第61話 奴隷、二度目の自己紹介をする
広範囲型重力封閉魔法、無属性一等級魔法の中でも扱いが難しい魔法だ。
有機物無機物関係なく全てを呑み込み、一定以上の魔力がなければ圧縮され、一瞬で跡形もなくこの世から消え去る、敵からすれば痛みも恐怖さえもほとんど感じない、実に優しい魔法でもある。
味方がいないからこそ使える魔法であり、いれば使うことは許されない。
そんな魔法を使っても、このヴルムス軍には生き残る者が相当数いて驚かされる。
「魔法師をこれだけ囲っているのは、脅威ではあるな」
雑兵を減らすための魔法ではあるが、その雑兵でこれだけ耐えられるだけの魔力を持っているというのは、この前までなら軍事力に優れているだけ、と受け取っていたかも知れない。だが、今はもう一つの可能性も考えなければいけなくなっている。
「俺が知る歴史とは違っているためか、それとも、魔力に関する根本的な部分すらも変わっているのか……」
俺が転生魔法を使ったせいで、一部の歴史が大きく変わっているだけならまだいいのだが、実際はそれだけではないかもしれない。
俺が改良した死者蘇生魔法でも、時間回帰魔法が暴走したことから、何かしら関係があると疑っていてもいい。
今のところ、俺がいたカーリッツ王国から遠く離れた国の歴史だけが、大きく異なっているのだけが救いだ。
比較的近いところだと、ユーレシア王国、カーリッツ王国内の都市の変化程度で済んでいる。
カーリッツに関しては、アルスが生きている時点で何かしら違いは出て当然なのかもしれないが。
「貴様何者だッ! どうして同じ人間である、我がヴルムス軍を攻撃するのだッ」
生き残っている魔法師は逃げ出す者が大半だが、一部、当然のように俺に立ち向かってくる者もいる。
そういう者に限って、これほどの攻撃を受けたことに、正当な理由を欲する者が多い。
「お前たちがヴルムス兵だからだ」
「……貴様、エウロンの者かッ」
魔法師から、聞いたことのある名が出てくる。
エウロン王国なら記憶にある、北方の一国家だ。
カーリッツ王国から遠く離れた北の地でも、それなりに名の通っていた国である。
レムート王国は元々エウロン王国とは仲がよくなく、ヴルムス軍の装備は、そのレムート王国の特色が色濃くでている。
歴史が変わっていようと、その中身は俺の知っている部分を引き継いでいるようではある。
「さあ、どうだろうな」
俺はそれだけ言って、相手の答えを待つことなくその体を打ち砕いた。
魔法が得意な奴らに、わざわざ魔法で応戦する必要はない。
この場に魔法、剣技、両方に秀でた者がいない以上、相手の苦手なものでそれぞれ勝負したほうが効率がいいというだけの話だ。
魔法で雑兵を殺り、残った魔法師を拳で殺る、それを繰り返すだけで、その数は瞬く間に減ってゆき、陽が沈む頃には、生物が存在しない静寂の空間が広がっていた。
「確か、捕らえたエルフはこの辺だと言っていたはずだが」
森の中にいくつも張られた大小様々な天幕、その中を手当たり次第調べてゆくと、その一つに、手足を鎖に繋がれたラダエルが横たわっていた。
怪我はないようだが、少し衰弱しているようで、俺を力なく睨んでくる。
拘束している鎖は魔力を吸収拡散する魔法式が刻まれ、ラダエルから一切の魔法、魔力を奪っていた。
それも衰弱している要因の一つかもしれない。
「ヴルムス兵がエルフ以外の、人間から攻撃を受けていると慌てて出ていき、まさかとは思っていたが、お前のことか」
だが見た目とは違い、その言葉は力強く、昔の頑固なラダエルを思い出させるには十分な迫力がある。
「そうか、魔力感知すらできず、周りが今どういう状況なのか、それすらわかっていないか」
俺を警戒するラダエルの手足の鎖を、全属性無効魔法効果を付与させた剣で真っ二つに叩き斬った。
ラダエルは味方か敵かすらわからない俺を、まだ警戒色の強い目で睨みつけてくる。
「周りがどうなっているか、魔力感知を使ってみるといい」
俺の言葉に素直に従うラダエルは、すぐさまその表情を変えることになった。
辺り一帯に魔力は感じられず、生命の痕跡すら見つけられない異常事態に、顔から血の気がなくなってゆく。
「これは……どういうことだ。あの数のヴルムス兵はどこだ……何一つ感じないとは」
「……殺しただけだが。エルフは無事だから心配はいらない」
「あのヴルムス兵を全て殺ったというのか!? 何の冗談のつもりだ……それが本当だとしたら、お前はいったいどれだけの味方の兵を、魔力感知でもわからないように隠しているというのだ……まさか、神樹に……」
「期待に添えず申し訳ないが、ヴルムス兵を殺ったのは俺一人だ」
ラダエルが怪訝な目を向けるため、俺は外へ出るよう、天幕の入り口へ目をやった。
「何を見ろというのだ。ヴルムス兵がいないのなら、閑散としているだけであろう――――」
そう口にしながら天幕を出たラダエルの表情が凍り付く。
「これは……」
無数の死体と血溜まり、魔法によって変わり果てた森の姿を前に、言葉が出てこないらしい。
「これでわかっただろう。さっきまでここにいたヴルムス兵は、もうこの世にいない。俺はヴィーオやマリエル、ホルバート、キースからお前を助けてくるよう言われ、邪魔だったヴルムス兵を始末しただけだ」
「……ヴィーオたちからだと?」
「ああ、そうするしか俺を信用してくれなかったからな」
「そんな理由だけで、あのヴルムス兵を一人で殲滅するなど……そんな力を持っている者は、私はあのアルス・ディットランドくらいしか思い出せん……お前は、何者なのだ」
「大袈裟だな。それに、ハイエルフともあろう者が、力の象徴に人間のアルス・ディットランドの名を出すなんて、情けないとは思わないのか」
俺の発言に驚いた顔を見せるラダエルが、次の瞬間、大口を開いて笑い出した。
「ふっ、ふははははっ、言われてみればそうだな。まさか人間に言われるとは思いもしなかったぞ」
ラダエルから、さっきまであった警戒心が薄れていくのがわかる。
「だがな、たとえ人間であろうと、一度力を認めたものは差別はせん。それがエルフというものだ」とラダエルは真顔で答えた。
「そうか、ならそのアルス・ディットランドと比べられた俺は、力を認めてもらえるのか?」
「私を助け、ヴィーオたちの信用を得るであろうその力、認めぬわけにはいかぬだろう。そもそも、お前にこの仕事を任せるということは、その時点で、ある程度ヴィーオたちと話ができる何かがあったということだろう。特にこの状況で、キースが人間に任せるとは思えぬ」
ラダエルが差し出してきた右手を、俺は力強く握り返す。
「俺はウォルス・サイ」
「私は、ラダエル・アルストロメリアだ」
二十五年越しに、俺たちは二度目の自己紹介を交わした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます