合う。

 これでほぼ決定したようなものだ。


 まだわからない部分は多いが、それは本人から聞き出すほかない。

 俺の記憶を持っていることや、錬金魔法、記憶を切り離す魔法を使えること。

 王宮内でどうやってアルスに成りすませたのか、精霊アイネスから完全に否定されなかったのか、王宮内の誰にも気づかれず、どういった方法で各地に錬金人形を広めることができたのか。

 そして、なぜここまでフィーエルにこだわるのか、あらゆる面で動機がわからない。


 これだけ謎が多い相手なため、このままカーリッツ王国に戻ったとしても、一筋縄ではいかないことだけは確かだろう。

 ヴィーオとの話に一旦区切りが付き、食事に手を伸ばそうとしたところで、酒宴の場にふさわしくない怒声と、食器が割れる音が響く。


「おい、もういっぺん言ってみろ人間ッ! 魔法もろくに使えねえ、ちっぽけな魔力のくせに、このオレより強いだとォ!?」


「何度でも言ってあげます。エルフの中に、剣技で私に勝てる者はいない。たとえ魔法で強化しようとも」


 今にも掴み合いの喧嘩に発展しそうになっていたのは、エルフの中でも、北の大陸へ渡って剣技を磨いた経験がある異端のエルフ、ガルド・オベックと、ネイヤの二人だった。

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