第60話 王女、奴隷の実力を知る

「どういうこと!? 意味がわからないわよ。正面からぶつかるかもしれないとは思ったけど、軍艦を狙うって……」


「わからないかな? 単純に救出すれば、ここへヴルムス軍が侵攻すると踏んだんだと思うよ。僕はそれでも構わなかったんだけど、まさか敵の退路を絶ってまで逃げ場所を奪うなんて、徹底的にやる気みたいだね」


 言葉とは裏腹に、楽しんでいるようにしか見えないヴィーオを、セレティアは睨みつけた。


「そんな怖い顔を向けられても、困っちゃうな」とヴィーオは笑いながら食事を再開する。


「フィーエル、あなたもどうして平然としていられるのよ。ネイヤも無謀すぎると思うわよね?」


 ゆっくりとうなずき、セレティアに同意の意思を示すネイヤ。


「いくらウォルス様でも、ヴルムス軍全軍となると、どうなるかわかりません。東のカーリッツ、西のセオリニング、そこに食い込もうかという勢いの国ですから」


 二人から暗く重い空気があふれ出し、部屋が深刻な空気で満たされてゆく。

 この空気を、ヴィーオはフォークを皿に叩きつけるように置くことで、一瞬で霧散させた。


「……ふーん、思ったより彼は信用がないんだね」


 言葉に詰まるセレティアとネイヤ。

 だが、フィーエルだけは何事もなかったかのように、淡々と食事を続け、それがヴィーオの好奇の目に止まる。


「おや? フィーエルは違うようだね。やっぱりフィーエルは僕が言わんとする真意を理解している、ということかな?」


「……私は信じてるだけですから」


「フィーエルから、そこまで信頼されるなんて凄いね」


 ヴィーオの言葉に他意はない、はずなのだが、フィーエルにはその言葉が重くのしかかる。

 そして、フィーエルの、その不自然なほどに関与しないという態度は、セレティアとネイヤの目にも、はっきりと異常という形で焼き付けられる。


「――――おっと、こんなことを話してる間に、彼が本格的に戦闘を始めたようだよ」


 ヴィーオが魔力感知で捉えた動きを口にするや否や、セレティアとネイヤが勢いよく立ち上がった。

 それを目にしたヴィーオの目が、今までにないほどに輝く。


「気になって仕方がないようだね。遠目でもいいなら見せてあげられるけど、どうする?」


 返事はわかっていたが、あえて質問という形でヴィーオは問いかけた。


「当然、見るに決まってるわ」セレティアが即座に答え、それとほぼ同時に「見られるのでしたら、私もお願いします」とネイヤも答える。


 予想どおりの返事に、ヴィーオは満足気に口角を上げる。

 だが――――。


「私も見ますから」


 フィーエルの意外な行動に、ヴィーオは一瞬呆気に取られた。

 結果がわかっている戦いを、わざわざフィーエルが見たいと言い出すとは思わなかったのだ。

 だが、フィーエルの想定外の行動もまた、ヴィーオを楽しませるには十分だった。

 それだけあの人間、ウォルスという男がフィーエルにとって、ただの男ではないとヴィーオの目に映る。


 アルス・ディットランドを追いかけて出ていき、その男に命まで狙われ、普通なら人間に絶望してもおかしくない状況だ。だというのに、フィーエルがそこまであの男に惹かれている理由を、ヴィーオは無性に知りたくなった。


