第62話 奴隷、生暖かい目を向ける

 エルフの避難場所である、神樹の袂にラダエルを連れて帰ってくると、そこは俺とラダエルが帰ってくるのがわかっていたかのように、お祝いムード一色に染まっていた。


 どこから湧いたんだ、と言いたくなる数のエルフがラダエルを帰還の歌でもって出迎える。

 エルフの歌声は精霊の声と云われることもあり、その帰還の歌は耳、鼓膜を通って聞こえるのと同時に、魂に直接響いてくる錯覚を起こす。

 そのエルフの中には、ヴィーオたちの姿も見え、少し離れた所では、セレティア、ネイヤ、それにフィーエルが俺を安堵した表情で見つめていた。


「フィーエル、父親のところに行ったほうがいいんじゃないか?」


「いえ、あとでまた挨拶をするつもりですから、今はウォルスさんの所にいます」


 気を遣って言ったつもりだが、家出同然で里を飛び出してから二十五年もの年月が過ぎ、顔を合わせづらいのかもしれない、と俺はフィーエルの自由にさせることにした。


「そうか、まだラダエルにはフィーエルがいることは伝えていないから、知れば飛んでこちらに来るかもしれないぞ」


「その時は、その時です」


 フィーエルはそう言って苦笑してみせた。

 普段ならこのやりとりを、笑って見ていそうなセレティアとネイヤが、真顔で見つめてくることに、居心地の悪さを覚える。


「二人ともどうかしたのか? さっきから顔が怖いぞ」


「……ここはヴルムス軍を殲滅して、フィーエルの父親を助けたことを褒めてあげるべきなんでしょうけど…………わたしたちは、ウォルスが戦っている姿を見たのよ。一等級魔法を使っていたでしょう」


 言っている意味がわからなかった。

 ここからヴルムス軍がいた所までは相当な距離があり、目視できるはずはない。

 近くに誰もいなかったのは確認済みだ。

 万一、見えたとしても、俺が一等級魔法を使っているとわかるわけがない、とたかをくくっていた。

 思いがけないセレティアの一言に、言葉に詰まり、俺は思わず視線をフィーエルに向けていた。


「ヴィーオさまの計らいで、神樹の上から見せていただいたんです。そこで、ウォルスさんが一等級魔法を使っていると、ヴィーオさまが」


 何をやらかしてくれたんだ、という怒り、それに困惑にも似た何かが、俺の中をぐるぐると駆け回り、自分でも理解できない感情へと変わってゆく。


「……どうして、そんな大事なことを黙っていたの」


「……悪い」


 それしか言えなかった。

 変に隠せば、関係が余計おかしくなることも考えられる。

 今はただ、潔く認めるほかない。


「別にわたしより早く使えるようになったとか、そんなくだらないことを、今はとやかく言うつもりはないの。それよりも、ウォルスは自分で言ってたでしょ、強すぎる魔法力は体を蝕むって。それなのに、自分はあんなに使うなんて……それを遠くから見せられた、わたしやネイヤの気持ちがわかる?」


「…………」


「反論がないということは、その自覚はあるということね」


 セレティアは怒っているわけではなく、どちらかといえば、悲しがっているというほうが正しいかもしれない。

 純粋に、俺の体のことを心配してくれていることに、申し訳ないという気持ちが湧いてくる。


「ウォルスさん、セレティアさまもネイヤさんも心配していましたから、それは謝罪しておくべきかと思います」


 フィーエルに背中を押される形でセレティアに頭を下げると、その肩にセレティアの手が置かれる。


「フィーエルが言っていたけど、本当に体は何ともないんでしょうね」


「ああ、あのくらいの魔法力でどうにかなるような、やわな鍛え方はしていない」


 セレティアは、「そう」とだけ言って背を向ける。


「もういいわよ。ウォルスが隠し事をするのは前からだし、今さら改めて問いただすつもりはないけど――――無茶だけはやめなさいよ。わたしを守る騎士はあなたしかいないんだから」


「わかった。――――ネイヤにも心配をかけたな、悪かった」


 さっきから何か言いたそうな表情を向けるネイヤにも、頭を下げる。


「ウォルス様おやめください。私は、……ウォルス様の力を見誤っていたのですから。ウォルス様を信じられず、心配していた自分が許せません。なんとおこがましい考えを持っていたのかと」


 俺が頭を上げると、今度はネイヤが片膝を突いて頭を垂れる。

 ネイヤは少し変わっている、とこの場で逆に謝ってきた姿を見て俺は改めて思った。

 ここで普通の対応をしても、ネイヤは納得しないだろうと、俺は最善の答えを出すために考えを巡らせる。


「――――ネイヤ、その見誤っていた、という考えこそが驕りじゃないか? 俺は誰にもわからないように隠していたんだ。ネイヤはそれに気づけるだけの力、俺以上の力を持っていると言ってるんだぞ」


 ネイヤは、ハッとした顔を俺に向ける。


「言われてみれば、私程度の者が、ウォルス様の真の力に気づくほうがありえないことでした。知らず識らずのうちに慢心していたのですね……申し訳ありません!」


 もう土下座する勢いで見ていられない。


「もういいから、早く立て」


 俺にはまだネイヤを管理するのは難しいか、と考えている所に、今回の問題を起こした張本人であるヴィーオが、ラダエルたちエルフを引き連れやってきた。


「おやおや、何やら取り込み中のようだけど、ちょっといいかな?」


「誰かさんが余計な真似をしたせいだがな」


 途端にヴィーオは白い歯を見せ笑い出す。


「それは君が、仲間に対して力を隠していたのが悪いだけだと思うんだけどなぁ」


 返す言葉が見つからない。

 この話題を続ければ、間違いなく俺が押されるのは目に見えている。


「…………で、こんな大勢で俺たちを囲んでどうする気だ。俺たちが敵じゃないというのは証明してみせたはずだが」


「だ・か・ら、今から君たちを歓待しようと思ってね。それに何よりも、ラダエルとフィーエルを逢わせてあげなくちゃ」


 ヴィーオがラダエルの背中に手を当て、フードを被り、背を向けたままのフィーエルの前へと押しやった。


「フィーエルか、本当にフィーエルなのか」


「お父さま……」


 覚悟を決めたように、フィーエルはフードを取り去り振り返った。

 次の瞬間、大衆の面前にもかかわらず、ラダエルはフィーエルを両腕で強く抱きしめた。

 それはもう遠慮がない全力の抱擁だ。

 こちらが恥ずかしくなるくらいの、過保護な親による全力の愛情表現でしかない。


「お父さま、皆が見ていますから、やめていただけると助かります……」


「家出娘が帰ってきたのだ、放すわけがなかろう」


 俺はラダエルという男を知っていたため、もしかすると、こうなるかもしれないという予想はついていたが、セレティアとネイヤは、この光景に驚き、目を丸くして固まっている。


「だから避けてたのね」


「エルフは意外と情熱的なのですね」


 二十五年ぶりの再会も、ただの家出の一言で済むというのも、エルフならではだろう。

 エルフや俺たちから、生暖かい目で見られるのが耐えられなくなったのか、フィーエルがラダエルを突き放し、俺の後ろに隠れるように避難してきた。


「フィーエル、どうしてウォルス殿の背に隠れるのだ。帰ってきたのではないのか?」


 ラダエルはまだ、アルスのことは聞かされていないのだろう。

 困惑顔のラダエルが俺を見つめてきたが、俺は両手の手のひらを軽く上へあげ、わからない風を装った。

 そんなラダエルの前に、ヴィーオが片手を軽く上げて割り込んでくる。


「ラダエルくん、詳しい話はまたあとで。ね、ウォルスくん」


 意味深長な視線を向けてくるヴィーオはその場でくるりと回ると、エルフに向けて両手を強く叩いた。


「さあ、宴の準備をしようじゃないか。早くしないと間に合わないからね」


 刻一刻と暗くなってゆく空を見つめるヴィーオは、皆を急かし、宴の準備に取りかかった。

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