「なら三人とも付いてくるといい」


 セレティアたちがヴィーオの後ろに付いて外へ出ると、既に陽が傾き、空一面が赤く染まっていた。

 外には他のエルフが普通にいたが、ヴィーオのすることには一切口出しはしない。

 その異様な空間の中、ヴィーオが向かったのは隣の神樹の前だった。


「神樹の上からなら、これから何が起こるか、全体が見渡せるはずだよ」


 見上げるセレティアの目に映る神樹は、あまりに太く神々しい。

 天まで届きそうな樹頭は、確認することさえできない。


「神樹になんて登っていいの?」


「傷を付けなければ別にいいよ」


 セレティアが心配するのを他所に、ヴィーオは体をふわりと浮かせると、一瞬にして三人の視界から消え去り樹頭へと飛んでゆく。

 それを見たセレティアが、負けじと魔法を発動し、そのあとを追う。


「私たちも行きましょう」


 あまりに高く、登る手段を見いだせずにいるネイヤに、フィーエルは魔法をかける。


「……すまない、フィーエル」


 フィーエルはネイヤの体を浮かせると、先に行った二人に触発されることなく、マイペースな速度で神樹の樹頭を目指した。

 



       ◆  ◇  ◆



 そこは大陸全土が見渡せるほどに高く、そして清らかな風が吹く場所。

 さほど広くない大陸の端に小さく見える軍艦。それは既に炎を上げ、黒い煙を大量に出していた。


「よく見えるでしょ」


 ヴィーオは腰に両手を当て、自慢げに口にする。


「あれを本当に、ウォルス一人でやっているというの?」


 樹頭でへたり込むセレティアの目の前では軍艦が爆発し、さらに炎を吹き上げた。

 遠目にも、ヴルムスの軍艦はほぼ壊滅しており、四人の目にはこれだけでも、ウォルスの力というものが桁違いだと映る。

 さらに今度は、陸地に黒く巨大な球体、人間なら数百人は一度に飲み込めるほどの魔法が出現する。


「あの魔法はなんなの!? あんなのに巻き込まれたら、ウォルスでもただじゃ済まないわよ」


 セレティアが叫んだ瞬間、隣に立つヴィーオがクスクスと笑い出す。

 何が面白いのかわからないセレティアは、困惑の表情を浮かべながらフィーエルへと顔を向けた。だが、そのフィーエルさえも、全く心配している様子がない。


 次の瞬間、その黒い球体は辺り一帯を飲み込み、全てを消滅させた。


「あれは一等級の無属性魔法。やったのは彼、ウォルスくんで間違いないよ」


 驚くセレティアの視線の先では、その球体が次々に現れ、あらゆるものを飲み込んでゆく。

 今ならどれほどの魔力と魔法力が一等級魔法に必要か、身を以て理解できていたセレティアは激しく動揺し、答えを求めるようにフィーエルの袖を掴んでいた。


「ウォルスが一等級魔法を使えるなんて、そんなの聞いてないわよ」


「ウォルスさんなら……そのうち使えていたはずですから、それが少し早くなった、というだけです」


 フィーエルは表情を変えず、ウォルスが一等級魔法を使えて当然、とでも言いたげに話す。

 その姿に、セレティアは、不安と感動が入り混じったような感情に戸惑うしかなかった。

 そんな二人の様子を、楽しげに見つめるヴィーオ。


「その様子じゃ、彼の力に気づいてなかったのは、君たち二人だけだったようだね」とヴィーオはセレティアとネイヤに笑顔を向ける。「彼はセレティア、君に気を遣って力を見せなかったのかな、それとも、違う理由があるのかな。――――どちらにせよ、あの魔法をあの保有魔力で放つには、相当な魔法力、魔素変換が必要になるけど、彼の体は大丈夫なのか心配だね」


 ヴィーオの言葉に、ウォルス自身が言っていたことを思い出し、何度も反芻するセレティア。

 強すぎる魔法力は体を蝕み、その命をも奪う。

 それをまさに、ウォルス自身が体現しているのではないかと。


「――――セレティアさま、大丈夫です。ウォルスさんの体は、あの程度の魔法力ではビクともしません。ヴィーオさまも、セレティアさまをいたずらに不安にさせるのはおやめください」


「そうだね、全て僕の憶測に過ぎないし、ここまでにしておこうかな」


 ヴィーオは刻一刻と散ってゆく魔力の灯火を見つめながら、救出失敗時に出動すると言い張り、待機していたキースたちに向け、解散の合図を送った。

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